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ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
8/18

0008移住体験

夏休みの時期に入った

二泊三日の移住体験プログラム

梅雨が明けた頃 村には始まった広報誌と県の移住サイトに

載せた小さな募集記事から その企画

「夏休み・二泊三日 移住体験プログラム」

会場は廃校になった小学校を改修した村営キャンプ場

木造校舎の外観はそのままで 教室は簡易宿泊室と多目的スペースに手を入れてある


私は校舎前の掲示板に貼られた日程表を見上げながら

「本当に来るんだな」と今更のように思った


都市部からの家族一組 単身尾三十代男性

リモートワーク可能な夫婦

多くはないが 少なくもない

役場としては ちょうど評価が難しい人数だった


初日 到着は昼前

村役場前に集合し そこから公用のワゴン車で旧小学校へ向かう

運転は私

助手席に小川菫が座り 後部座席からは

初対面同士の遠慮がちなな会話が聞こえてくる

「ここ学校だったんですか」

「はい 十年ぐらい前まで使われてました」

菫は笑顔で応えながら

期待されすぎないように という言葉を

心の中で何度も繰り返していた

夢を見せるのは簡単だ

暮らしを見せるのは覚悟がいる


校舎の中

木の床はよく磨かれているが 歩くと少しきしむ

黒板を残した教室 職員室だった部屋 体育倉庫を改装した共同シャワー

私は 淡々と説明する

「スーパーは週に二回 月曜と金曜に移動販売があります」

「バスの最終は平日で十七時台です」

「病院は一応 村立総合診療所が一軒あります」

言わなくてもいいことをあえて言う

それがこのプログラムの方針だった

参加者の表情は少しずつ引き締まっていった


夕食

地元の野菜を使った簡単な食事

味噌鍋を囲みながら 会話が少しづつほどけていく

「静かですね」

「虫の声がすごい」

笑い声もあるが

都会の非日常として楽しんでいる空気も

私には分かった

ここから先が大事だ


菫は配膳をしながら参加者の様子をみていた

楽しそうにしている人をみるたび 胸の奥が少しだけざわつく

この人たちは 帰れるんだよね

選べなかった自分と 遊びに来た人

その差を 彼女はまだ完全には整理できていなかった


二日目に向けて

夜 校舎の外に出ると 山の向こうに星が見えた

街では見えない数だ


私は明日の予定表を見直す

午前 農家見学

夕方 自由時間(移動スーパーの日)


体験はさせる 判断はさせない

決断は帰ってからでいい

この村はやるべきなのは

「住ませること」ではなく

「隠さないこと」だと 私は思っていた


二日目の朝

朝は早かった

山間の村では 夏は日が昇る前から動き出す

参加者たちが校舎の前に集まった頃

迎えに来た軽トラックの荷台には

長靴と麦わら帽子が積まれていた


案内役は六十代後半の農家 中西だった

この村でみかんと少量の野菜を作り続けていた人だ

「まあ みっててください」

それ以上 愛想のいい言葉はない


畑に立つと空気が変わる

草の匂い 土の湿り気 虫の羽音

参加者の一人が聞いた

「移住された方って 今までいました?」

中西は少し考えながら答えた

「何人か来たな

三年持った人もおるし 一年で帰った人もおる」

「理由は?」

「理由は たいてい思っていたのと違うや」

笑いながら言うが 目は笑っていない

「静かなのはええ でも 静かいうのは

誰も助けに来ん いう意味でもある」

参加者たちは黙って聞いていた


見学が終わりかけた頃

私はぽつりと聞いた

「移住者増えてほしいですか?」

中西は即答しなかった

「正直言うとな」

少し声を落とす

「増えてほしい気持ちと

これ以上説明するのがしんどい気持ちと半分半分や」

暮らし方 草刈り 地区の役 祭り

一つひとつ説明し 分かってもらい

それでも辞めていく人を何人も見てきた

「来るなら続いてほしい 写真だけ撮って帰る人は もうええ」

それが 農家の本音だった

菫はその言葉を胸の奥にしまった

誰にも向けられていないようで

自分にも向いている気がしたからだ


午後四時すぎ

村営キャンプ場の前に軽トラックが入ってきた

スピーカーから流れる 少し古い音楽

週二回月曜と金曜だけ現れる店

「これがスーパー…?」

参加者の声に 菫は頷く

「はい 冷蔵車ですけど これが一番ですね」


地元の高齢者が次々と集まってくる

「今日は卵ある?」

「味噌 前のやつがええ」

運転手は顔と名前を全部覚えている

参加者の夫婦が 値札を見て小さい声を上げた

「思ったより高いですね」

その言葉を責める人はいない

私は静かに補足する

「量が少ない分 輸送コストがかかります」

都市の当たり前が ここでは成立しない


単身参加の男性が言った

「便利さは正直厳しいですね」

でも こうも続けた

「でも 人の顔が見えるのは 嫌いじゃない」


子供連れの家族は

アイスを一つだけ買って 嬉しそうに分け合っていた

その様子を見て

地元のおばあさんが笑った

「足りんやろ?もう一つ持ってき」

お金じゃないやり取りが そこにはあった


夜校舎に戻って

参加者たちは それぞれの部屋に戻った

静かな廊下に 扇風機の音だけが残る

菫は窓から外を見た

山の向こうに 夕焼けが沈んでいく

いい所だけじゃない

でも 悪い所だけでもない

移住してくる人たちが

その両方を見たうえで選ぶなら

それでいいのかもしれない

そう思えるようになった自分に

菫は少しだけ驚いていた


三日目の朝

空き家案内と言う現実

最終日は 少し空気が重かった

朝食後 参加者たちは役場の軽ワゴンに乗り込み

村内に点在する「空き家候補」を回る

資料上は

「即入居可」

「修繕すれば使用可能」

と書かれている家ばかりである

だが 現実は紙の上ほど整っていない


一軒目

築五十年

外観は綺麗だが 玄関を開けた瞬間

湿った匂いが鼻につく

「ここは持ち主の了承は取れています」

私は淡々と説明する

床は一部沈み

台所の流しは使われていない時間の長さを物語っていた

参加者の女性が 壁を見て呟く

「冬 寒そうですね」

「はい 断熱はほぼ期待できません」

嘘は言わない 

期待も持たせない


二軒目

山に近い家

庭は

広いが草が胸の高さまで伸びている

「ここの草刈りは誰が?」

「住む人です」

即答だった

草刈り 害獣 屋根 井戸

暮らしの作業が次々に説明されていく

単身参加の男性が静かに言った

「仕事しながら 全部は無理かも」

誰も否定しなかった


三軒目

一番状態は良い家

ただし 村の中心部から離れている

「夜は真っ暗です」

「携帯は場所によって圏外になります」

参加者の家族は 子供の顔をみて言葉を選んだ


菫は参加者たちの背中を見ていた

来た時よりも

背中が少しだけ低くなっている

これが現実だ

夢を壊しているようで

でも 壊さなければならない部分

菫は胸の奥が少し痛んだ


午後役場前

参加者たちは一人ずつ

丁寧に頭を下げて帰っていった

「勉強になりました」

「正直にみせてくれて ありがとうございます」

その言葉が 救いでもあり

結果が出なかった事の証でもある


車を降り役場の裏口へ向かう途中

菫はぽつりと言った

「厳しかったですね」

「ですね」

私は否定しない

「来ない人は最初から来ませんでしたし」

「来た人も判断しただけです」

その言い方は冷たかったかもしれない


少し間を置いて

菫が言う

「私 最初は

誰か一人ぐらいは 住みたいってって言ってくれるかもと

思っていたんですけど」

少し間が開いた

「でも言われなくて

それで ちょっと安心した自分もいて」

私は歩く速度を少しだけ落とした

「無理してくるより

無理だってわかって帰るほうが 村の為です」

「…はい」

菫は頷いた


役場の建物が見えてきた頃 

私は言った

「小川さん この企画は失敗ではないと思います」

「え?」

「住めないを分かってもらえたなら 成功です」

菫はその言葉を反芻した

「成功とは人を増やすことじゃない

誤解を増やさない事」

その考え方が少しずつ

自分の中に根を張り始めているのを感じた


その日の夕方

キャンプ場の校舎はまた静けさを取り戻した

夏はまだ続く

秋には祭りもある

道の駅の話も 動き始めている


この村は直ぐには変わらない

でも ちゃんと考え始めている

菫は そう思えた


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