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ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
5/20

0005休日

五月の連休明け 役場が久しぶりに静けさを取り戻した週末

私は借りている移住者向け住宅の玄関で 

少し迷いってから靴を履いた


特別な予定はなかったが

ただ 小川菫に誘われた「近くに古道と滝があるんですよ」と

言われて二人で近くを歩くことになった


村外れのバス停で降りると舗装路は直ぐに終わり

苔むした石段が続いていた

熊野古道の支道だという

観光パンフレットには小さく載っているだけの道だ


歩くうちに 空気が変わる

湿り気を帯びた風 鳥の声 足元を流れる水の音

東京で暮らしていた頃には意識しなかった感覚だった


滝は思ったより小さかった

けれど水音は強く岩肌を叩く白さが目に残る

「派手じゃないけど…」

私は呟いた

役場で扱う相談案件と 何処か似ていると思った

大きな成功ではないが 確かにここにあり続けているもの


滝の先に 小さな神社があった

社殿は古く 賽銭箱も傷んでいる

それでも掃除は行き届いていて 花が供えられている

誰かが守っている

その事実が 妙に胸に残った


帰り道 近くの温泉旅館に立ち寄る

湯船に浸かると地元の年配客が二、三人世間話をしていた

「今年は人が多いな」

「役場が何かやっとるらしいよ」

直接話しかけられることは無い

けれどその距離感がこの町らしいと私は感じた


夜 菫は自宅でスマートフォンの写真を見返していた

古道 滝 神社 温泉 今日 村を一周した写真が並ぶ

何もないって言われるけど

画面をスクロールしながら ふと手を止めた


ここで暮らすって事は こういう何もない時間を

受け入れることかもしれない

都会に出ていたら きっと気にも留めなかった景色

でも今は 失くしたくないと思ってる自分がいる


菫はそっとスマートフォンを伏せた

明日からまた 相談窓口が始まる

移住希望者も 地元の人も

同じカウンターに座る

その真ん中に自分が立っている


週明けの朝 ふるさと振興課の小さな会議室には

何時もより人が多かった

観光担当 企画担当 そして課長代理

机の上には 例の古道と滝 神社 温泉を写した資料が並んでいる

「で、このルートなんですが」

企画担当が指し示した地図には 私が歩いていたあの道が

太線でなぞられていた

「熊野古道の支道として整理すれば静かな癒しを売りに出来ますし

SNS向けの写真映えも悪くない」

写真映えという言葉に菫の指先がほんの僅かに止まった

「温泉も含めて 半日コース

春の桜 夏の滝 秋の紅葉 冬は……」

「一寸待ってください」

口を挟んだのは 定年間近の上司だった

「それ 誰が管理するんや?

道の整備 草刈り 駐車場 トイレ」

会議室が一瞬静かになった

「…地域の方に協力をお願いして」

「お願いではすむ話ちゃうやろ」

上司の声は穏やかだったが重みがあった

私は資料を見ながら考えていた

滝の前で感じた あの空気

神社の掃除が 誰かの手で続けられている事実


あれは資源と言うより…生活や

「一点、いいですか」

気付けば 私は口を開いていた

「観光資源として 使えるか でなくて

使った後残るか を先に考えた方がいいと思います」

視線が集まる

「静かな場所を売りなら 人を呼び過ぎた時点で

その価値は失われます

滝も 神社も 温泉も…

今ある形を壊さない前提でしか

成り立たない気がします」


少し言い過ぎたかもしれない

そう思った瞬間

「…私も そう思います」

菫が静かに続けた

「移住希望者の人たちは

あそこを 観光地 としてじゃなく

暮らしの一部 として見ていました」

一呼吸置いて 言葉を選ぶ

「写真を撮る人より

話を聞いて 歩いて 黙って景色を見ている人の方が多かったです」

課長代理が腕を組む

「つまり 売る より 見せる ?」

「…押し付けない に近いです」

菫はそう答えた

会議は結論をださないまま終わった

資料は回収され 地図はファイルに戻る


廊下に出た時 菫が小さく息を吐いた

「正直…怖いんです」

私は黙って歩調を合わせる

「一度 観光 って言葉が付くと

元には戻らない気がして」

それでも 何もしなければ町は縮む

その言葉は 菫を飲み込んだ


私は滝の音を思い出していた

強く でも変わらず そこにある音

この町は急がせると壊れる

その事はだけは 確かだった


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