0046卒業式
二月の終わり
寮の部屋でやわらかな夜の灯りが落ちている
机の上には
葵の合格通知のコピー
その横で さくらは何度もスマホを見ていた
言わなあかん
でも言い出せなかった
葵が先に話始める
「診療所 見学いってきた」
「うん」
「思ったより覚悟要る仕事やった」
さくらは頷く
しばらく沈黙
外では 風が少しだけ窓を鳴らす
「なあ 葵」
声が少し低い
「ん?」
さくらは深呼吸する
「うち 就職…決まってん」
葵の目が ゆっくりさくらを見る
「え?」
「百貨店の地下食糧品売り場の商品開発」
言葉を続ける
「去年の秋に内定もらってた」
静かな部屋に その事実が落ちる
「なんで言わんかったん」
葵の声は怒鳴っていない ただ 驚き
さくらは視線を落とす
「葵 試験前やったやろ」
「うちの話しで 気持ち揺らしたくなかった」
「それに…」
少し間を置く
「村に残るかどうか うちも迷ってたから」
「正直な」
さくらはゆっくり言う
「道の駅出来るって聞いた時 残ろうかって思った」
「でも一回外見てみたいって気持ちも消えへんかった」
「百貨店の商品開発 全国の産地と繋がる仕事」
「いつか 村のものを あそこに並べたい」
その目は真っ直ぐだった
葵はしばらく何も言わない
それからふっと笑う
「なんや それ」
さくらが不安そうに見る
「めっちゃ ええやん」
「え?」
「うち 診療所」
「あんた 百貨店」
「村 最強やん」
二人で 少し笑う
「戻る気 あるん?」
葵が聞く
さくらは 少し考える
「うん 戻る場所があるなら」
その言葉に 葵はうなずく
「道の駅 あるやん」
「あるな」
部屋の灯りを消す前
さくらが言う
「ごめんな 黙ってて」
葵は首を振る
「うちの為にやろ」
「ありがとうな」
静かな夜
未来は分かれる
でも 切れてはいない
道の駅は完成する
さくらは外に出る
葵は村に残る
それぞれの場所で
春が始まろうとしていた
三月の朝
空は澄み
校舎の窓に春の光が反射している
女子高の校門前
制服姿の三年生たちが
少し大人びた表情で集まっている
葵とさくらも その中にいた
体育館には
白い花と紅白の幕
在校生の拍手の中
卒業生が入場する
椅子に座ると
急に現実味が増す
「卒業証書 授与」
名前が一人ずつ呼ばれる
「小川葵」
葵は立ちあがる
壇上へ向かう足取りは
まっすぐだが 少しだけ震えている
証書を受け取る
校長と目が合う
「ありがとう」
その一言で 胸が熱くなる
席に戻ると
さくらが小さく微笑む
「林さくら」
今度はさくらの番
歩く姿は堂々としている
証書を受け取り
軽く一礼する
席に戻ると二人は目を合わせる
言葉はない
でも 通じる
最後の校歌
三年間何度も歌った旋律
今日は少し違う
葵は実習室の光景を思い出す 命の重さ
さくらも調理実習室の匂いを思い出す
三年分の時間が
胸の奥に積み重なっている
式が終わり
校庭に出る
写真を撮り合う声
泣き笑い
みんな駆け寄り
「おめでとう」
「ありがとう」
「村 変わりそうやな」
さくらが笑う
「変えるんやろ」
葵が小さく頷く
少し離れた場所で
二人は並ぶ
「卒業やな」
「うん」
「なんか 実感ないな」
「でも 次がある」
葵は言う
「うちは診療所」
さくらが続ける
「うちは百貨店」
少し沈黙
それから さくらが言う
「でも 村は消えへん」
葵は微笑む
「道の駅もあるし」
校門をでる
振り返る
校舎は変わらない
でも 自分たちは変わった
三年間の学びを胸に
それぞれの場所へ進む
春の風が
制服の裾を揺らす
若者たちは確かに歩き出した
残り2話




