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ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
45/48

0045顔合わせ

空気の中にわずかながら柔らかさが混じり始める

道の駅の内装工事は最終段階

床材が張られ

木目の壁が光をやわらかく受け止める

証明が一斉に点灯すると

空間は一気に 店 の顔になる


カウンターの高さを微調整

コンセント位置の最終確認

非常用電源の試験運転

「問題なし」

現場監督が親指を立てる

菫は

カフェ予定スペースに立つ

ここにコーヒーの香りが漂う

直売コーナーでは

棚が設置される


苺 みかん わらび餅

名水プリン


まだ商品はないのに

もう並んでいる気がする


夕方

全照明が正式に通電される

パチン と音がして

空間が明るくなる

誰もいない建物

でも その明かりは温かい

私がゆっくり言う

「完成やな」

派手な完成式はない

ただ

空間が 機能する状態 になった

菫は

静かに深呼吸する

ここまできた


数日後

完成した建物の中に

出店者たちが集まった

まだ商品は搬入されていない

空の棚と 整った床

そこに立つのは


みかん農家

苺農家

和菓子店主

軽食担当の夫婦

チャレンジショップ枠の若者


少し緊張した空気


私が前に立つ

「本日はお集まりありがとうございます

ここは皆さんの場所です」

菫が続ける

「一緒に作っていきましょう」

出店者たちの表情が 少し柔らぐ


みかん農家が言う

「正直 不安もあります」

和菓子店主が続ける

「でも やらんと何も変わらん」

若い出展者が言う

「村に残る選択が出来る場所にしたい」

その言葉に

菫は静かに頷く


壁に貼られた平面図

売場配置を確認する


動線の説明

営業時間の確認

災害時の協力体制


ここは観光だけではない

村の拠点 だ

診療所との連携

防災備蓄スペース

全員が少しずつ

意味を理解していく


会が終わる頃

窓から春の光が差し込む


空の棚が

まるで「待っている」ように見える

私は一歩下がり

その光景を眺める

菫は出店者たちと話込んでいる

笑い声が少しずつ増える


もう 村だけの建物じゃない


ここに人が入った

それだけで

空間の温度が変わった


空は薄曇りの朝

春の気配にはまだ遠い まだ少し冷たい

葵は何時もより早く目が覚めていた

時計を見る

合格発表は午前十時

まだ早い

布団の中で天井を見つめる

試験の日の感触はよみがえる

鉛筆の音

問題用紙の重み

やれることはやった

そう言い聞かせるが

心は落ち着かない


寮の自室

パソコンの前に座る

同質のさくらは 今日は実習で外出中

部屋は静かだ

十時ちょうど

更新ボタンを押す

一瞬 画面が止まる

お願い

次の瞬間

受験番号一覧が表示される

スクロールする手が少し震える

目で数字を追う

一段目

二段目

三段目

ない?

一瞬 血の気が引く

スクロールする

その下に

あった

自分の受験番号

もう一度確認

間違いない


画面を見つめたまま

体が動かない

数秒

そして ゆっくり息を吐く

「…よかった」

涙が静かに落ちる

声は出ない

ただ胸の奥の重石が

すっと消える

年越しの夜

机に向かった静かな時間

不安に押しつぶされそうだった瞬間

全部が 今につながっている


スマホを手に取る

一番最初に送るのは 菫

「受かりました」

送信

直ぐに既読

電話が鳴る

「葵?」

菫の声が いつもよりやわらかい

「うん 受かった」

少し間

向こうで息を飲む声

「よかったなあ」

その声に葵の目からまた涙がこぼれる

「ありがとう」

「いや あんたが頑張ったんや」


その頃 村では

道の駅の建物が

春の光を受けている

菫はスマホを胸に当て

少し空を見上げる

若い力がまた一つ

診療所の先生にも連絡が入る

「合格か 待ってるで」

それは期待でなく

静かな歓迎だった


葵は窓を開ける

少し冷たい風

資格はゴールではない通過点

命に触れる仕事

責任が始まる

怖さも

でもそれ以上に

村には診療所もある

道の駅も出来る

支えたいという気持ちがある

遠くに見える都会の景色の向こうに

村の山を思い浮かべる

葵は静かに微笑む

春はもうすぐそこまで来ていた


風はやわらかい

葵は村立総合診療所の前に立つ

見慣れた建物

子供の頃 何度か来た場所

熱を出して来た場所 予防接種で泣いた記憶

でも今日は違う

患者としてではない

ここで働くかもしれない


扉が静かに開く

消毒液の匂い

静かな待合室

テレビの小さな音

受付の職員が顔を上げる

「あら 葵ちゃん」

「こんにちわ」

声が少しだけ固い

「合格 おめでとう」

その一言に

胸の奥が じんわり温かくなる

「ありがとうございます」

葵は深く頭を下げる


少し沈黙

葵は

用意してきた言葉を思い出す

「まだ これからですが…」

声を整える

「准看護師として

この村で働くことを考えています」

「ここで 学ばせていただけたらと思って…」

言い切るのに

少し勇気が要った


所長は直ぐには答えない

窓の外を見る診療所の庭に

小さな草花が芽を出している

「看護の仕事は楽やない」

静かな声

「責任もあるし

つらい場面も多い」

葵は頷く

「それでもです」

自分でも驚くほど

声は落ち着いていた

「ここで

人の生活に寄り添う仕事がしたいです」


所長は

ゆっくりとうなずいた

「正式な話は 手続きがある」

「でも…」

少しだけ笑う

「見学でも 手伝いでも 来たらええ」

「現場は教科書とは違うからな」

葵の胸が すっと軽くなる

「ありがとうございます」

「こちらこそ」


診療所を出ると

風が頬に当たる

少し冷たい

でも 不思議と心は温かい

始まった

資格を取っただけでは

まだ何もしていない

でも 一歩は踏み出した


帰り道

道の駅の建物が見える

完成した外観

これから 人が集まる場所

私も ここで生きていく

葵は小さく息を吐き

前を向いて歩きだす

春は

もう足元まで来ていた



残り3話

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