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ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
42/48

0042年末

十二月二十八日

空は冬らしく高く

冷たい青が広がっている

道の駅の工事現場では

年内最後の作業が行われていた

外装はほぼ完了

屋根も閉じ

建物は冬の風をしのげる状態になっている

「今日で一旦 区切りですね」

現場監督が言う

「年明けから内装です

私は完成しかけた建物を見上げる

「ここまで来れましたね」

作業員たちは

工具を片付け 資材を整理し

仮設のフェンスを再確認する

「良い正月を!」

「また 年明けに!」

軽トラックが一台 また一台と

村を出ていく

エンジン音が遠ざかり

現場は急に静かになる


だが 全員が帰るわけではない

数名の作業員は

年末年始を村で過ごすことになっていた

近隣の旅館に宿泊し

簡単な見回りと資材管理を担当する


夕方 女将さんが声をかける

「せっかくやから

年越しそば 一緒にどうや?」

作業員たちは少し驚き そして笑う

「ありがたいです」

村の神社の境内では

正月準備が進んでいる

提灯の確認

しめ縄の飾り直し

今年は

道の駅という 未来 が見える状態で年を越す

それだけで

村の空気は少し違う


同じ日の昼前

役場のふるさと振興課

菫はパソコン画面を見つめていた

クラウドファンディングの締切は

今日の二十三時五十九分

だが支援率は

目標の九十六%

あと少し

でも 届かない可能性も高い

「ここまでかもしれませんね」

菫は小さく言う

私も静かに頷く

「ようやった」

目標未達でも

集まった資金は無駄にならない

それは分かっている

だが

「達成」の二文字は特別だ

昼前

年末の挨拶回りで

役場は少し慌ただしい

「今年もお世話になりました」

そんな声が廊下に響く


昼過ぎ

十二時四十七分

ピロン

菫のスマホが鳴る

何気なく画面を見る

「…え?」

支援率が九十八%になっている

その数分後

また通知

そして また

十二時五十八分

画面の数字が

静かに百%を超えた

菫は 言葉を失う

「山中さん!」

声が少し震える

私が画面を見る

百%

目標達成

派手な音も演出もない

ただ

数字が静かに変わっただけ

二人は顔を見合わせる

「…達成 ですね」

「…ああ」

誰も大声を出さない

役場の外では 年末の風が吹いている

菫は小さく拳を握る

「届きました」

私はゆっくりと息を吐く

「村 よう頑張ったな」

その言葉に

菫の目が少し潤む


近くに居た職員が集まり

ささやかな拍手が起きる

「おめでとうございます」

「良かったですね」

確かな充実感がある

菫は直ぐに投稿する


クラウドファンディング

目標達成しました

本当にありがとうございました

春に ここでお会いしましょう」


通知が一斉に鳴る

「おめでとう」

「最後に滑り込みました」

「来年が楽しみです」

役場の窓から見える

完成しかけた建物

冬空の下で

静かに立っている


役場の仕事納め

シャッターを下ろす音

菫と私は

並んで工事現場の方を見る

遠くに

年越しを村で迎える作業員の姿

旅館の灯りが温かい

「いい年になりますね」

菫が言う

私は 静かに頷く

「ああ 春が楽しみや」

空はゆっくりと

夕焼け色に染まっていく

今年は

未来の形が見えるまま終わる

それだけで

十分だった


大晦日の夕方

温泉旅館の食事処は

木の灯りがやわらかく広がっている

外は冷たい風

中は湯気と出汁の香り

「久しぶりやな ここでゆっくり話すん」

菫が湯のみを置く

さくらは少し緊張したように笑う

「はい なんか ちゃんと相談したくて」

女将さんが

「今日はゆっくりしていき」と

温かいお茶を置いてくれる


テーブルには

みぞ鍋と小鉢 そして名水わらび餅

「やっぱり村のご飯 落ち着くな」

さくらがぽつりと言う

菫は静かに聞く姿勢になる

「で どう考えている?」

さくらは少し視線を落とす

「正直 迷ってます」

「うん」

「道の駅ができたら 食の開発とか

地元食材の商品化とか やりたいです」

目が少し輝く

「でも 学校の先生には

外も見てから戻る方がいい って言われました」

静かな間

外から湯の流れる音が聞こえる


「なあ さくら」

菫は穏やかに言う

「村に残ることが 逃げ やったらあかん

でも 挑戦やったら 胸張ってええ」

さくらは顔を上げる

「外を見たい気持ちもあるんやろ?」

「…あります」

「ほな それは大事にしとき」

菫は続ける

「村は 逃げ場所やなくて

帰って来られる場所でええ」

その言葉に

さくらの肩の力が少し抜ける

「じゃあ

一回外に出ても ええですか?」

「もちろん」

菫は笑う

「この村は なくならへん

道の駅も ちゃんと持っとる」

湯気がゆらりと揺れる

さくらはゆっくり頷いた

「私 食で人を支えたいです」

その声は 前よりも迷いが少ない


同じ大晦日の夜

女子学生寮 

多くの生徒が帰省したが

廊下はひっそりとしている

葵は机に向かっていた

准看護師試験まであと少し

何人かの同級生も残っている


参考書には付箋がびっしり貼られている

再確認

ペンを動かし

ノートに書き込む

遠くで除夜の鐘の音が聞こえ始める

ゴーン

少しだけ顔を上げる

「もうそんな時間か」

スマホには

さくらからメッセージ

「今 温泉旅館で菫さんと進路相談している」

葵は微笑む

「私は今 循環器まとめ中

年越しは心電図や」

さくらから笑いのスタンプが返る


二十三時五十分

葵は参考書を一度閉じる

窓の外は

都会の灯りが遠くに揺れる

震災のこと忘れたらあかん

命を扱う仕事や

机に戻る

「よし」

歳が変わる瞬間

彼女は問題集を解いていた

零時

何処かで小さな歓声

葵は小さく呟く

「今年 受かる」

誰に聞かせるわけでもなく

その目は静かで強い


村で未来を語るさくら

寮で未来に向かう葵

場所は違う

でも 目指すものは似ている

支えること

生きること

戻れる場所を作ること

年が変わり 二人の未来も少しだけ前へ進んだ



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