0041温泉
十二月初旬本格的な冬の入り口
空はまだ濃い藍色で
山の稜線だけがぼんやり浮かんでいる
朝七時半
吐く息が白く
地面はうっすら霜をまとっている
旧小学校跡地の現場では
すでにエンジン音が響いていた
鉄骨の骨組みは完成し
外壁の下地施工が始まっている
八時前
作業員たちが整列する
「本日は屋根断熱材の施工と
正面ガラス枠の仮固定まで進めます」
ホワイトボードに今日の工程
断熱材敷設
屋根防水シート固定
外壁ボード搬入
排水溝再確認
私は
「ご安全に!」
作業員の全員が
「ご安全に!」
工程は順調 だが冬は油断できない
屋根材がほぼ減り
外壁の一部にボードがはいる
正面の開口部が分かるようになり
入口 の位置がはっきりしてきた
そこに立つと
未来の景色が想像できる
ここが休憩所の入口
あそこが特産品コーナー
私は図面と実物を見比べる
「ここ少し 勾配調整行けますか?」
「はい 雨水の流れ考えて再確認します」
現場は緊張感があるが
空気は悪くない
作業の一人が言う
「完成したら
ここで珈琲飲みたいな」
別の作業員が笑う
「自分らでつくった建物やもんな」
菫はそのやりとりを聞き
胸が温かくなる
菫は
あえて 完成に近い写真 ではなく
作業中の写真を撮る
手袋越しの工具
断熱材を押さえる手
冬の空と鉄骨
「寒い朝の現場
ひとつひとつ 人の手で進んでいます
春に向けて 今は積み重ねの季節
#道の駅建設中#冬の仕事」
その投稿は
今までより反応が早かった
「職人さんありがとうございます」
「人の手が見えると応援したくなる」
私のスマホにも通知が入る
「支援 少し動いてます」
菫が小声で言う
私は建物を見上げながら答える
「派手やなくてええ
ちゃんとやってる のが伝わればええ」
冬の空気の中で
建物は確実に高さを増していた
村は静かになる
観光客は減り
山は落葉し
風が澄む
直売所には
みかんと干し柿が並ぶ
「今年は糖度高いで」
農家の声は穏やか
レジ横には
道の駅建設中 の写真が掲示されている
「もうあそこまで出来たんやな」
「春には賑やかになるな」
会話は 期待を含みながらも
どこか落ち着いている
村立総合診療所の前
お年寄りがコートを着込み
待合室で世間話
「今年はインフル流行るかもな」
「道の駅出来たら
避難所にもなるらしいな」
防災の話しが自然に日常に混ざる
日が落ちるのが早い
17時にはもう暗い
家々の灯りが
山肌に点々と並ぶ
遠くで
工事現場の仮設灯りが光る
まだ営業していない建物
でも
既に村の風景の一部になりつつある
私は
年末工程表を見直す
「年内に外装完了
年明け内装着手」
数字と現実の距離を測る
だが今日は
不安よりも静かな確信がある
村が支えている
祭り 稲刈り
SNS クラファン
全部つながっている
菫は自宅で
ストーブの前に座る
パソコンを開き
今日の支援状況を確認
数字は
僅かだが確実に上がっている
焦るほどではない
浮かれるほどでもない
「続いてる」
それだけで十分だった
窓の外には星
冷えた空気が澄んだ夜を作る
菫は仕事帰り温泉に向かっていた
空気はきりりと冷えていた
吐く息が白く
手袋越しでも指先が少し冷たい
「…今日は 行こ」
菫は小さく呟き
坂道を温泉旅館の方へ歩く
工事現場の仮設灯りが
遠くでぼうって光っている
今日も一日 終わった
旅館の引き戸を開けると
ほのかな湯の匂い
「あら 菫ちゃん」
女将さんが帳簿から顔をだす
「お疲れ様 今日はのんびり?」
「はい ちょっと 体が冷えて」
女将さんはにっこり笑う
「ええタイミングや 今日は空いてるで」
木の廊下を歩くと
足音が柔らかく響く
脱衣所の窓は曇り
外の冬景色がぼんやり見える
湯船に足を入れると
じわりと熱が広がる
「はあ…」
思わず声が濡れる
肩まで浸かると
一日の緊張がほどけていて
今日のことが
ゆっくり頭の中を流れる
工事の進捗
SNSの投稿
支援額の数字
焦らなくてもいい
湯気の向こうで
木の天井がやわらかく霞む
外から かすかに川の音
この音は 変わらない
忙しい日々の中で
忘れかけていた感覚
守りたい とか
大きくしたい とかじゃなくて
ただ続いて欲しい
それだけでいい気がした
肩をほぐしながら
深く息を吐く
温泉の熱が 冷えた指先まで届く
脱衣所で髪を乾かし
帳場へ戻る
女将さんが
湯上り用の小さな甘酒をだしてくれる
「どうやった?」
「…最高です」
二人で笑う
「道の駅
だいぶ形になってきたな」
女将さんが窓の外を見る
「はい 冬のうちに外側は終わりそうです」
「春 忙しくなるで」
「ですね」
でも言葉に 不安は混じらない
旅館を出ると
空には星
遠くの工事の灯りが
夜の中に小さく浮かんでいる
菫の立ち止まり
その光を見つめる
湯で温まった体に
冷たい空気が心地よい
また明日も やれる
ゆっくり歩き出す
冬の村は静かだ
けれど確かに
春に向かって動いている
その心に
自分もいる
湯けむりの余韻をまとったまま
菫は家路についた




