0032試験の時間
その日 さくらは 制服ではなかった
白い調理服にエプロンを着ていた
既に高校二年までに 二級 準一級は合格して
いよいよ 食物調理技術検定一級の合格を目指す
事前に献立を作成し
九十分以内に五品目フルコースを調理する
試験会場は県内の専門学校の調理実習室
大きなガス台がいくつも並び
教壇には審査員の名札がいくつも置かれている
「緊張するな…」
自分の前に置かれた準備台を見て
さくらはゆっくり深呼吸をした
隣の受験者も真剣な顔で
材料と器具を整えている
時計の秒針が 静かに音を刻む
合図と共に 試験が始まった
「調理を始めてください」
審査員の声は淡々としている
さくらは手を止めずに
自分のプランを思い出す
味のバランス
衛生管理
手際よさ
テキパキと野菜を切る手は
決して華奢ではないが
迷いがない
「お湯の温度は…ぬるくないか」
自分で確認し
もう一度手首で確かめる
新じゃがの扱い方
鶏肉の火の入れ方
包丁の動き
そのすべてが
練習してきた時間と重なる
隣の受験者が
「時間 残り」と呟くころ
さくらは既に 完成形のイメージを持っていた
最後の数分
彼女の手はほんの少し震える
食材はすべて安全に火が通り
まな板や包丁も適切に洗浄されている
盛り付けは 美しいと言えるほどではないが
整っていた
「終了の時間です」
審査員の声が聞こえ
彼女はナプキンで軽く手を拭く
胸の中で小さく息を吐いた
提出された皿を
審査員たちは静かに見つめる
一つ一つのポイントを
表情を出さずに確認していく
さくらは 背筋を伸ばして立ち
合格発表の瞬間まで静かに待つ
教室をでると
初夏の風が心地よく吹いていた
制服の時とは違う
少し大人になった自分を感じる
あとは結果だけ
腕時計を見てゆっくり歩きだす
少し先の空に
雲がゆっくり流れていった
試験の終えた夕方
さくらはスマホ片手に
学生寮の自室に向かっていた
部屋のドアを開けると
ちょうど葵がテレビのリモコンを手にしていた
「おかえり お疲れさま!」
葵の声は嬉しそうだった
「どうやった?」
「ん…終わったよ」
さくらは少し笑った
「緊張した?」
葵がベットに座る
「そりゃあ 緊張するわ でもね なんか…」
さくらは 手元にスマホを置いた
「手順とか 自分のルールは ちゃんと守れた気がする」
葵は さくらの顔を見る
「それだけで ええんちゃう?」
「そう思う」
と入り口から声がする
隣室の夏樹が部屋に入ってきた
「終わったん?」
「終わった!」
さくらは二人を見比べて笑った
「どうやった?」
夏樹の問いに さくらは少し考えてから言う
「緊張したけど 落ち着いて出来たと思う」
「見てたら泣くで」
葵が笑いながら言う
「だって 頑張ったんだもん」
友人は 小さく拍手した
「ご飯でも行こ?」
「行く」
三人は 自然と笑いながら部屋を出た
夜
さくらは一人になって
少し静かに考える時間を取った
夜の風が
窓からそっと入ってくる
机に座り
さっきの出来事を思い返す
あの瞬間…焦らんと出来た
手の震え
まな板を拭いた感触
お湯の温度を確かめた感覚
頭の中に ひとつひとつ 思い出が浮かぶ
そして 手帳を開いた
出来た事
手順の確認がぶれなかった
衛生管理を最後まで意識した
途中で焦りに気づけた
盛り付けを落ち着いてできた
改善したいこと
盛り付けの細部
時間配分の余裕
伝えるタイミング
さくらは
自分の言葉を書き残す
誰かに見せる為ではなく
自分の未来に向けて
まだ結果は出てへん
その不確定さを
悪いプレッシャーに感じない
「一月後…」
そんな気持ちはある
でも 出来ることは もう全部やった
静かに 安心した
ふと
机の横に飾ってある小さな写真を見る
桜の下の仲間たち
ホタルを見た夜
さくらは 自分に微笑んだ
どんな答えが来ても
次のステージへの一歩は
もう始まっている
そして
その事実が
今の一番の評価だった




