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ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
30/48

0030ライブ配信

梅雨入り前の 少し蒸した午後だった

役場の玄関に

見慣れた姿が立っている


温泉旅館の女将だった

「菫ちゃん 少し時間ある?」

「はい 大丈夫です」

「山中さんも おる?」

二人は小さな会議スペースに移動した

女将は 手帳とスマートフォンを机に置く

「ちょっと 相談があってな」

「ホタルのことですか?」

「よう分かったな」

女将は少し笑う

「今年も泊りのお客さん増えそうでな」

「ありがたい話です」

「ありがたいんやけど…」

そこで言葉が止まる

「去年 車が増えすぎて 周辺の農道に入る人がおったやろ」

菫は頷く

「はい

住民説明会でも話題になりました」


女将は スマートフォンを開いた

「これな」

画面には

他県の観光地の動画が映っている


「ホタルのライブ配信?」


私はいう


「そう」


女将が頷く


「現地に来れん人でも 見れるようにしてるらしい」


「それを…うちでも出来へんかな思て」


少し沈黙


「目的は 観光客を増やすことですか?」


菫が聞く


「半分はそうやな」


「もう半分は?」


女将は 窓の外を見る


「来すぎんように したいんや」


その言葉に 私は少しだけ姿勢を正した


「ライブ配信で 満足してもらう?」


「そう 泊りのお客さんには ちゃんと見てもらう」


「でも 日帰りで押し寄せるのは 少し減らしたい」


菫は メモを取る


「配信は 場所を限定出来ます」


「立入制限の説明にも 使えます」


「ただ」


山中が言う


「ホタルは光量も弱いですし」


「配信環境は かなり繊細です」


女将は深く頷く


「そこが分からんのよ」


「あと」


菫が続ける


「配信する事で 場所が特定される可能性があります」


女将が 少しだけ考える


「場所は ぼかした方がええ?」


「はい 村の何処か ぐらいで」


「なるほどな」


三人の間に

静かな空気が流れる


「観光を止めたいわけやないんや」


女将が言う


「でも」


「ホタルは 見せる為 におるもんやない」


「残したいから 見てもらいたい」


矛盾した言葉だった

でも 二人にはよくわかる


「試験的にやってみますか」


私は言った

女将の目が 少しだけ明るくなる


「出来る?」


「小規模なら」


「機材も高価なものは要りません」


「運用ルールだけ しっかり決めましょう」


菫が頷く


「コメント管理とかも 必要ですね」


「誹謗とか?」


「それもですし」


「場所特定を防ぐ対応も」

女将はゆっくり息を吐いた

「難しそうやな」

「でも」

少し笑う

「今の村に ちょうどええ難しさやと思う」

外では 雨が降り始めていた


梅雨が近い


「ホタルの準備 今年は少し変わりそうですね」


菫が言う


「変えな 守られへんからな」


女将は立ち上がる


「また 相談に乗ってな」


「勿論です」


女将が帰ったあと

しばらく誰も話さなかった


「ライブ配信 やりますか」


菫が静かに言う


「やりましょう」


私は答えた


「来てもらう観光から 選んでもらう観光へ」


窓の外の雨は 少しずつ強くなる

ホタルの季節は もうすぐだった


梅雨の雨が 昼過ぎに上がった

川沿いの空気は

まだ少し湿っている


温泉旅館の裏手のでは

女将と菫が小さな三脚を調整していた

「ここで映るかな?」

「光は拾えそうです」

私はモニター画面を確認する

「画角は この範囲で固定します」

「場所は特定されないように 背景はぼかしてます」

女将は何度も頷いた

「派手にせんでええ」

「ちゃんと見えたら それでええ」

配信は

限定公開の形にしていた

村の公式アカウントと 旅館の宿泊客への案内だけ


夕暮になると

宿泊客が静かに集まる


声は小さい

懐中電灯の光も最小限

「もうすぐです」

女将が そっと言う

川面がゆっくり暗くなっていく

そして

最初の光がふわりと浮かんだ

誰も 声を上げない 二つ 三つと

光が増える

静かな 拍手の代りに

小さな息が漏れる

「…すごい」

誰かが囁いた

女将は 少しだけ目を細める


その頃

数十キロ離れた女子高の学生寮では

「始まった!」

葵がスマートフォンを机に立てかける


画面の中は暗い川辺

「見える?」

「ちょっと待って」

さくらがライトを消す

部屋の電気も落とされ

窓からの街灯だけが残る

「…でた」

画面の中で

小さな光が動く

「思ってたより ちゃんと見える」

隣室の夏樹たちも 部屋に入ってくる

「これ 葵の村?」

「うん」

「綺麗…」

コメント欄には

ゆっくりと言葉が流れる


静かでいいですね

音も聞こえる

現地にいる気分


さくらが 画面を見つめながら言う


「これ 来たい人も増えるやろな」

「うん」

葵は頷く

「でも」

「来すぎないように してるんやと思う」


二人はしばらく黙って画面を見ていた

一方川辺では

宿泊客が静かに立ち尽くしている


ホタルは

規則もなく

ただ漂う


私は 配信の接続状況を確認する

問題はない

菫は

少しだけ離れた場所から様子を見る

誰も騒がない

誰も近づきすぎない

「…成功ですね」

菫が小さく言う

「はい」

私は短く答える

女将は

ホタルをみたまま言った

「増やしたいわけやない」

「でも」

「知ってほしい」

光は

水面に映り

また空へ消えていく


寮の部屋では 誰かがぽつりと言った

「帰ったら 見に行きたいな」

葵は少しだけ笑った

「泊まらな ちゃんと見られへんで」

その言い方が

何処か誇らしかった

画面の向こうと

川辺の闇の中


同じ光が違う距離で揺れていた



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