表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふるさと振興課(仮)  作者: 堺大和
27/48

0027田植えの頃2

田植えの季節が 今年もやってきた

山にかかる霧が晴れると

田んぼの水面が空を映す

村の朝は 少しだけ忙しい

「長靴 サイズ大丈夫ですか?」

菫は 声を張りすぎないように気をつけながら

参加者に声をかけて回っていた

昨年と同じ場所

でも 今年は少し違う

移住希望者の顔ぶれが

写真を撮るだけの人ではなくなっている

「今日は

上手に植える のが目的じゃないです」

菫は 最初にそう言った

「ぬかるみがどうとか 腰がどうとか」

「それを知ってもらう日です」

参加者の中から

小さな笑いが起きる

田んぼに入ると 直ぐに声が上がった

「思ったより 足取られる!」

「抜けへん!」

「これ 毎年やっているんですか?」

「はい」

農家の人が 短く答える

「だから やりたくない人 やらんでええです」

その言い方が

妙に安心感を生んだ

菫は 田んぼの端で様子を見ていた

誰かが転びそうになり

隣の人が支える

「すみません!」

「いえいえ!」

泥だらけの笑顔

昼休憩は 簡単なおにぎりだった

派手な演出は無い

「正直 想像以上にきついです」

参加者の一人が言う

「でも」

「楽しい っていうのも 分かる気がします」

菫は頷いた

「暮らせるかどうかは 今日だけでは決まりません」

「でも」

「無理やな って分かるのも 大事な体験です」

誰も 反論しなかった

帰り際

農家の一人がぽつりと言った

「去年より ちゃんと聞いてる人 多いな」

菫は少しだけ笑った

「ありがとうございます」

明るくて

無理のない一日

今年の田植え体験は

成功と現実が ちょうど半分ずつだった


一方で

役場の会議室は 静かだった

私はノートパソコンを開き

画面越しの顔を待っている

「では 最終要件の確認に入ります」

国交省の担当の声は淡々としていた

「休憩機能」

「はい」

「情報提供機能」

「はい」

「防災拠点としての位置づけ」

「明確に記載しています」

一つずつ

チェックが入っていく

「登録は段階整備でも可能です」

その言葉に

私は心の中で一度だけ息を吐いた

「ただし」

画面の向こうで

資料が切り替わる

「完成後の運営体制について 補足をお願いします」

「人員配置と 開館時間の想定です」

「はい」

私は 用意していた資料を開く

「常駐は置きません」

「役場と連携し 無人時間帯も想定しています」

「無理のない形ですね」

「はい」

「無理をすると 続きません」

その言葉に担当者は小さく頷いた

会議の最後

「正式申請 受け付けます」

それだけの一言

画面が暗くなり

会議が終わる

私はしばらく動かなくなかった

書類はまだ結果ではない

でも

ここまで来た

窓の外を見ると

田んぼの向こうに

人影が見える

今日も 誰かが村を見に来ている


明るい現場と 重たい書類


どっちも同じ事業や


私は申請書類を閉じた

この村の道の駅は

今 現場と制度の

両方の上に立っていた


田植え体験の翌日

村は何時もの静けさを取り戻していた

田んぼには まっすぐとは言えないが

確かに苗が並んでいる

水面に映る空が 昨日より落ち着いて見えた


夕方 菫と私は

数人の農家が集まる作業小屋に顔を出した

「お疲れさん」

「昨日はどうも」

短いやり取りの後

しばらくは世間話が続く

天気のこと

苗の出来

今年の水の具合

評価の話は誰も直ぐには切り出さなかった

しばらくして 年配の農家が口を開いた

「去年よりは だいぶ違うな」

菫は背筋を伸ばす

「どういう意味ですか」

「写真撮るだけの人 減った」

別の農家が続ける

「腰が痛いってちゃんと言うてたやろ」

「逃げずに」

「途中で座っても 戻ってきた」

誰かが 小さく笑う

「続けられるかどうかは 別やけどな」

その言い方は 突き放すものではなかった

「去年は」

別の農家が言う

「楽しかったです で終わってた」

「今年は 暮らせるか考えます って言うとった」

その違いが この場では大きかった

菫は 少し迷ってから聞いた

「…評価としては」

一瞬 沈黙

最初に話した農家が

ゆっくり言った

「半分成功やな」

「半分ですか」

「半分は 向いてへん って分かった人や」

「それでええ」

私は その言葉を開いて頷いた

「来てもらうより 残ってもらう方が ずっと大変や」

「せやから」

「来れん人が ちゃんと分かる方がええ」


別の農家が 菫を見る


「菫ちゃん」

「はい」

「今年は 無理に ええとこ 見せようと せんかったやろ」

「はい」

「それが 一番ええ」

「騙して連れて来ても 後でしんどなるだけや」

作業小屋の外で

かえるが鳴いた

「次も このやり方でええ」

「派手にせんで」

「聞きたい人だけ 聞きに来たらええ」

菫は 深く頭を下げた

「ありがとうございます」


帰り道

夕焼けが田んぼを赤く染めている

「半分成功 ですか」

菫が言う

「上出来です」

私は答えた

「失敗を成功に数えてもらえるのは

信頼されてる証拠です」

菫は 苗の並ぶ田んぼを見る

きれいではない

でも 根は張る

今年の田植え体験は

人を増やすイベント ではなかった

続かない人をちゃんとふるいにかける日 だった


それを 農家が認めた

それだけで 十分だった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ