0026桜の季節
さくらが咲き始めると 村の時間は少しだけ早くなる
山あいの道にも 見慣れない車が増えた
川沿いの桜は 満開にはまだ早い
それでも十分綺麗だった
菫は 昼休みに少しだけ外に出ていた
観光客の流れを確認するついで という顔をして
「…菫?」
聞き覚えのある声に 足が止まる
「え」
振り返ると
少しだけ 雰囲気の変わった女性が立っていた
「久しぶり 分かる?」
「分かるよ 久し振り」
高校の同級生だった
今は都会で働いているはずの友人だった
「桜 見に来たん?」
「うん 実家に顔出してから ちょっと」
二人は並んで桜を見上げた
「人 増えたなあ」
「この時期だけやけどね」
「でも」
友人は周りを見渡す
「前より 来てる感 ある」
菫は 少しだけ笑った
「そう?」
「あるある なんか 動いてる感じ」
少し沈黙
友人が思い出したように言う
「そうそう 聞いたで」
「何を?」
「道の駅 するらしいやん」
噂 という言い方だった
確定でもない でも 否定でもない
「噂レベル やけど」
菫は正直に答える
「へえ…」
友人は少し考える
「正直さ」
「うん」
「無理ちゃう?って思った」
菫は 否定しなかった
「でも」
友人は続ける
「やらんかったら
もっと無理やったやろうな とも思う」
その言葉に 菫は少し驚く
「外に出てからさ」
友人は桜の枝を見る
「地元の名前 誰も知らんのよ」
「でも こうやって帰ってきたら」
「桜も 川も ちゃんとある」
「それ 残そうとしてるんやなって」
菫は 足元の影を見る
「残るかどうかは まだ分からへん」
「うん」
「でも やってみようとはしてる」
友人は 少し笑った
「菫っぽい」
「そう?」
「うん 大きい事言わんと 黙ってやること」
観光客の一人が写真を撮っている
シャッターの音が 短く響く
「私は戻らんと思う」
友人は はっきり言った
「仕事もあるし」
「うん」
「でも」
少し間を置いてから
「帰って来る場所が 何もない より」
「何かしようとしてる 方が 安心する」
菫は ゆっくり頷いた
「それだけで 十分やと思う」
別れ際 友人が言った
「完成したら 教えて」
「うん」
「桜の次は なんやったっけ」
「ホタルもあるし 紅葉もあるよ」
「欲張りやな」
「村やから」
二人は笑った
友人が去ったあと
菫はもう一度 桜を見上げた
この村を出た人の目に
「動いている」と映ったこと
それは
小さくて 確かな手応えだった
夜の役場は昼間より音がはっきり微かな調は低い音
蛍光灯の微かな唸り
菫は 自席に一人残っていた
机の上には ノートパソコンと 小さなメモ帳
画面は まだ白い
プロジェクト名
そこまで打って 手が止まる
大袈裟にしたくない
消して打ち直す
旧小学校跡地に 休める場所をつくります
それだけで少し胸が詰まった
「道の駅をつくります」
と書くより
今の気持ちに近い
次の行
この村には バスしかありません 最終便は夕方です
書きながら自分でも驚く
数字も制度も書けるはずやのに
出てくるのは
日常のことばかりだった
買い物は週二回の移動スーパーです
春は桜 初夏はホタル 冬は静かです
一度 手を止める
宣伝になってるかな
画面をみつめて 首を振る
違う
これは 説明や
便利にはなりません
でも たち止まれる場は作れます
背もたれに体を預けて
天井を見る
これ 読んでくれる人 おるんやろうか
不安がはっきり形になる
それでも キーボードに手を戻す
この場所は 観光客のためだけではありません
村に住む人が 先に使える場所にします
そこまで書いて
少しだけ息が楽になった
メモ帳を開く
集める金額 全部じゃない
使い道 看板 休憩所 防災備品
集まらなくても 止まらない
箇条書きは
山中の顔が浮かぶ内容だった
「…怒られへんな」
思わず 声に出る
画面に戻る
応援してもらえたら嬉しいです
と書いて消す
代りにこう書いた
一緒に見守ってもらえたら ありがたいです
時計を見ると
もう夜九時を回っていた
完成には ほど遠い
でも 最初の一文は もう消さない
菫は ファイルの名を付けた
道の駅クラファン(たたき)
「たたき」
その言葉が 今の自分にちょうどよかった
パソコンを閉じる
外に出ると 夜風が少し冷たい
桜は まだ咲いている
ライトに照らされて 静かだ
菫は思った
まだ始めただけ
でも 始めた ってことや
その夜 村の未来は
一枚の白い画面から
確かに動き出していた




