0025四月の風
四月に入ると 役場の空気が少し変わった
人の入れ替わりはない
机の配置も同じだ
ただ書類の種類が変わった
私の机の上には
「設計業者選定」「コンサル業者委託」と
書かれたファイルが積まれている
「いよいよですね」
菫が コーヒーを置きながら言った
「はい
ここから 考える より 選ぶ 仕事です」
公募要領は 既に作り終えていた
条件は多くない
過疎地域での実績
小規模施設の設計経験
段階整備に対応できること
「大きな会社は来ませんかね」
「来なくていいです」
私は即答した
「大きいところは 大きく作るのが仕事ですから」
説明会当日
オンラインと現地を併用した簡素な形式だった
画面越しに並ぶ顔
派手なプレゼンはない
「まず 全部は作りません」
私は 最初にそう言った
「最初に必要なのは 止まれる場所 です」
「売る前に 休めること」
「集める前に 守れること」
その説明に
何人かの設計者が 静かに頷いた
後日 提案書が届く
立派なパースもあった
だが 私はまず 最後のページを見る
維持管理の考え方
そこが空白の提案は 迷わず外した
選定は早かった
「ここですね」
菫が指差したのは
地方で公共施設を多く手掛けてきた
小さな設計事務所だった
「はい」
「派手じゃないですね」
「派手じゃないから 残ると思います」
四月中頃設計者とコンサルを交えた
最初の打ち合わせ
ホワイトボードに
大きく円が描かれる
「これが 敷地全体です」
「で まず 使う のは ここだけ」
校舎の一部に 丸がつく
「休憩 トイレ 情報」
「直配は 仮設でも可能です」
「将来 拡張する余地は?」
「残します」
それだけでいい
基本設計は 夢の絵 ではなかった
雨の日にどう動くか
冬の朝 誰が鍵を開けるか
ゴミは どこに置くか
そんな話ばかりが続く
「実施計画に入る前に」
コンサルが言った
「一度 遣らない事 を整理しましょう」
私は頷いた
「それ一番大事です」
会議が終わる頃
菫がぽつりと言った
「なんか 一気に現実ですね」
「はい」
私は資料を閉じる
「でも」
少し間を置いて続けた
「ここまで来たら もう 絵空事 ではないです」
役場の窓から 校庭跡地が見える
まだ 何も変わっていない
それでも 図面の中では
人が座り 風が抜け
灯り点いていた
村の計画は
線と寸法を持ち始めていた
設計の打ち合わせが一段落した日の夕方
菫は自席で画面をぼんやり眺めていた
表示されているのは
全国の自治体が行ったクラウドファンディングの記事だった
地域拠点整備のため
住民参加型プロジェクト
目標金額〇〇万円
集めているところ ほんまに多いな…
補助金の資料は 既に別のファイルに入っている
制度も 条件も 理解はしている
でも
それだけでいいのか
という気持ちが 引っかかっていた
休憩室でコーヒーを淹れているところに
私は入っていった
「まだ残っていたんですか?」
「少しだけ」
菫は 画面を閉じないまま言った
「山中さん」
「はい」
「クラウドファンディングってどう思いますか?」
一瞬 間が空く
「正直な話ですか」
「はい」
「責任は むしろ重いです」
菫は 頷いた
「ですよね お金だけじゃなくて」
「言葉も 期待も 全部 受け取ることになります」
しばらく 沈黙
「でも」
菫が続ける
「道の駅って 国の施設 になるのは後で」
「最初は 村の場所ですよね」
「それなら 少しでも 一緒に作る
形があってもいいのかなって」
私は 直ぐには答えなかった
「補助金は 条件を満たせば出ます」
「はい」
「クラファンは 誰も保証してくれません」
「はい」
菫は自分でも驚くほど
落ち着いた声で言った
「集まらなかったら それも答えかなって」
私はゆっくり息を吐いた
「…菫さんらしい考え方ですね」
「らしい ですか」
「はい 前に出すぎないけど 逃げない」
菫は 少し笑った
「ただ」
私は続ける
「やるなら 全部を頼らない ことです」
「一部だけ」
「関わりしろ という意味で」
「失敗しても 事業が止まらない金額で」
菫はメモ帳に書き込む
一部
用途限定
集まらなくても進む
「怖いですね」
「ええ」
私は はっきり言った
「でも 村の中だけで完結しない 覚悟は要ります」
窓の外では
校庭跡地に夕日が当たっている
まだ建物はない
図面だけである
「補助金に頼るのは 悪い事じゃない」
私は 最後に言った
「でも 応援してもらう のは 別の仕事です」
菫は画面をもう一度見た
金額より
コメント欄が目に入る
楽しみにしています
無理のない形
完成したら行きます
怖いけど
悪くないかも
菫は 画面を閉じた
まだ 決めていない
でも 考え始めた
それだけで
この事業は
少しだけ 村のもの に近づいていた




