0022村議会
村議会の本会議は 冬の終わりの空気をそのまま引きずっていた
暖房は入っているが 何処か冷える
傍聴席には いつもより人が多い
多くは黙って座っている
拍手も 声もない
議長が 議題を読み上げる
「議案第〇号
令和〇年度一般会計予算案について」
私は後方の席で資料を開いていた
ページの角は 既に何度も折られている
予算書の中の一行
金額としては 大きくはない
だが 意味は重い
「旧小学校跡地活用事業費」
その中に 道の駅関連の調査・設計費が含まれている
説明に立ったのは 担当課長だった
「本事業は
住民投票により賛成多数となったことを受け
段階的に検討を進めるための予算です」
言葉は慎重だ
「建設」ではない
「検討」「調査」「設計」
議場から 質問が出る
「補助金は どの程度見込んでいるのか」
「国の交付金 県補助を含め
現時点では三割程度を想定しています」
「確定ではないな」
「はい 申請と審査を経て 決定されます」
別の議員が続ける
「失敗した場合の対応は」
その質問に 空気が少し張る
「条件を満たさない場合
次の段階には進みません」
「撤退も含めて という理解でいいか?」
「はい」
私は そのやり取りを聞きながら
住民説明会の夜を思い出していた
…やめます
…条件を決めて 守らなければ
その言葉が 議場でも使われている
質疑は長引かなかった
賛成も 反対も 声は抑えられている
採決
「賛成の方は 起立を」
椅子の音が いくつか重なる
数は 十分だった
「起立多数
本議案は 原案とおり可決されました」
その瞬間も
拍手は起きなかった
だが 傍聴席の空気が ほんの少しだけ緩む
散会後 廊下で菫が小さく言った
「…通りました」
「はい」
私は資料を閉じる
「ここからが 本当のスタートです」
「補助金 通りますかね」
「通るかどうかより」
私は少し考えてから続けた
「通らなかった時に どうするかですね」
菫は 静かに頷いた
議会楝を出ると 外は明るかった
冬は終わりかけている
制度として
道の駅はまだ何も始まっていない
だが
村の意思は 予算という形で
一歩前に出た
それだけで今日は十分
役場のフロアは 午後になると音が減る
電話も落ち着き コピー機の音だけが一定の間隔で響く
私は机に向かった ほとんど動かなかった
画面に並んでいるのは 数字と文章
派手な言葉は 一つもない
事業目的
期待される効果
維持管理計画
収支見込
指がとまる
書けることしか 書かない
頭の中で 何度も確認する
出来る事
出来ない事
やらない事
「盛らないんですね」
隣の席から 菫が小さく声をかける
「盛るとあとで困りますから」
私は画面から目を離さない
「にぎわい創出 って
もう少し強く書いた方がいいって
前の担当は言ってましたけど」
「にぎわい
作れるかどうか分からないので」
菫は 少し笑った
「じゃあ 何を作るんですか?」
「…休める場所です」
私はそう答えた
「来た人も 村の人も」
キーボードの音が また続く
事業スケジュールは月単位で刻まれている
余白は あえて残してある
詰めすぎると崩れる
夕方 窓の外が暗くなり始めた頃
私は 一度だけ大きく 息を吐いた
「今日は ここまでですかね」
「終わったんですか?」
「今日やる分は」
菫は その言葉の意味が分かっていた
終わらせない
積み上げる
その日の申請書は完成ではなく
「提出できる状態」に近づいただけだった
数日後
私と菫はオンライン会議用の部屋に入った
画面の向こうには 県の担当者
表情は穏やかだが 言葉は慎重だ
「全体として
無理のない計画だと思います」
その一言で空気が少し緩む
「ただし」
続く言葉に 二人は身構える
「道の駅 フル機能 としての整備ではなく
段階的整備としての扱いになります」
「はい」
私は 直ぐに答えた
「その前提で 書いてます」
「それなら 話は早いですね」
画面の向こうで 資料が切り替わる
「現時点では内示レベルですが」
その言葉に 菫は背筋を伸ばす
「対象事業として
検討の土俵には乗っています」
内示
決定ではない
約束でもない
だがゼロでもない
「条件として」
担当者が続ける
「防災機能の明確化と 維持管理体制の具体化」
「承知しました」
「それが確認できれば 次の段階に進めます」
画面が暗転し 会議が終わる
暫く 二人は何も言わなかった
「…土俵には 乗れましたね」
菫が静かに言う
「はい」
私は資料を閉じる
「まだ 立っただけですけどね」
「でも」
菫は少しだけ笑った
「立てたって大きいですね」
私は頷いた
内示は光ではない
だが道があることを示す
小さな標識だった
役場の窓から 夕方の村が見える
いつもと変わらない景色
それでも
その日から少しだけ
次 が見えるようになっていた




