0021SNS
その日の役場は 静かだった
電話も少なめで 廊下を走る音もない
私は自席で資料を整理していた
紙を揃える音だけが 規制正しく続く
「山中さん」
菫が少し遠慮がちに声をかける
「はい」
「ちょっと…軽い話なんですけど」
「軽い話 歓迎です」
私は顔を上げた
菫は スマートフォンを手に持っている
「村の宣伝のことなんですが」
「はい」
「SNS…Xとか 使えないかなって」
一瞬 山中は考える
「公式アカウント ですか」
「はい
観光パンフレットほど堅くなくて
イベントほど大げさでもないやつ」
菫は画面を見せる
「例えば
今日の川の感じとか
移動スーパーが来たよ とか」
私は 画面を覗き込む
「…日常ですね」
「はい
でも たぶん一番
この村らしいかなって」
少し間が空く
「炎上 しませんからね」
私は真面目に言う
菫は 思わず笑った
「たぶん
炎上するほど人 見てないです」
「それも 事実ですね」
二人は 小さく笑った
「宣伝っていうより」
菫は続ける
「ちゃんと暮らします って伝える感じで」
窓の外では 風に揺れる木が見える
特別な景色ではない
「いいと思います」
私は 頷いた
「大きく見せない
盛らない
続けられる範囲で」
「ですよね」
「まずは
誰が書くか ですね」
菫は 少しだけ視線を逸らした
「…交代制 とか」
「それは
続ける前提 の発想ですね」
私は そう言ってから付け加えた
「いいと思います」
菫は ほっとしたように息を吐いた
「じゃあ
試しに 一週間くらい やってみます?」
「ええ
やめる判断も セットで」
「はい」
二人の会話は そこで終わった
派手な決定はない
拍手もない
でも その日の午後
菫は一枚の写真を撮った
今日の村 風が冷たいけど 晴れています
それだけの投稿
それで十分だと
二人とも思っていた
夕方 学生寮の共用スペースは いつもより少し賑やかだった
暖房の音と 誰かの笑い声が混じる
「なあ これ見た?」
スマートフォンを差し出したのは さくらだった
「村のやつ?」
葵が画面を覗き込む
今日の村
風が冷たいけど 晴れています
写っているのは 川沿いの道と 薄い冬の空
何も起きない写真だ
「地味やな」
隣室の氷室ちゃんが言って 笑う
「せやけど」
さくらは 少し言葉を選ぶ
「知ってる場所やから 分かるねん」
「何が?」
「今日は風が冷たかった とか」
葵は 画面をもう一度みる
「うん これ盛ってない感じする」
「それ」
さくらは うなずいた
「観光アカウントやったら
もっとキラキラさせるやろ」
「でも これは」
葵が続ける
「今もそこにある って感じする」
氷室ちゃんが スマホを操作しながら言う
「フォローした」
「はや」
「移動スーパー来た日とか 普通に助かるかも」
「それ 村の人向けやん」
「でも 外におる人にも分かるやろ」
少し間が空く
「なんかさ」
葵がぽつりと言う
「帰る場所
ちゃんと生きてるって感じする」
誰も直ぐには返事しなかった
否定もしない
「道の駅の話さ」
さくらが言う
「こういう投稿 続いてたら 意味変わってくると思う」
「どういう意味?」
「作る前から どんな場所か が見える」
葵は 静かに笑った
「宣伝っていうより 連絡帳みたいやな」
「分かる」
「今日の天気 こんな感じです って」
スマートフォンを置き
誰かが伸びをする
「明日も 投稿あるかな」
「たぶん」
「それでいいな」
特別な話題ではない
だが その夜
何人かが そのアカウントをフォローした
静かな投稿は 静かなまま
確実に届いていた
遠くの村は
今日も ちゃんと暮らしている
それが分かっただけで
少しだけ 気持ちが軽くなった




