0020開票の時
夜になると 村は不思議なくらい静かだった
投票所は閉まり 箱は役場へ運ばれている
道には車が少なく 家の灯りだけがぽつぽつと残っていた
テレビをつけている家もある
だが どの局もこの村のことは扱っていない
それでいいと 誰もが思っていた
これは外の出来事ではない
村の中だけの夜だ
役場の会議室には 長机が並べられていた
開票はもう始まっている
紙の擦れる音
数字を読む声
鉛筆が机を叩く小さな音
私は後ろに立ったまま動かない
結果を覗き込まないよう あえて距離を取っている
菫は壁際の時計を見た
秒針だけが はっきり聞こえる
「寒くないですか」
小さな声で聞く
「大丈夫です」
私は答える
本当は寒かった
だが それは気温のせいではない
同じ頃 村の家々では 似たような時間が流れていた
夕飯の後 誰も直ぐに寝ない
ラジオをつける人
湯呑をもったまま座ってる人
「どうなるやろね」
誰かが言う
「決まるな」
別の誰かが答える
それ以上は続かない
葵の家で さくらも炬燵に入っている
テレビはついているが 音は小さい
「緊張するな」
葵が言う
「うん」
「どっちでも 明日からかわるんやろな」
さくらは 少し考えてから答えた
「変わるっていうより 決まる やな」
その言葉に 二人は黙った
役場では 束になった票が積あがっていく
誰も喜ばない
誰も落ち込まない
まだ途中だからではない
これは 勝ち負けの夜ではないからだ
私は ふと窓の外を見た
役場の灯りだけが 夜の中で浮いている
この村はちゃんと選んだ
まだ結果は出ていないのに
それだけは確信できた
夜は長かった
だが 逃げる人はいなかった
村全体が
同じ時間の中で 静かに待っていた
開票は最後の束に入っていた
数字を読む声が 少しだけ震える
「……以上です」
会議室に沈黙が落ちた
計算機の音
紙の確認
もう一度 数える
「確定します」
担当者が 顔を上げた
「投票率九割二分」
誰かが 小さく息を吸う
「賛成 僅差で多数」
歓声は上がらなかった
代りに 長い沈黙が続いた
私は目を閉じてから開いた
逃げ道は もうない
「…決まりましたね」
菫の声は 静かだった
「はい」
誰かが椅子に座り直す
誰かが 天井を見る
九割以上の人が
この紙に触れた
その重さが 全員に分かっていた
外に出ると 夜が冷たい
役場の前に何人かが立っている
誰も叫ばない
ただ頷くだけだ
「決まったか」
「決まった」
それで十分だった
これは勝利ではない
合意だ
村は自分たちで選んだ
その事実だけが
明日から合意より難しい仕事が
明日から始まる
成人式と投票日の翌日
村は 驚くほど普通の朝だった
雪は残っていない
道も 空も 昨日と変わらない
だが 人の声だけが少し違ってた
葵とさくらは コンビニ代わりの商店の前で
缶コーヒーを買っていた
吐く息が白い
「なんか 終わったな」
葵が言う
「始まった やろ」
さくらは訂正する
二人は笑う
「昨日 夜中のニュースみた?」
「見た見た
高校生も投票ってめっちゃ言われてた」
「ちょっと恥ずかしいな」
「でもさ」
さくらは缶を握り直す
「ちゃんと参加したって言えるの 悪くない」
葵は少し考えながら言った
「大人が本気やったんやなって思った」
「うん」
「形式だけじゃなくて」
「逃げきれなかった」
その言葉に二人とも黙る
暫くして 葵は言う
「道の駅 出来たらさ」
「うん」
「衛生管理の話 絶対出てくるやろ」
「出るな」
「そしたら ちょっと関わりたい」
さくらは直ぐに答えなかった
代りに ゆっくり頷いた
「私も」
遠くで 移動スーパーの音がする
いつもの軽トラックだ
「前にスーパー潰れた話覚えている?」
葵が聞く
「うん」
「今回は違う形に出来る気がする」
さくらは 小さく笑った
「違う形にする側にならなあかん」
「それな」
二人は同時に言って また笑った
冬の空気は冷たい
でも その会話には 少しだけ温度があった
村の未来を
他人事 じゃなく話している
それだけで 昨日までとは違う
葵は空を見上げる
「なんかさ」
「うん」
「この村 ちゃんと動いているな」
さくらは はっきり答えた
「うん 止まっていない」
移動スーパーの音が近づく
いつもの朝の風景
でも二人にはそれが
少しだけ新しく見えていた
ここまで感想ありましたら宜しくお願いします。




