0019成人式の日
一月三日の朝は 澄んでいた
空気が冷たく息が白い
村の集会所の前には まだ日が高くなる前から人影が動いている
成人式の準備は夜明け前から始まっていた
椅子の配置 音響の確認 名簿の最終チェック
私は無線を肩にかけたまま 会場と控室を行き来している
「受付 もう一列増やしましょう」
「はい すぐ」
裏方の声が短く飛び交う
華やかな式の裏側は いつも地味で忙しい
菫は式次第の束を抱えていた
表紙に書かれた「祝 成人」の文字が 少しだけ眩しい
「晴れてよかったですね」
そう言いながらも 視線は時計に向く
今日は 成人式だけの日ではない
外では 振袖やスーツに身を包んだ新成人たちが集まり始めていた
久し振りに顔を合わせる同級生同士の声が
場内まで響く
その時集会所の前に見慣れない車が止まった
アンテナの付いた車
カメラバックを肩にかけた人影
「…来ましたね」
菫が小さく言う
「毎年 ですからね」
私は とくに驚かない
理由は分かっている
この村の成人式は毎年「日本一早い」と言われている
帰省のピークに合わせたこの日程
「少しだけ対応します」
菫が外にでた
「おはようございます
今日は何の取材でしょうか」
「成人式の様子を少し
毎年早いですよね」
カメラは晴れ着の新成人に向けられる
「地元に帰ってきて どうですか?」
「懐かしいです」
「将来は?」
そんなやり取りが続く
そのうち カメラマンが周囲を見回した
「…あれ 住民投票の案内が出てますよね?」
掲示板の一角に 静かに貼られた紙
本日住民投票実施
菫は一瞬だけ間を置いて答える
「はい 今日が投票日です」
「成人式と同じ日なんですね」
「この辺りでは 一番人が戻る日なので」
記者は 少し興味を示した
「何の投票ですか?」
「道の駅誘致についてです」
その言葉に カメラの向きが変わる
だが 菫はそれ以上説明しない
「詳細は こちらに資料があります」
それだけで十分だった
午前十時
成人式が始まる
壇上では 祝辞が読み上げられた
新成人たちは 少し照れた顔で座っている
私は会場後方で立ったまま様子を見る
時計を一度だけ確認した
投票は既に始まっている
華やかな式の陰で
静かな判断の時間が同時に進んでいた
午前中は まだ穏やかだった
役場の人間だけは よく分かっていた
正午が近づくにつれ
集会所の外の空気が少し変わった
成人式の余韻が残る一方で
人の流れが投票所の方へと向き始める
カメラは再び回り出したのは その頃だった
「午前中は成人式の取材でしたが…」
レポーターがカメラに向かって言う
「この村では本日 道の駅誘致を巡る住民投票も行われています」
投票所の入り口に控えめな看板
派手な横断幕はない
だが足をとめて読む人は確実に増えていた
「高校生も投票できる条例があると聞きましたが」
記者の問いに 菫が答える
「はい
義務教育終了後で 村の将来を左右する重要事案については
高校生も投票資格があります」
「実際に投票する高校生は?」
「います 既に何人か 来ています」
カメラは少し角度を変えた
振袖の袖をたたみ コートを羽織った若者たち
スーツの上にマフラーを巻いたままの人
そこに 制服姿ではないが まだ学生の顔が混じる
葵とさくらは 並んで投票所に入った
二人とも いつもより言葉が少ない
受付で名前を告げる
名簿に確かに二人の名前がある
投票用紙を受け取り
仕切りのある机へ向かう
葵は用紙をじっと見つめた
白い紙は 思っていたより重い
分からへんままは 出来へん
沐浴実習の時の あの感触が一瞬よぎる
「雑にしたら危ない」という感覚
さくらは 少しだけ深呼吸した
畑の土の匂い
生産者の言葉
「顔が見えるから怖い」という一言
二人はそれぞれに 印をつけた
用紙を折り
投票箱へ
紙が落ちる音は 小さい
だが はっきり聞こえた
外に出ると カメラが持っていた
「すみません 少しだけ」
レポーターが声をかける
「高校生で投票されたとのことですが
今の気持ちは?」
葵は一瞬だけさくらを見る
それから 前を向いた
「…正直 緊張しました」
「どうして 投票しようと思いましたか?」
「投票出来るって聞いて
ちゃんと考えなあかんと思ったからです」
さくらも続ける
「将来
この村とかかわらへんかもしれないけど」
少し言葉を探してから言った
「今日は 関わる権利をもらった気がしました」
レポーターは 少し驚いた顔をした
「重いですね」
「はい」
葵ははっきり答えた
「でも
軽く決めるよりは いいと思います」
カメラが止まる
二人は小さく会釈してその場を離れた
足取りは 朝よりも落ち着いている
遠くで鐘の音が一つ鳴った
正午を告げる音だ
成人式の日
帰省のピークの日
そして村が自分たちで選ぶ日
その真ん中に
確かに若い声が立っていた




