0015会議室
役場の小会議室には
午後のやわらかい光が差し込んでいた
正式な会議ではない 議事録も取らない
机の上にあるのは 紙コップのお茶と
簡単な資料だけだ
「今日は 確認 です」
私は最初にそう言った
「道の駅をやる やらないの話ではありません
やるとしたら どこまで出来るかを知りたい」
診療所の医師が静かに頷いた
「分かりました
先に言っておきます うちは 病院 ではありません」
それだけで 空気が少し締まった
「平日の診療と 軽い救急まで
大きな事故や重症は 外に搬送になります」
「イベント時に人が増えた場合は?」
菫が聞く
「対応はします ただし
常駐の救護所を置く余裕はありません」
医師は淡々と続けた
「何かあったら診療所がある
という前提で人を呼ぶのは やめてほしい」
誰も反論しなかった
私は静かにメモをとる
次に保健所の職員が口を開いた
「食品関係ですね 直販所と 道の駅 では
基準が変わります」
「何処が一番違いますか?」
「責任の所在です」
即答だった
「個人販売なら自己責任で済んだ事も
道の駅になると管理責任になります」
菫は 思わず 林さくら の顔を思い出した
「温度管理 表示 記録
出来ないなら やらない方がいい」
言葉は厳しいが声は穏やかだった
最後に 消防団の代表が腕を組んだまま言う
「人が増えると 出動は増えます」
「それは…覚悟が要りますね」
私が言うと 代表は頷いた
「うちはボランティアや
いつでも出られる訳やない」
少しの間を置いてから 続ける
「せやけどな
最初から想定してくれてる なら話は別や」
誰も言葉を挟まない
「動線 駐車場 夜間照明
其処がちゃんと考えられていたら
事故は減らせる」
私は深く頭を下げた
「ありがとうございます
今日は それが聞きたかった」
会は長引かなかった
誰も背中を押さず 誰も止めなかった
廊下に出てから 菫は小さく言う
「やるなら…覚悟が要りますね」
「はい」
私は答える
「でも 出来ない事 が分かったのは 前進です」
窓の外では いつもの村の風景が広がっていた
変わらない日常の中で
見えない線が 一本ずつ引かれて
それが この村のやり方だった
その日は まだ空が薄暗いうちに始まった
始発のバスに揺られ 私と菫は空港へ向かう
「朝一 久しぶりですね」
菫が小さな声で言う
「役場に入ってからは 初めてかもしれません」
保安検査場を抜けて機内へ
窓の外で村の山々が遠ざかっていく
「静かですね」
「この時間の飛行機は だいたい」
私はそう答えた
雲の上に出ると 陽が差し込む
菫はノートを開いて確認事項kをなぞる
国土交通省の庁舎は 想像していたよりも無機質だった
受付を済ませ 案内された会議室で待つ
「お待たせしました」
現れた職員は 丁寧だが感情を見せない口調だった
「本日は道の駅の登録要件についてのご相談ですね」
「はい」
私は答える
「現時点では 構想段階です
登録の可否を判断していただくのではなく
要件の確認をしたくて」
職員は頷き 資料を開いた
「まず道の駅は
休憩機能 情報発信機能 地域連携機能
この三つが揃うことが前提です」
淡々と説明が続く
「駐車場 トイレは24時間無料
情報提供は 道路情報だけでなく 地域情報も」
菫は思わず質問する
「イベント的な活用は 何処まで想定されていますか?」
「できる ことと 義務 は分けてください」
即答だった
「道の駅は 賑わい施設ではありません
あくまでも道路利用者の安全と利便性が目的です」
私は その言葉をメモに写す
「規模については?」
「最小限で構いません
無理に大きくする必要はありません」
菫は 少しだけ肩の力が抜けた
「ただし」
職員は続ける
「登録後は
道の駅として振る舞い続ける責任 が生じます」
沈黙が落ちる
「辞めるのは簡単ではありません」
「はい」
私は迷わず答えた
「だからこそ 今日はここに来ました」
職員は ほんのわずかに表情を緩めた
「それなら
まずは 想定利用者 と 管理体制 を明確にしてください」
面談は一時間ほどで終わった
庁舎を出ると 街は既に昼の顔をした
「思ったより冷たくなかったですね」
菫が言う
「はい」
私は歩きながら答える
「でも優しくなかった」
「ですね」
二人は笑った
帰りの飛行機の時間まで 少し余裕がある
「村に戻ったら」
菫は言う
「ちゃんと説明しないと ですね」
「はい
出来る事より
出来ない事から」
街のざわめきの中で
二人は同じ方向を向いている
帰りの機内は 行きより静かだった
エンジン音が一定のリズムで続き
窓の外には 雲が広がっている
菫は 膝の上の資料を閉じた
「思ったより 夢を語る場所 じゃなかったですね」
「はい」
私はシートベルトの上で手を組んだまま答える
「出来ますよ より
続けられますか って感じでした」
「ですね」
少し間が開く
「でも」
菫が続ける
「ちゃんと聞いてくれましたよね」
「はい逃げない って事は伝わったと思います」
窓の外 雲の切れ間から地上が見えた
「戻ったら」
菫が言う
「また説明ですね」
「はい」
私は頷く
「今度は 希望より先に 条件から」
菫は小さく息を吐いて笑った
「一番大事なところですね」
機内アナウンスが流れ 着陸態勢に入る
雲の下に 見慣れた山の稜線が見え始めていた




