第20話 赤い月のディストピア③ 〜最後の炎〜
宝玉から次々に流れ込む「記憶」はまだ止まらない。
(頭がズキズキする……!
二人はヴェルザドールとどう戦ったんだ?)
~~~~~~
隠れ里で尾を解放したあの夜。
タケルは「極上のモフキュン!」と、いつものおバカな笑顔ではしゃいでくれた。
(――ああ、もう隠さなくていいんだ)
いっそ切り落としてしまおうと考えたこの白い尾も、私の心も、彼には全部、ありのままを見せられるって、そう思えた。
でも……その安らぎは長く続かなかった。
*
――数日後。
ザルド帝国が隠れ里を襲い、焼き討ち。
私たちが駆けつけた時、炎と同胞たちの叫び声が響く。
「やめろぉぉぉ!」
タケルは剣を振るい、ボロボロになりながら命懸けで戦った。
けれど、私たちが救い出せたのは――たった一人。
まだ幼いルナティアの少女、「メル」だけだった。
「ごめん……ごめんね……っ」
燃え落ちる里を背に、私はメルを抱きしめて泣いた。
「……一族の仇、絶対に討ちたい」
わずか9歳で全てを奪われたメルの瞳には、涙を枯らし、静かな決意の炎が宿っていた。
彼女の「転移魔法」が私たちの力に加わり、絶望から始まった冒険は、復讐の旅路へと加速していく――。
*
――決戦前夜。
メルが寝静まり、焚き火の爆ぜる音だけが周囲を包んでいる。
タケルは膝の上に剣を置き、いつになく真剣な眼差しで炎を見つめていた。
「……ミオ。ヴェルザドールってヤツ、何者だ? 世界滅ぼして、何がしたいんだよ」
タケルが焚き火を枝で突きながらポツリと尋ねる。
私は宝玉を握り、静かに目を閉じる。
ルナティア族に伝わる、忌まわしき伝承が脳裏をよぎる。
「……400年以上前の話よ。彼の本名は『ヴェザル』。エルドラント王国が生んだ稀代の天才魔術師だったわ。わずか25歳で、魔法によって王国の繁栄を極致まで押し上げたの」
「へえ、俺と同い年なのにすげえじゃん」
「時の君主、ローレンツ国王は彼を褒め称え、望むままの褒美を与えると約束した。けれど、彼が求めたのは『カタリーナ姫』その人だった」
「マジか! 要求めっちゃストレート!」
「ええ。当初は国王も前向きだった。けれど、その本性が暴かれるにつれ、縁談は白紙になったの。彼は傲慢で、弱者を虫けらのように見下す、歪んだ選民思想の持ち主だったから」
「天才で傲慢……うん、一気に嫌いになった」
「姫は彼の知性に惹かれつつも、その冷酷さに恐怖を感じ、心を病んで彼を拒んだ。
自尊心を砕かれたヴェザルは、姫への恨みを、世界を総べる月の女神そのものにまで向けたの」
「姫にフラれて女神に八つ当たり!? ダサくね!? メンタル弱ッ!」
タケルが目を剥いて叫ぶ。
「祖国を裏切った彼はザルド帝国の影となり、世界中の宝玉を奪わせた。全ては己が頂点に立つための駒として」
「いや、でも世界滅ぼす理由がわかんねえ!」
「秩序そのものを破壊して、自分の闇で世界を『再構築』するつもりじゃないかしら。
神の力を超えることで、世界を見返したいんだと思うわ」
「マジかよ。失恋で世界滅ぼすとか……普通にキモいな」
「確かに、滑稽よね。でも彼の怨念は400年経っても消えなかった。女神の月と石の力を闇に染め、世界を破滅させる……それが彼の復讐よ」
「なんか色々拗らせすぎ! ミオ、俺たちでそいつのキモ計画、絶対ぶっ叩き潰そうな!」
タケルが拳を握ると、呼応するようにシルバーフレイムが静かに、だが熱く揺らめいた。
「ええ……タケルとなら、きっとできる。私、一族の末裔として、絶対に負けない」
「主人公とヒロイン――最強タッグで、この世界を守り抜こうぜ!」
彼の情熱が、世界の闇を少しだけ照らす。
「ねえ、タケル。私にも聞かせて。キミは……本当に異世界から来たの?」
「……うん。バイト帰り、タンクローリーに轢かれたんだ。気づいたら『ゼノス』って神様の前にいてさ。『ワシの姪っ子の世界を救ってこい!』って送り出されたんだよ」
「……イオネラ様の、叔父様。本当に不思議な縁ね」
「モブ人生を脱出したい一心で、ずっと『主人公』に憧れてた。だから異世界転生は夢みたいだけど……ミオは、俺が異世界人だって言っても、あんまり驚かないんだな」
「……ルナティアの伝承にはね、『転生』の教えがあるの。命が尽きる時、魂を別の次元へ導く『案内人』という役目の話が」
「じゃあ、ミオもいつか案内人になるの?」
「私は混血だから……分からない。でも、タケルとこうして話している時間が、なんだかずっと前から決まっていたような、不思議な気持ちになるの」
「……なあミオ。俺、ここに来て、ハーレムとかにも憧れてたけど……」
タケルが急に真面目な顔になり、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「やっぱミオが一番だ。俺の、最高のヒロイン」
――鼓動が、跳ねる。
(バカなのに……こんな言葉、ずるい)
「……最初は変な人だと思ってた。今でも変だと思ってる。……でも、時々、悔しいくらいかっこいいわね」
焚き火に照らされた彼の顔が、見る間に赤く染まっていく。
「ミオ……!」
彼の手がそっと私の頬に触れ、静かに唇が重なった。
(――えっ。ちょっと、タケル!? 泣いてるの!?)
「ぐおおおっ……! 人生初キス! ミオ、俺、絶対幸せにするからな!」
「ふふ、キスぐらいで泣くなんて、本当に子供みたい……」
――そう言う私の顔も、きっと火傷しそうなくらい熱い。
この温もりを、絶対に離したくない。
そう、強く願った。
*
――月耀暦403年、三の月。
ついに赤い月の呪いが今夜、世界を闇に沈めようとする。
援軍はない。
私たちはヴェルザドールの野望を阻止するべく、セレンディア軍の精鋭5千と共に彼の魔宮へ急ぐ。
立ちはだかるのは3万の暗黒騎士団と、蛇の魔女グリメラ率いる紅鱗蛇刃。
「ルナティアの月など、偽りの奇跡に過ぎん!」
玉座に君臨するヴェルザドールが、宝玉を手に嘲笑う。
「余は月の女神の力を超え、今宵、新しき闇の秩序を築く!」
メルの祈りが赤い月の力を抑えようとするが、ヴェルザドールの魔力は圧倒的だった。
私は月の魔力を絞り出し、結界を張る。
暗黒魔術の波が叩きつけられ、混血の体は悲鳴を上げた。
「くっ……急いで、タケル! 結界が持たない!」
「任せろ! メル、飛ばせ!」
「わかった! いくよ!」
メルの転移魔法で包囲を抜け、タケルの銀炎が暗黒騎士を焼き払う。
*
魔宮の最奥。
血のような赤い月光が祭壇を染める。
ヴェルザドールは宝玉を前に杖を振り上げると、空間が歪み、竜の咆哮が響く。
「グリメラ! あなたの蛇毒、月の光で浄化してあげる!」
私は挑発的に叫び、グリメラの注意を引きつける。
「あら、ボロボロなのに生意気ね♡ その白い服、血で真っ赤に染めてあげるわ!」
計算通り。私が囮になった隙に、メルが転移を仕掛ける。
「今よ、メル!」
「うんっ!」
光が弾け、グリメラは祭壇から消失した。
(これで邪魔な側近は排除!)
「タケル、剣に力を!」
私は宝玉を掲げ、魂を削って光を増幅させる。
白い尾が青白く輝き、タケルの剣に濁流のような魔力が流れ込む。
「うおおお! 主人公パワー、フルチャージ!!」
銀炎を纏った勇者の剣が、ヴェルザドールの杖を叩き斬った。
衝撃波が魔宮を揺らし、赤い月の光が一時的に弱まる。
「……おのれ、下郎の剣が余の魔力を乱すか……!」
(まだよ……まだ終わらない!)
私は力を振り絞り、秘術「月光の裁き」を放つ。
「あなたの野望はここで終わり!」
シュパンッ――!
「ぬぅ……ッ!」
光の刃がヴェルザドールの胸を真っ向から貫いた。
だが、傷口は黒い霧に巻かれ、瞬時に塞がった。
「……無駄だ。混血ごときに、深淵の再生は止められん」
傷跡一つ残らぬ胸元。
対照的に、私の体はついに限界を迎えた。
「……っ、かはっ……!?」
激しく咳き込み、慌てて口元を両手で押さえたが、指の間から温かい生えぬきが溢れ出した。
恐る恐る離した手。
純白の手袋は、鮮血によって真っ赤に染まりきっていた。
「はぁ、はぁっ……そんな……」
殺しきれない怪物。壊れていく自分。
意識が遠のく視界の中で、彼の背後に浮かぶ「赤い月」が、嘲笑うように一段と赤さを増した。
「小賢しい! 跪け!」
彼の呪いが私たちを襲い、タケルの体が黒く崩れ始める。
「ぐお!? ミオ……メル……逃げろ……!」
「タケル!」
月魔法で呪いを中和しようとするが、その反動がさらに私の肉体を蝕む。
全身が痛い。息ができない。
目が霞む中、ただ「彼を助けたい」と願い、必死に魔力を絞り出すが、呪いは消えない。
「ミ……オ…………」
私の努力は虚しく崩れ去る。
タケルの声が遠ざかり、シルバーフレイムが消える。
「ああっ……! タケル!」
ヴェルザドールは冷酷な笑みを浮かべる。
「煩わしき古代魔法は消え去った。貴様らも『生贄』となれ!」
「ミ、ミオ……っ!」
「メル、大丈夫。……私が守るわ」
彼女を守るため、私は最後の力で結界を張った。
青白い光がメルを包み、呪いを弾く。
だが、私の体は呪いに侵され、崩壊していく。
(……純血の力なら、ヴェルザドールを倒せたかもしれない。でも、私は所詮、混血――無謀だった……!)
「やだ! ミオ、一緒に!」
メルの泣き声が響く。けれど、もう手遅れだ。
私は血に染まる手で宝玉を彼女に託す。
「……メル、これを……! 希望を繋いで……! 転移魔法で安全な場所へ!」
彼女が光に包まれ、消えた瞬間――背後から魔女の怒り狂った声が響く。
「小娘が! よくもハメたわねッ!」
――ズシャアッ!
闇の転移魔法で舞い戻ったグリメラの赤黒い魔力がうねり、鋭い牙のように私の胸を貫く。
「――ぐあッ!」
鋭い痛みが全身を裂き、血が喉を逆流する。
「ヴェルザドール様の覇業を穢そうとした罪、死をもって償わないとね!」
白い尾が血に染まり、力なく垂れ下がる。
でも、メルは逃がすことができた。
せめて彼女だけでも無事なら、今はそれでいい。
「も、申し訳ございません、皇帝陛下! 一匹討ち損ないました……」
「問題ない。たかが仔獣一匹、生き残ったところで何もできん」
(タケル……ごめんなさい……! 私、一族の仇……取れなかった……!)
私の声は血と涙に濡れ、祭壇の床に赤い染みが広がる。
グリメラの瞳が喜びに輝き、私の頭を踏みにじる。
「ああ、みっともない姿。獣の血にふさわしい最期よ♡」
「グリメラ、退け。その穢れた尾の娘の魂、余が直々に闇に沈める」
彼は私にかけた呪いを解除した。
しかしそれは慈悲ではなく、新たな呪いが私の体を包む。
「――ッ! うぅ……ぁあああああッ!」
禁忌の呪術『魂噬の劫火』。
内側から肉を焼き、骨を溶かし、魂そのものを引き裂く永劫の苦悶。
「貴様の絶叫が、新しき闇の秩序の礎となる」
熱した鉄を流し込まれるような激痛。
爪が剥がれるほど床を掻きむしるが、死ぬことすら許されない。
「ぁ……がぁッ!」
灰となって舞う尾。焼け爛れる肺。
「ヴェ……ルザ……ドール……! 月の光は……決して……滅びない……!」
心臓が砕け、視界が白く霞む。
優しかった両親の声。一族の祈りの歌。
タケルと過ごしたバカげた日々。
私を救ってくれた彼の言葉と笑顔――。
その全てが闇に飲み込まれる。
「タ……ケ……ル」
「その穢れた血も、骨も、魂も、残さず消え去るがよい」
ゴオオッ――!
黒い炎が体を塵に変え、ヴェルザドールの哄笑が響く。
「グハハハハハ! 愚かな勇者よ! ルナティアの血よ! 永遠の闇に沈め!」
――私は死んだ。
肉体が消える感覚。
魂が奈落へ堕ちていく恐怖。
でも……ルナティアの血が囁く――。
(タケル、キミは別の世界から……私たちのために戦ってくれた……!
私が転生案内人になれるなら……キミの魂を救えるかも知れない……!)
――月の女神様、どうか私を案内人に!
タケルの魂を、平和で幸せな、どこか別の世界へ――!
~~~~~~
これが……宝玉に刻まれた「ミオの記憶」。
そして、ミオの「俺への願い」……。
100年前の「勇者タケル」……俺だろ?
俺の前世はフリーター「竹仲タケル」じゃない。
それは勇者になる一つ前だ。
遅延自覚前の「前世の魂を写した仮の俺」は……フリーターから転生したバカ勇者だったのか……。
タンクローリーに轢かれたあの日……俺は「ゼノス」という神から特別なスキルをもらい、そしてミオと出会ったんだ。
黒い炎に灼かれた彼女が、次元の狭間に消えていく姿が目に焼きついて離れない。
くそっ! ミオは……ずっと俺のために転生案内人やってたのか?
あんな苦しい目に遭って、自分はもう転生空間から抜け出せないってのに……。
俺を幸せにするために……!
それだけのために……!
彼女がどんな想いで、バカ騒ぎする俺を見守っていたか。
どれほどの孤独と愛で、俺を「次の世界」へ送り出していたか。
(バカじゃん……! クソ大バカ野郎じゃねえかよ、俺! )
思い出した。
1回目の世界で斬首されて、初めて転生空間でミオに会ったときのこと。
なぜ彼女の声が懐かしいのか。
なぜ彼女の前だと自然に話せるのか。
そして、なぜ俺が「主人公」であることに固執したのか。
俺の魂に刻まれてるスキルは「シルバーフレイム」だけじゃない。
(俺の、“もう一つのスキル”は――!)
ご覧いただきありがとうございました!
ややこしいですが、作中時系列ではミオの死後、1話に繋がります。




