第20話 赤い月のディストピア③ 〜最後の炎〜
――宝玉から次々に頭に流れ込む記憶……。
頭がズキズキする……!
二人はヴェルザドールとどう戦ったんだ?
~~~~~~
混血の私がルナティア族の誇りを取り戻せた。
隠れ里で尾を解放したあの夜。
タケルの「極上のモフキュン!」ってはしゃぐバカっぽい笑顔が、私を自由にしてくれた。
もう彼に隠す必要はない。
一度は“切り落としてしまおう”と考えたこの白い尾も、私の心も、タケルには全部、ありのままを見せられるって、そう思えた。
でも……その安らぎは長く続かなかった。
――数日後。
ザルド帝国が隠れ里を襲い、焼き討ち。
私たちが駆けつけた時、炎と叫び声が響く。
タケルは剣を振るい、ボロボロになりながら命懸けで戦った。
でも、助けられたのは幼いルナティア族の少女――「メル」ただ一人だけ。
私たちは力不足で里を救えず、深い無力感と罪悪感に苛まれる。
「一族の仇、討ちたい……!」
僅か9歳で全てを失ったメルの瞳に涙と決意が宿る。
彼女の転移魔法が加わり、冒険は加速した。
――そして決戦前夜。
メルが寝静まり、焚き火の前でタケルと二人きり。
タケルは剣を膝に置き、珍しく真剣な顔で火を見つめる。
「……ミオ。ヴェルザドールってヤツ、世界滅ぼして何がしたいんだ?」
タケルが焚き火を突きながらポツリと聞く。
私は宝玉を握り、静かに目を閉じる。
ルナティア族の伝承が心に重く響く――
「四百年以上前の話……ヴェルザドールの過去、ヴェザル――彼の若い頃の名よ。エルドラント王国の魔術師で、誰もが認める天才だった。彼は25歳にして王国を魔法で発展、豊かにしたの」
「へえ、俺と同い年なのにすげえじゃん」
「当時の君主、ローレンツ国王は彼に褒美を与えようとしたけど、ヴェザルが求めたのは『カタリーナ姫』その人だった」
「マジ!? 要求大胆!」
「国王も功績は認めてたし、前向きに考えてた。でも、その本性が明らかになるにつれ、話は変わったの。傲慢で冷酷、弱者を虫けらのように見下す性格だったのよ」
「天才で傲慢……うん、一気に嫌いになった」
「姫はヴェザルの知性に惹かれつつも、その冷酷さに恐怖を感じ、心を病んで彼を拒んだ。魔術で頂点を極めたと自負してた自尊心を砕かれ、姫への恨みを月の女神そのものにまで向けたの」
「姫にフラれて女神に八つ当たり!? ダ、ダサくね!? メンタル弱すぎ!」
タケルが目を丸くして叫ぶ。
「王国を裏切った彼はザルド帝国を裏で操り、帝国魔術師として世界中の宝玉を集めさせた。全ての頂点に立つために」
「いや、でも暗黒竜で世界滅ぼす理由がわかんねえ!」
「世界の秩序をリセットし、自分の暗黒魔法で新たに支配するつもりじゃないかしら。神の力を超えることで、世界を見返したいんだと思う」
「マジかよ。失恋で世界滅ぼすとか……普通にキモいな」
「確かに、滑稽よね。でも彼の怨念は四百年経っても消えなかった。ルナティアの秘宝を握り、赤い月の力で世界を闇に沈める……それが彼の復讐よ」
「なんか色々拗らせすぎ! ミオ、俺たちでそいつのキモ計画、絶対ぶっ潰そうな!」
タケルが拳を握り、シルバーフレイムを静かに燃やす。
私はタケルの熱さに少し目を細め、静かに頷く。
「ええ……タケルとなら、きっとできる。私、一族の末裔として、絶対に負けない」
タケルはニヤリと笑い、親指を立てる。
「主人公とヒロイン――最強タッグで、この世界、守ろうぜ!」
彼の情熱が、世界の闇を少しだけ照らす。
「タケル、私にも聞かせて。キミは……本当に異世界から来たの?」
「……うん。バイト帰り、タンクローリーに轢かれた瞬間、『ゼノス』って神様にここへ送られたんだ。『ワシの姪っ子の世界救ってこーい』って」
「そう、キミは『イオネラ様』の叔父様の世界からやってきたのね」
「モブ人生脱却したくて、ずっと主人公に憧れてたから……正直、マジで異世界転生するなんて自分でも……え、てか、ミオは俺が異世界人って驚かないの?」
「ルナティア族には転生の伝承があるの。命が尽きる時、転生空間の案内人として次元を渡る役目が――」
「じゃあ、ミオもいつか案内人になる?」
「私は混血だから……分からない。でも、タケルとこうして話してる今が、なんだか不思議で……」
「なあミオ。俺、ここに来て、ハーレムにも憧れてたけど……」
タケルが急に真剣な目で言う。
「やっぱミオが一番だ。俺の、最高のヒロイン」
胸がドキッとする。
バカなのに……
こんな言葉、ずるい。
「最初は変な人って……いや、今も変だと思ってるけど……時々かっこいいとこ、あるよね」
焚き火の光で、タケルの顔が赤い。
「ミオ……!」
彼の手が私の頬に触れ、そっと唇が重なる。
――え、ちょっと!
タケル、泣いてる!?
「ぐおおおっ! 人生初キス! ミオ、絶対幸せにする!」
「ふふ、キスぐらいで泣くなんて、子供みたい……」
――私も、だけどね。
なんだか顔が熱い。
――月耀暦403年三の月。
ついに赤い月の呪いが今夜、世界を闇に沈めようとする。
宝玉を失ったことにより世界の均衡は崩壊し、大混乱。
援軍は望めなかった。
私たちはヴェルザドールの野望を阻止するべく、セレンディア軍の精鋭五千と共に彼の魔宮へ急ぐ。
そこには暗黒魔法によって生み出された三万を超える暗黒騎士と暗黒魔術師、側近グリメラ率いる紅鱗蛇刃が立ちはだかり、私もタケルも傷だらけ。
ヴェルザドールの瞳は冷酷な輝きを放ち、私の胸の宝玉を嘲笑う。
「ルナティアの月など、偽りの奇跡に過ぎん! 余は月の女神の力を超える魔術を完成させた。今、暗黒竜と余の力で新しき闇の秩序を築く!」
メルの祈りが赤い月の力を抑えようとするが、ほぼ全ての宝玉を握るヴェルザドールの魔力は圧倒的だった。
私は宝玉を握り、月魔法を呼び起こす。
両手を広げ、青白い月の光がタケルとメルを包む結界を形成。
暗黒魔術師たちの魔力波を弾き返すが、すぐに額に汗が滲む。
――混血の体じゃ、結界は長く持たない……!
急がないと!
メルの転移魔法で敵の包囲を切り抜け、タケルのシルバーフレイムが暗黒騎士を焼き払う。
魔宮の最奥、血のような赤い月光が祭壇を染める。
ヴェルザドールは宝玉を前に杖を振り上げる。
空間が歪み、暗黒竜の咆哮が響く――
私の白い冒険装束は血と泥で赤黒く染まり、首の宝玉だけが月の光を宿して輝く。
「グリメラ、あなたの蛇の魔術は月の光の前では無力よ!」
私は挑発的に叫び、蛇の魔女・グリメラの注意を引きつける。
「あら、ボロボロなのに生意気ね。その服、もっと赤く染めてあげる♡」
グリメラの嘲る声が響く。
蛇のような瞳が私を舐めるように見つめる。
彼女の嘲笑は、計算通り――
私が囮になる瞬間だ。
「メル、今――!」
「うん!」
私の合図でメルが転移魔法を発動し、グリメラが光に包まれ祭壇から消える。
これで邪魔な側近は排除。
「タケル、勇者の剣に力を!」
私は宝玉を掲げ、月光の増幅を呼び起こす。
私の白い尾が青白く輝き、月の光がタケルの剣に流れ込む。
シルバーフレイムが燃え上がり、勇者の剣が眩く輝く。
魔法の反動で私の体が軋む。
混血の限界……!
こんな体じゃ……ヴェルザドールを倒せない……!
「タケル、お願い……!」
「お、おいミオ、大丈夫か!?」
タケルの声に焦りが混じる。
いつもバカっぽいその目が、私を見て揺れる。
「心配しないで! 主人公なんでしょ? 早く突っ込んで!」
こんなところで弱さを見せるわけにはいかない……!
私が限界でも、タケルには関係ない!
「うおお! 主人公パワー、フルチャージ!」
タケルが剣を振り上げる。
私の月光を浴した勇者の剣が、爆発的な輝きで魔宮を照らす。
タケルが突進し、ヴェルザドールの杖に亀裂を生む。
――ガキン!
杖が砕け、赤い月の光が弱まる。
「――!? 下郎の剣と混血の魔力が……余の力を乱すだと!?」
ヴェルザドールが一瞬焦りを滲ませる。
――だが、暗黒竜の召喚は止まらない。
私は胸を押さえ、息を整える。
まだよ……まだ終わらない!
私は力を振り絞り、秘術「月光の裁き」を放つ。
「ヴェルザドール、あなたの野望はここで終わり!」
白い尾が輝き、月の光が刃となる。
シュパンッ――!
「ぬぅ……ッ!」
光の刃がヴェルザドールを貫く。
しかし魔力を完全に封じられない。
体が崩れるように震える。
喉に熱いものが込み上げる。
「かはっ……!」
私は手で口を押さえ、激しく咳き込む。
手の平を見ると、白の手袋が鮮血で赤く染まっている。
「小賢しい! ルナティアの血よ、跪け!」
不老不死の彼は自身の暗黒魔法と宝玉の力により、瞬時に肉体を回復。
赤い月の呪いが再び私たちを襲う。
タケルの体が黒く崩れ、塵になる。
「ぐお!? ミオ……メル……逃げろ……!」
「タケル!」
私は月魔法で呪いを中和しようとするが、その反動がさらに私の肉体を蝕む。
心臓が裂けるように締め付けられ、膝が崩れる。
全身が痛い。
息ができない。
目が霞む中、ただ「タケルを助けたい」と願い、必死に魔力を絞り出すが、呪いは消えない。
私の努力は虚しく崩れ去る。
「ミ……オ……」
タケルの声が遠ざかり、彼のシルバーフレイムが消える。
「そんな……タケル!」
ヴェルザドールは冷酷な笑みを浮かべる。
「かつて暗黒竜を封じた煩わしき古代魔法は消え去った。貴様らも『赤き月の生贄』となるがよい!」
「ミ、ミオ……」
「メル、大丈夫。私が守るわ」
私は彼女を守るため、残された最後の力で結界を張る。
青白い光がメルを包み、呪いを弾くが、私の体も呪いに侵され、視界が暗くなる。
純血の力なら、ヴェルザドールを倒せたかもしれない。
でも、私は所詮混血、無謀だった……!
「やだ! ミオ!」
メルの泣き声が響く。
私は震える手で宝玉を彼女に渡す。
「うぅ……メル、これを……! 希望を繋いで……! 転移魔法で安全な場所へ!」
彼女が光に包まれ消える瞬間――
背後からグリメラの怒り狂った声が響く。
「この小娘、よくもハメたわねッ!」
――ズシャアッ!
闇の転移魔法で舞い戻ったグリメラの手から赤黒い魔力がうねり、鋭い牙のように私の胸を貫く。
「――ぐあッ!」
鋭い痛みが全身を裂き、血が喉を逆流する。
グリメラの冷笑が耳に突き刺さる。
「ヴェルザドール様の覇業を穢そうとした罪、死をもって償わないとね!」
私の白い尾が血に染まり、力なく垂れ下がる。
でも、メルは逃げることができた。
せめて彼女だけでも無事なら、それでいい……!
グリメラが焦りを滲ませる。
「も、申し訳ございません、ヴェルザドール様! 一人討ち損ないました……」
「問題ない。たかが仔獣一匹逃げたところで何もできん」
「タケル……ごめんなさい……! 私、一族の仇……取れなかった……!」
私の声は血と涙に濡れ、祭壇の床に赤い染みが広がる。
グリメラの蛇の瞳が喜びに輝き、私の頭を踏みにじる。
「ああ、みっともない姿。獣の血にふさわしい最期よ♡」
ヴェルザドールが冷たく割り込む。
「グリメラ、退け。その穢れた尾の娘の魂は、余直々に闇に沈める」
彼は私の赤い月の呪いを解除する。
しかしそれは慈悲ではなく、新たな呪いが私の体を包む。
「――ッ! うぅ……ぁあああああッ!」
「余が編み出した究極の呪術、『魂噬の劫火』で、肉を灼き尽くし、魂に引き裂く苦悶を与えてくれる。貴様の絶叫が、新しき闇の秩序の礎となる」
暗黒魔法の炎が私の肉体を内側から焼き、骨まで溶かすような激痛が襲う。
まるで無数の刃が内臓を切り刻み、熱した鉄が心臓を握り潰すような感覚。
尾は炎に呑まれ、灰となって舞う。
息をするたびに肺が焼け爛れる感覚が続く。
「ぁ……がぁッ!」
歯を食いしばり、爪が剥がれるほど床を掻くが、痛みは止まらない。
まるで魂そのものが引き千切られるような、凍てつく刃が心を抉る苦悶。
「ヴェ……ルザ……ドール……! 月の光は……決して……滅びない……!」
私の心臓が砕け、視界が白く霞む。
両親の優しい声。
一族の祈りの歌。
私を救ってくれたタケルの言葉と笑顔――
その全てが闇に飲み込まれる。
「タケ……ル」
「貴様の無念など余の覇業の前では塵以下。その穢れた血も、骨も、魂も残さず消え去るがよい」
ゴオオッ――!
黒い炎が私の体を塵に変え、ヴェルザドールの哄笑が響く。
「グハハハハハ! 愚かな勇者よ! ルナティアの血よ! 永遠の闇に沈め!」
――私は死んだ。
肉体が消える感覚。
魂が奈落に引きずり込まれるような恐怖と痛み。
でも……
ルナティアの血が囁く――
タケル、キミは違う世界から……私たちを救うために戦ってくれた……!
私が死んでも、転生案内人になれるなら……
キミの魂を救えるかも知れない……!
――月の女神様、どうか私を案内人に!
タケルの魂を、
平和で幸せな、
どこか別の世界へ――!
~~~~~~
これが……
宝玉に刻まれたミオの記憶。
ミオの想い……。
百年前のルナティアの「勇者タケル」……
俺だろ?
俺の前世はフリーター「竹仲タケル」じゃない。
それはその一つ前だ。
遅延自覚前の「前世の魂を写した仮の俺」は……
勇者時代の俺だったのか……。
初めて転生した日……
俺は「ゼノス」という神から特別なスキルをもらい、
そしてミオと出会ったんだ。
ミオと一緒にヴェルザドールに挑んで、赤い月の呪いで記憶ごと塵にされ――
ミオが次元の狭間に消えていく姿が目に焼きつく……。
くそっ!
ミオ……
ずっと俺のために転生案内人やってたのか?
あんな苦しい目に遭って、自分はもう転生空間から抜け出せないってのに……。
俺を幸せにするために……!
それだけのために……!
毎回死にまくる俺を、ジト目で、呆れて、笑って、でも涙目で送り出して――
俺、毎回ハーレム騒いで、モフキュンだのキスシチュだの浮かれて……。
ミオの気持ち、全然気づかねえで……。
バカじゃん……!
クソ大バカ野郎じゃん、俺!
――思い出した。
転生空間で初めて会ったときのこと。
なんでミオの声が懐かしいのか……。
なんでミオの前だと自然に話せるのか……。
そして、なんで俺が「主人公」に固執してるか……。
俺の魂に刻まれてるスキルは「シルバーフレイム」だけじゃない。
俺の、“もう一つのスキル”は――
ご覧いただきありがとうございました!
ややこしいですが、作中時系列ではミオの死後、1話に繋がります。




