第18話 赤い月のディストピア①
光が消えて、意識が沈む。
ミオの最後の顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
『……もう、二度と会いたくない……』
あの涙。
必死に笑おうとした、震える唇。
胸がズキズキ痛む。
でも、泣いてる暇なんかない。
だってミオは言っただろ。
「死なずに、絶対に幸せになって」って。
……ああ、そうだ。
もう、階段で落ちたり、毒で死んだり、バカみたいに死にまくったりしない。
ミオが泣くの、二度と見たくない。
だから――
気合い入れ直すぞ、タケル。
幸せになるって、ミオとの約束だ。
だったらどんな世界だろうが、いつも通りの俺で、いつも通りのハーレム魂で、絶対に生き抜いてやる!
そして目を開けた瞬間――
くさっ!!
ドス黒い空気が俺の鼻を刺す。
赤い月がギラギラ光る灰色の空。
焚き火の煙モクモク、崩れた石の建物。
地面には傷だらけのレジスタンス戦士たちがうめく。
ぎゃあああああああっ!
ディストピアじゃねえか!
魔法学院のキラキラから一転、地獄すぎ!
青春の代償、重すぎ!
チャンスあと2回しかないんだぞ!?
こんな陰鬱な世界で生き残れる気がしねえ!
――でも、いい。
どんな世界だろうが俺はもう逃げない。
ミオとの約束、ここで果たしてやる。
よし、気合い入れて――
いつもの俺で、行ってきます!
とりあえず確認!
腰には剣、顔触った感じは多分イケメン、オークではない。
シルバーフレイムもメラッと健在!
ステータス画面ポップアップ!
【名前】竹仲タケル
【職業】勇者
【スキル】
シルバーフレイム(古代魔法、竜属性特攻+100%、炎攻撃+50%)
剣術S
【ステータス】攻撃99、防御80、素早さ96、武力99、知略10、政治5、統率11
おお、超絶ハイスペック!
知略も8から10にアップ!
で、隣を見ると……キター!
スリット入りの深い青のロングローブ。
胸元の純白重ね布に銀糸の月星刺繍。
浅いV字で鎖骨が覗き、宝玉ネックレスが青白く輝く。
サラッサラの黒髪ショートボブ。
儚げな琥珀色の瞳の美少女――ノエル!
ヒロイン候補さっそく発見!
しかも……
えっ、なんか俺の腕にピトッとくっついてる!?
いきなり惚れスタート!?
「タケル……寒い……」
がはっ!
怯えた声と潤んだ瞳、破壊的に可愛い!
荒廃世界のオアシス!
対面には、金髪のイケメン――アイン。
鋭い目。
鍛えられた体。
大剣に寄りかかってドヤ顔。
うーん……なんかムカつく。
イケメンは俺だけでいいだろ!
お前は本来ゴリラ枠!
黒い眼帯した茶髪角刈りのレジスタンスリーダー・クラッグがドス声で宣言。
「ザルドの魔皇帝ヴェルザドールが『赤い月の夜』に『暗黒竜』を召喚し、自身もその力を抑えきれず自滅。地上がヤツの縄張りとなり百年――」
おい、ヴェルザドール……
マジいい加減にしろよ。
いっつも俺の邪魔してきやがって!
しかも“自滅”って、バカじゃねえか!
――は!? 待てよ。
前回エスターが「赤い月まで半年」って言ってた。
そこから百年だから、今は――
月耀暦503年とかか?
いやいや!
そんなことより学院のみんなはどうなっちまったんだ!?
暗黒竜召喚の時期とめっちゃ被ってるぞ!
告って階段落ちしてる場合じゃなかっただろ、俺!
クラッグが剣を強く握りしめ、叫ぶ。
「明日早朝、暗黒竜の巣を襲撃する! これが最後の戦い、生き残った我々で決着をつけるぞ!!」
「おおー!!」
レジスタンスメンバーが剣を振り上げ雄叫び。
クラッグ、ノエルに目をやる。
「ノエル……本当にすまない。……頼んだぞ」
ノエル、目を伏せ頷く。
「未来のため……必ずやり遂げます」
ん……?
どういう展開?
遠くを見るとクソデカい黒緑の竜。
六本の脚、ギラギラした目、硬そうな鱗に翼からは毒気モクモク。
ク、クソ怖え!
マジかよ、特撮!?
――でも、主人公の俺なら……
いや無理無理!
ノエルが俺の手をギュッと握る。
「タケル……怖いけど、頑張ろうね」
うおっ、ノエル恋確!?
ハーレム魂、再爆燃え!
……っていつもなら騒ぐとこだけど……
この荒廃した世界でバカ騒ぎはさすがに不謹慎な気がする……。
「ああ、ノエル。俺がいるから大丈夫。絶対守る」
なんか、調子狂うな……。
――その夜、焚き火の前でアインと夕飯。
いや、なんでお前となんだよ!
カビ臭いパンとドロドロのスープ……
うう……クソまずい。
魔法学院のキラキラスイーツが懐かしい。
ヘタしたら原始時代の「キモトカゲ」のほうがまだマシなレベルだ。
頭の奥で、セーラたちの顔がチラつく。
あの絆、全部本物だったのに……
階段落ちで裏切っちまった。
マジで申し訳ねえ……。
その後の……ミオの涙も頭から離れないし……。
「おい、タケル。何ボーッとしてんだ?」
アインが大剣を磨きながら、キザい笑みを浮かべる。
「……いや、なんでも。ちょっと、昔のこと思い出してただけだ」
いつものノリが出ねえ……。
前回のこと、やっぱ引きずりまくってる……。
「フッ、お前らしいな。『ノエルと一緒にいたい』って顔してるぜ。まぁ、お前がノエルのそばにいるってだけで、俺は少し安心だ」
「……安心? ちょっと待って。俺とノエル、なんか特別な感じなの?」
目を丸くすると、アインが呆れた顔で剣を磨く手を止める。
「は? お前らは戦場で命預け合う特別な仲だろ。昨日、ノエルがお前に『そばにいて』って言ったの、俺も見てたぞ」
「き、昨日? マジ? 俺、記憶フワッとしてるタイプだから、詳しく教えてくれよ」
アイン、焚き火を見つめながら軽く笑う。
「何だよそれ……お前、30日前、突然レジスタンスの拠点に現れたよな」
「あ、ああ、そう……だな……??」
30日って……
覚醒、遅延しすぎだろ……。
上限MAXじゃねえか。
「お前はなぜか古代魔法使えるからって皆に『希望の勇者』扱いされてる。俺も戦場でお前の炎に何度も助けられた。……ムカつくけど、認めてやるよ」
へえ、アイン意外といい奴じゃん。
ムカつくってのは余計だが!
「タケル、お前はバカだが……なんか人を引きつける。ノエルもお前といると目が違う」
アインの声が低くなり、焚き火の炎に目が揺れる。
「……俺には、できなかったことだ」
「アイン? お前……ノエルに惚れてた?」
ズバリ質問する。
アインが一瞬ビクッとして、苦笑い。
「フッ……バレちまったか。まあ、向こうはただの幼馴染としか思ってないがな。ノエルが戦場でお前に背中預けてるのを見て、潔く諦めた。タケル……ノエルを頼むぜ」
アインが俺の肩をポンと叩く。
漢気たっぷりの手、胸に響く。
「アイン……なんかお前、めっちゃカッコいいじゃん」
「そりゃどうも。で、タケル。明日の作戦、ちゃんと分かってるよな?」
「作戦? 暗黒竜倒すんだろ?」
アイン、なんか困惑顔。
「い、いや、まあそうだが……ノエルが犠牲になるのは……分かってるよな?」
俺、カビパン握り潰す。
「は!? ノエルが死ぬ!? ありえねえ!」
「お前……その反応二度目だぞ。いいか、ノエルのひいばあさん、『ルナティア族』だろ。その血と宝玉の力で体内からヤツを弱らせ、俺たちが総力戦でトドメ――それが作戦だ」
「待て、アイン! 何そのエグい作戦! 俺、そんなん絶対やだよ! 血だけでいいなら死ぬ必要ないじゃん!」
アインが首を振る。
「ノエルは純血じゃねえから、宝玉で『月魔法』を発動させるのは命懸けなんだよ」
「くっそ! あの“角刈り”の作戦か!?」
「クラッグさんだって当然反対したさ。ノエルを失う覚悟に心抉られてたが、決断するしかなかった」
「じゃあ、お前、なんでさっき『ノエルを頼む』って言ったんだよ!」
俺が立ち上がると、アインが静かに続ける。
目が鋭くなる。
「タケル……安心しろ。今夜、こっそりノエルの宝玉を持って、俺の体ごとヤツに食わせる」
「え、お前が――!?」
アイン、真顔で焚き火を見つめる。
「惚れた女を死なせたくねえ。ノエルはお前に任せる」
「で、でも、どうするんだ!? ルナティア族でもねえのに!」
「暗黒竜の鱗は鉄壁。外からだけじゃ倒せねえ。当初はノエルの“生贄作戦”しかないと思われていた。だが、お前が現れて話は変わったんだ――」
「俺……? つ、つまり?」
「竜の魔力を焼き尽くす唯一の魔法『シルバーフレイム』――それがあれば宝玉に秘められた力だけで倒せる可能性がある」
「それならノエルが死ぬ作戦も止められるだろ! お前だって……!」
「ダメだ。ノエルの決意は揺るがない。月魔法を発動させればより勝率は上がる。未来のため、確実な勝利を望んでるんだ」
アインは目を伏せ、拳を握りしめる。
「だから俺も命を懸ける。ノエルが死ぬくらいなら、俺が――」
「アイン……!」
「こんな18のガキでも、決める時には決めねえとな。ノエルは……恋人のお前がしっかり守ってくれ」
「くそ、何なんだよ、その漢気……てか、え、お前、10代かよ!」
俺、思わずスープの椀をガタッと置いてツッコむ。
18歳でこの覚悟……!
25歳のフリーター人生、めっちゃ情けねえじゃん!
アイン、フッと笑って大剣を軽く振る。
「歳なんて関係ねえよ。俺より若い連中だって戦って死んでんだ」
「アイン……!」
最初、いけすかないイケメンだと思ってたのに……
カッコよすぎるだろ……!
胸が締め付けられる。
――でも、こんなハーレムバカの俺に、ノエルを守る資格なんてあるのか?
「……それと、タケル。俺の妹、頼む。名前は『マリア』だ。俺と同じ金髪で、年は16。『毒の病』で弱ってる。俺のこのペンダント、形見として渡してくれ」
アインが銀のペンダントを俺に差し出す。
うぅ……重い。
責任と展開がガチで重すぎる……。
「アイン、ノエルも妹も絶対守る。漢の……約束だ」
拳を握る手が震える。
なんか目が熱い。
「タケル、お前は希望だ。生きろ」
アインの言葉、ガチ響く。
男の友情、ディストピアで初めて感じた……。
――飯の後、ノエルと二人で岩に腰掛ける。
ノエルの黒髪が赤い月光に揺れ、宝玉ネックレスがキラキラ輝く。
儚げな瞳が、ディストピアの闇で唯一の光だ。
アインの言葉が頭から離れない。
ノエルが犠牲になる作戦、
アインが身代わりになる覚悟……。
「タケル……いよいよ明日ね……」
ノエルが俺の手を強く握り、潤んだ瞳でこっちを見る。
「あ、ああ……」
儚げなのに、なんでこんなに強いんだ……。
胸が苦しくて言葉が出ねえ……。
「タケル、今までありがとう。一ヶ月前、初めてあなたと会った時から……未来に希望が持てるようになったわ」
「ノエル、なんで俺なんかのこと……そんな風に思ってくれるんだ?」
ノエルが宝玉を握り、赤い月を見上げる。
「……あの日、暗黒竜の毒霧に囲まれた私を、あなたが助けてくれた。戦場でみんなが絶望してた時、銀の炎を纏ったあなたが『主人公は勝つ!』って突っ込んで……。その時から、私、あなたのそばにいたいって思ったの」
「ノエル……」
「あなたはいつもみんなを笑顔にしてくれる。アインも『タケルは希望だ』って。怖いけど……私、あなたがいてくれたから未来を信じられるようになったの」
ノエルの笑顔が、健気すぎて胸がズキズキ痛む。
「そっか……はは、みんな買い被りすぎだな……」
――ノエルを守るためなら、なんでもやりたい。
俺、バカだけど……
この想いは嘘じゃない。
「そ、そういや……ノエルのひいおばあちゃん、どんな人だった?」
俺、無理やり話題を変えてみる。
ノエルが宝玉を握りしめて静かに口を開く。
「私のひいおばあ様がルナティア族なのは知ってるよね? 幼い頃、帝国の焼き討ちで里を失ったんだけど、勇者様とそのパートナーに助け出されたことがあるらしいわ」
「ザルド帝国、マジムカつくな。でもひいばあちゃん、助かってよかったな。勇者、かっけえじゃん」
ノエルは目を閉じて首を振る。
「百年前、ヴェルザドールに挑んだ二人は……呪いで消滅。ひいおばあ様、『メル』は転移魔法で逃げ延びたのだけど……その時にこの宝玉を消えゆくパートナーから託されたの……」
「……負けちまったんだ。その勇者、なんて名前なの?」
「……あなたと同じ名前――『タケル』」
――ん??
「そして、そのパートナーは……『ミオ』。彼女もルナティア族の血を引いてたそうよ」
「ふぁ!? タケル!? ミオ!?」
頭バグる!
ミオって、あのミオ!?
ルナティア族の血!?
意味わかんねえ!!
ノエルが俺の手を両手で握り、涙を浮かべた瞳で微笑む。
「あなたは……百年前の勇者様と似てるって、みんな言うよ。本当にありがとう、タケル。今まで守ってくれて」
潤んだ瞳に胸が砕かれる。
ノエルの覚悟、アインの漢気……全部重すぎる。
みんなが命懸ける覚悟なのに、ハーレムのことしか考えてなかった俺……。
場違いすぎるだろ……。
「タケル……私、あなたとなら……」
ノエルがそっと顔を近づけてくる。
「これが……最後だから……」
唇がめっちゃ近い……。
「お願い……」
これってまさか……
転生後、初のキスシチュ!?
鼓動が高鳴る――!
でも、百年前の謎が衝撃すぎて頭グチャグチャ、素直に喜べねえ……。
キスは……勿論したい……!
だって、したことないもん……!
ノエル……こんな可愛いし……!
でも、キスよりも「守りたい」って気持ちが溢れる。
「ノエル……ごめん!」
俺、ノエルの背中に手を回し、そっと抱き寄せる。
その瞬間、宝玉が俺の胸に当たって――
頭ズキーン!
俺の脳内に宝玉の記憶がドバーッと流れ込む!
――お、おおおおい!
なんだこの展開!!




