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第0話 コロッケの温もり

はじめまして。神鳴ヒカルと申します。

全30話予定しております。

お読みいただけましたら幸いです。よろしくお願いします。

 ――炎獄を穿(うが)つ、一閃。

 

「『深淵を統べる終焉の魔王竜』ヴェルグ=エターナルドラグナイト……。(いにしえ)の竜王ごときが、俺の前に立つとはな」

 

 漆黒の魔翼が虚空を呑み込もうとした刹那。

 

紅蓮の覇焔剣聖クリムゾン・オーバーロード」レオン=アークブレイドの聖魔剣「エクスカリバー=アポカリプス」が、(あか)く、鮮烈に燃え上がった。

 

 燃えるような赤髪が嵐に舞い、銀狼の瞳が奈落を射抜く。

 

「――(ひざまず)け」

 

 放たれた、絶斬の一閃。

 

 天地を震わせる竜の咆哮は断末魔へと変わり、その巨躯が音を立てて崩れ落ちる。

 

「レオン様っ!」

 

 聖女エレノアが頬を紅潮させて駆け寄り、その後ろには美少女たちが続く。

 

 剣姫、魔導姫、氷の騎士、貴族令嬢……。

 

 総勢十五人のヒロインたちが、熱い眼差しをただ一人の男に注いでいた。

 

 レオンは剣を肩に担ぎ、不敵に笑う。

 

「世界は俺が守る。……それで十分だ」


 

 大神聖教国の宮殿。


「王よ。俺がいる限り、世界は安泰だ」


「レオン殿……我が王国は永遠に――」

 

 凱旋したレオンの前に、国王すらも膝を突き、黄金の王冠を床に落とした。


 隣に控える姫ローザが、薔薇色のドレスを揺らしながら歩み寄る。


「わ、私の心はもう……貴方様のもの……!」

 

 最強、無双、ハーレム。

 すべてを手に入れた、世界の覇者――。


     *

 

 ――ピロン。


 無機質な通知音。


「……お」

 

覇焔(はえん)を纏いし救世の聖魔剣が招く、異世界全属性美少女総ハーレム無双譚 ~世界を救うのも一苦労だけど、囲まれすぎて逆に困る俺の日常~ 第247話更新!』

 

「――やった、“覇焔ハーレム”、最新エピソードきてるじゃん!」


 場所は、家賃4万円のボロアパート。

 万年床の中、絡まった充電コードを気にすることもなく、25歳の青年・竹仲タケルは歓喜の声を漏らした。

 

「やっぱレオン、マジでかっこよすぎる……」

 

 画面の中の英雄に心酔し、しばしの現実逃避。

 だが、ふと画面の端にある時計が目に入った。

 

「やっべ、バイトの時間だ!」


 慌ててスマホを閉じ、現実へと引き戻される。

 

 そこには、聖魔剣も美少女もいない。

 あるのは、くたびれたコンビニの制服だけだった。

 

     *


「おい『詫びタケ』! また陳列間違えてるぞ! 何度言ったらわかるんだよ!」

 

 店長の怒声がバックヤードに響く。

 タケルはレジ前で、ひたすら小さくなって頭を下げた。

 

「あ、う……す、すいません……!」

 

(毎日毎日、情けねえ……。俺だってミスりたくてしてるわけじゃないのに……)

 

 レオンなら、こんなところでペコペコしたりしないだろう。

 伝説の剣を手に、理不尽な上司ごと世界を救っていただろう。

 現実は非情だ。

 

 店長が去ると、隣から声。


「タケナカさん、元気出して。分からないこと、ボク教えますよ」


 バイト5日目の留学生、同じシフトのソムナン。

 まだ一週間も経っていないのに、彼はすでにタケルより仕事を覚えている。


「あ、ありがとう、ソムナン君……」

 

 その眩しい笑顔が、今のタケルには少しだけ痛かった。


     *

 

 深夜1時。

 レジ奥でタケルは欠伸を噛み殺しながら、残り少ない商品を数えていた。


 すると店長がバックヤードから顔を出す。

 

「おい、竹仲」


「は、はい!」


「売れ残りだけど、これ持って帰れ。外寒いから体壊すなよ。明日も頼むぞ」

 

「す、すいません……あざます……」


 レジ袋には三つのコロッケが詰められていた。


     *


 12月の凍えるような夜風の中、タケルは先ほどもらったコロッケの袋を抱えて歩いていた。

 ほんのり温かいそれが、今の彼にとって全財産のように思えた。


「お疲れさまです、タケナカさん」

 

 隣を歩くソムナンが、白い息を吐きながら言う。

 

「ああ、ソムナン君。お疲れさま」


 二人はしばらく無言で歩いて、赤信号待ちで立ち止まる。

 

「……今日も恥ずいとこ見せちゃったね。店長、ガチ切れだったでしょ。俺、ほんとダメだわ……」


 ポツリとこぼした言葉。

 だが、ソムナンは首を横に振った。


「そんなことないです。タケナカさん、いつも最後までちゃんとやってるじゃないですか」

 

「いやいや……。ソムナン君、入ったばっかなのにほんとすごいよな。もうすぐ一年の俺と大違いだ」


 信号が青に変わり、また歩き出す。

 コンビニの明かりが遠くでチカチカ光る。

 

「ボク、市場の手伝いしてたから慣れてるだけ。タケナカさんだって、慣れたら絶対もっと楽になりますよ」


「……どうかなぁ。昔から物覚えも物忘れもひどいし……。いつの間にかみんなより三周ぐらい遅れてる……。嫌になっちゃうよ、ほんと」

 

 自嘲気味に呟くタケルを横目に、ソムナンは冬の澄んだ夜空を見上げる。


「母国のことわざ――『水の一滴一滴が壺を満たす』ってあるんです」

 

「……水の一滴? なにそれ?」


「毎日コツコツやってたら、いつか大きな成果になる、みたいな意味です」

 

「うーん……でも俺の壺、たぶん穴空いてるよ。毎日頑張ってるつもりでも、すぐ漏れちまう」


「それは……タケナカさんの壺が、大きすぎるのかもしれませんね」

 

「……へ?」


「器が大きい人は、すぐには満たされない。でも、もっと大きなもの目指してるから、時間がかかるんです」


 ソムナン、マフラーを直しながら続ける。


「ボクも初めは言葉わからなくて、毎日失敗ばっかり。レジでよくお客さんに変な顔されてましたよ」


「へ、へぇ、君でもそんなことが……」


「うん。でも、気づいたんです。失敗は自分だけじゃない。みんなそれぞれのペースでやってるって」


「でも……俺のペースじゃ一生かけても――」

 

「それなら見方を変えるといいかもしれませんね」


「見方?」


 ソムナン、白い息で親指を立てて笑う。


「そう、行き詰まったら見方を変えるんです。世界、変わりますよ。大丈夫、人生長いから」


「そっかなぁ……」


 国道沿いの分かれ道。

 

「明日も頑張りましょう!」と爽やかに去っていくソムナンの背中を見送りながら、タケルは再び歩き出す。


 レジ袋がカサカサ鳴る。

 指先が冷えて、コロッケの温もりがじんわり伝わってくる。


 人生は長い。ソムナンはそう言った。

 

「俺も……俺もいつか――」

 

 暗い夜道を、一歩ずつ。

 いつかあの物語の主人公、「レオン=アークブレイド」のように、胸を張れる自分になれるだろうか。

 

 安物のスニーカーがアスファルトを蹴る音だけが、深夜の街に響いていた。

ご覧いただきありがとうございました!

次から本編です。

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