第六章:裏切り者たちの逆襲、復讐の螺旋
東京湾の倉庫街から姿を消した悠人は、そのまま都市の喧騒の中に溶け込んだ。Sランク魔術師五人を相手に完勝した事実は、彼にとって能力の確証を得るための「確認作業」に過ぎない。
彼の中で、神宮寺サクヤの言葉が、再び裏切りの瞬間を呼び起こさせた。
(汚れる? 僕たちの未来が汚れる、だと? お前たちのルールの中で、俺はクズとして殺されかけたんだ。あんたたち、Sランクも、そのルールを守るだけの、クズの一部だ!)
この世界は、たった0.5秒の認証時間というルールを絶対とし、そのルールの中で才能を持つ者が持たざる者を支配する。光瀬ハヤトと鈴宮アオイは、その世界の縮図だった。そして、彼らが今、社会の底で這いずり回りながら、悠人への復讐を企んでいることを、悠人は知っていた。
数日後。
ハヤトとアオイが身を潜める隠れ家は、荒れ果てた別荘の一室だった。ハヤトは、かつての高級スーツを脱ぎ捨て、安物のスウェットに身を包んでいた。顔は無精髭に覆われ、瞳には焦燥と憎悪しか見えない。
「ゼロ・インベイド、ゼロ・インベイド……どこもかしこも奴の話題だ! 俺の全てを奪ったくせに、英雄のように扱われ始めている!」ハヤトは、壊れた情報端末を床に叩きつけた。
アオイは、その隣で、無表情に一冊の古びたノートを広げていた。それは、悠人が常に持ち歩いていた「閲覧禁止図書」から書き写した、自筆のメモだ。
「落ち着いて、ハヤト。奴は確かに規格外の力を持っている。Sランク五人を瞬殺したわ。でも、神宮寺サクヤの発表を聞いたでしょう?」
アオイは、メモ帳の文字を指でなぞった。
「『奴の動機は個人的だ。接触すれば、必ず綻びが出る』。奴は私たちに復讐するために動いている。それはつまり、奴の頭の中には、まだ私たちへの『憎しみ』というノイズが残っているということよ」
ハヤトは、顔を上げる。
「ノイズ? あんな化け物が、感情で動いていると?」
「ええ。奴の魔法は『意思とイメージ』を世界に定義する。だが、その定義の根源に『憎悪』という不純物がある限り、その憎悪を逆手に取れる」
アオイの瞳に、初めて冷静な計算の色が戻った。
「奴が力を手に入れた根源は、あの図書館で見つけた古書にある。そして、悠人は常にこのメモを肌身離さず持っていた。私はこのメモの術式を、現代魔法の法則に無理やり当てはめてみた。そして、見つけたのよ……」
彼女は、ノートの隅に書かれた、現代魔法では意味をなさない数式を指さした。
「奴の魔法は、純粋なイメージそのもの。つまり、イメージを上書きできれば、奴の術式を歪ませることができる。ただし、奴の圧倒的な魔力に、現代魔法で対抗するのは不可能。だから、私たちに必要なのは、奴の憎悪を最大化させ、そのイメージ制御を乱すことよ」
ハヤトは、震える手でアオイの手首を掴んだ。
「どうするんだ、アオイ! 俺たちにはもう何も残ってないんだぞ!」
「いいえ、残っているわ。奴が最も憎み、最も軽蔑した『汚れた未来を求める、自分たち自身』という存在よ」
アオイは、冷たい笑みを浮かべ、都市のどこかに潜む悠人へと語りかけるように呟いた。
「悠人、あんたの復讐劇は、私たちを破滅させることだけが目的じゃないわ。あんたは、自分の力で世界を変えるという、壮大なイメージに取り憑かれている。その『世界を変える』というイメージを、私たちが最も醜い、個人的な復讐劇へと引きずり戻してやる」
彼らの復讐のシナリオは、悠人の『世界を変える』という大義を、最も低俗で、個人的な、泥仕合へと変質させることだった。それは、悠人にとって最も屈辱的な、精神的な攻撃となる。
二人の裏切り者は、社会的な死から這い上がり、今、悠人の持つ絶対的な力に対して、最もねじ曲がった方法での「逆襲」を企て始めたのだった。
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