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追放された俺、神々に拾われ最強へ──気づけば世界一の美女たちに囲まれていました  作者: 妙原奇天
第二章

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第二部・第1話「沈黙の国〈ルゼア〉」

 東境の砦を発って三日、王都から伸びる迎え路は次第に細り、やがて石の白が砂の灰へと変わった。

 地平の向こうに、音のない森が立っている。枝葉は風で揺れるのに、葉擦れのさざめきがない。小川はあるのに、せせらぎがどこにも届かない。足音は土を踏むたび確かに震えるはずなのに、脛の骨までで止まり、空へ逃げる気配も地に染み込む気配もない。

 ——そこが、〈ルゼア〉の境だった。


 砦の兵が最後の旗印を振り、俺たち五人と王女セレスティアを見送る。

「ここから先は“沈黙税ちんもくぜい”がかかります。声を出せば、その分だけ“道”が閉じると、向こうの法が……」

 兵の言う“税”は、銭ではない。拍そのものを取り上げる“制度”だ。

 イリスが灯籠に秤印の薄札を差し込み、沈黙境界の縁に翳した。炎が一度、吸い込まれて細くなり、すぐに戻る。

「境界層は“吸音”。けれど、完全ではない。……“載せ替え”れば通せる」

「載せ替え?」

「声の形を、振動から“形態フォーム”へ。——印の並びで“音節”を表して渡す」

 彼女が手早く札を並べる。レイナは剣の柄で地を小さく叩き、無音の拍に印の位置を刻んでいく。カイルが太鼓の革を外し、木胴だけで“空打ち”を試すと、空洞の呼吸がかすかに指に返った。

 ミュナは揺枝を沈黙の森へ差し出し、葉先の震えを目で読む。

「木は笑ってるのに、声を飲み込んで静かにしてる……」


 境界のただ中に、灰色の塔が一本、すっと伸びていた。門も窓もないのに、そこだけ空気が硬い。

 塔の根元に、白い衣の男女が十人ほど立っている。胸には同じ紋章——沈黙の円環に一本の鍵。

 先頭の者が一歩、前へ出た。

 声はない。だが身振りは明瞭だった。“止まれ”“返れ”“ここは閉じた”。

 セレスティアが片手を上げ、沈黙の礼を返す。俺たちもそれに倣う。


 イリスが薄札を三枚、塔の根へ滑らせる。そこに細い線が浮かんだ。

 ——《来訪・理由・明示》。

 ルゼアの使者がそれを読み取り、手のひらで“否”の円を描く。

 ——《汝ら・外音・禁》。

 セレスティアは一拍だけ瞳を細め、印の列を描き替えた。

 ——《外音ではない・和を携える》。

 使者は一瞬、迷ったように肩を揺らし、やがて塔の側面へ掌を当てる。石が無音のまま裂け、細い通路が口を開いた。


「通すつもりだわ」

 レイナが小声で言った。だが“声”が塔に触れた瞬間、空気が硬く締まり、言葉は喉奥で砂になった。

 ——沈黙税。

 カイルは唇だけで笑い、無言で親指を立てた。俺も頷く。

 音を諦め、形で行く。第二部は、きっとそういう戦いだ。


     *


 塔の内部は、あり得ないほど静かだった。足裏が石に触れる感触はあるのに、“音の影”がどこにも落ちない。

 壁にびっしりと刻まれた細かな縞模様が、通路の先まで続いている。近づいて見れば、それは薄い凹凸で組まれた“譜”——音を禁じ、代わりに形で伝えるための“門歌もんうた”だった。

 イリスが指でなぞり、情報を拾う。

「“第一門・沈黙の礼”“第二門・名の封”“第三門・和の鍵”……ここは『ことばを畳む』ための関所」

 セレスティアは迷いなく〈名の封〉の凹凸を押し、胸元の王印を一度、布で覆った。

 俺も王鈴を鈴袋で包み、刻印の光を落とす。

 レイナは剣を鞘ごと布で巻き、カイルは太鼓の胴に薄皮を戻して紐で固く縛る。

 ミュナの揺枝も白布で包まれ、葉先だけがわずかに顔を出した。

 ——ここでは、名と音をひとまず置いていく。


 第三門〈和の鍵〉の凹凸は、三つの形の一致を求めた。

 丸・角・線。

 レイナが剣の柄頭で角を、ミュナが葉先で丸を、俺が鈴袋の輪郭で線を合わせる。

 壁の紋様がふっと緩み、通路の先に灰色の光が満ちた。


 外へ出ると、そこは〈ルゼア〉の辺境都市——灰の都ルフ。

 石畳の広場に人が溢れているのに、誰も声を発さない。

 目と手と、わずかな身振りだけで商いが成立し、祠の前では白衣の司が無言のまま“祈りの形”を配っている。

 印は簡素で美しい。——「家族の安寧」「病の軽減」「旅の無事」。

 音はない。けれど、人の意志は濃かった。


 ひとりの少女が角から駆け出てきて、石に足を取られて倒れた。

 周囲の者が慌てて駆け寄る。

 少女の母らしき女は声を上げず、手の形で「痛いか」「ここ」「大丈夫」を速く繰り返す。

 少女は涙をこらえ、指先で「少し」「怖い」「でも平気」を返す。

 ミュナは反射的に揺枝を抜きかけ、セレスティアに袖を引かれて止まる。

 声も歌も許されない場所で、助ける方法を、俺たちは学び直す必要があった。


     *


 ルフの評議庁は、砂色の低い建物だった。

 迎えたのは細身の男——首席沈礼官ちんれいかんアダル。

 彼は最初から最後まで一言も発せず、掌と肩と眉の動きだけで、完璧に意思を伝えた。

 イリスが読み取り、俺が形で返す。

 この会話は、異国の譜面を互いに速読する訓練のようだった。


 ——《王都より調律使節。目的・交流・和》

 ——《沈黙の都に外音・容れず》

 ——《和は音に非ず・輪を重ねる術》

 ——《輪は危うし・噂・風・海・虚空・承知》

 ——《ならばなぜ来た・君らの和・誰のため》


 セレスティアは小さく息を吐き、凛と手を掲げて返した。

 ——《我らの和・我らのために止まらず・君らのためにも止まらず》

 ——《求むるは互いの“間”》


 アダルの眉根がわずかに動き、頬に影が走る。

 ——《間・希うは皆同じ。しかし間は音から生じやすい。音は争いを呼ぶ。ゆえに沈黙の法》

 ——《沈黙税は重し。だが必要》


 レイナが一歩前へ出て、腰の剣に布を巻いたまま、柄を握る手の位置を少し下げた。

 ——《武の和・剣の法・承知。だが沈黙の法・過重・息苦し》

 アダルは目を伏せ、“同意”にも“否”にも見える微妙な角度を作る。

 ——《沈黙は楽でもある。声の争いが消える。だが……》

 彼は一瞬、指先を震わせた。そのわずかな乱れが、彼自身の声になった。

 ——《祈りが届かない》


 そこで俺たちは初めて、沈黙の重さの真芯に触れた。

 音がないことは、争いを減らす。

 だが、届かない祈りは“影”にも落ちない。影歌の札は、言葉の影を前提にしていた。

 ここには、影そのものが育つ土がない。

 ——祈りは溶け、砂になってしまう。


     *


 夕刻、ルフの祠前に“形の列”ができた。

 人々は自分の欲する祈りの「形」を受け取り、家へ持ち帰る。

 家の戸口には小さな凹凸板があり、そこに祈りの形を嵌め込むと、薄い光が一度だけ灯って消える。

 ——それが、この国の“祈り”だった。

 イリスが低い息で言う。「自動化された“静かなる祈念”。個々の事情を噛まないので、摩耗が少ない」

 カイルが首を振る。

 「だけど“迎え”がない。祈りは放たれた瞬間に“完了”する。届かなくても、届いたことにされる」

 レイナは街角の影を見た。そこに怒りも、嫉妬も、嘲りも、負い目も、ほとんど沈んでいない。

 ——良い街だ。だが、深さがない。

 ミュナは戸口の凹凸板に掌を当てて、小さく眉を曇らせた。

 「芽が、根を降ろす場所が見つけられない……」


 俺は王鈴の袋を握りしめた。

 ここで音を出せば、法に触れる。

 けれど、音を抱えたまま沈黙に順応してしまえば、俺たちが持ってきた“迎え”も“離れ”も、役に立たない。

 ——この街に、最初に置くべきものは何だ?


     *


 夜。

 沈礼官アダルの案内で、俺たちは“中枢沈所ちゅうすうちんしょ”に入った。

 地下へ降りる階段は、まるで音の骨を抜いた王都の影の都のようだったが、湿りではなく乾きで満ちていた。

 最奥に、円卓。その中央に、掌ほどの灰色の石。

 アダルが示す。

 ——《沈石ちんせき・この国の“中心”》

 イリスが目を凝らす。

 「音を“未然”に吸う。発せられる前の衝動の段階で掴む石……!」

 セレスティアが短く吐息を漏らす。

 「だから噂も流言も、火花の段階で消える。……けれど、祈りの衝動も掴まれてしまう」

 アダルは頷き、右の掌をゆっくり伏せた。

 ——《沈石・国を救い・国を飢えさせた》


 彼は沈黙のまま、自身の胸に触れ、額に触れてから、石を指す。

 ——《我らは疲れた。戦も噂も、飽いた。静けさが欲しかった。沈石は救った》

 ——《だが、いつか“笑い”が減った。涙も減った。……祈りの“痛さ”が、消えた》


 その仕草は、ほとんど懺悔だった。

 俺は王鈴の袋を握り直し、ゆっくり頷いた。

 ——沈石を壊すことはできる。だが、それは“選ばせる”ことなく外から秩序を押し付ける暴力になる。

 この国の“間”で、この国の方法で、沈黙のただ中に“戻れる拍”を置かなければならない。


     *


 翌朝、俺たちは評議庁の広庭を借りた。

 音は出せない。

 だから俺は、王鈴を石盤の上に置き、鈴袋を開けずに“輪郭”だけを晒した。

 イリスが用意した“触図しょくず”——凹凸で組んだ譜面を敷き、レイナが白粉で足の位置を印し、カイルが胸の前で三度、拳を合わせる所作を皆に示した。

 ミュナは芽吹きではなく“匂い袋”を配る。薄荷、樹皮、土、雨前の風。音がなくても、嗅覚は“拍”を覚える。


 始めに置いたのは、“訂歌”の無音版だった。

 《まちがえたら いちど 息をつき ふたたび 輪へ》

 息の形。胸の上下。指先の開閉。目の焦点の置き直し。

 ——形で置く“訂”。

 続いて、“迎え”の無音版。

 《十で迎える》を“十の指”で表し、指を絡めて“受け皿”を作り、額で軽く触れて“橋”を渡す。

 ——形で置く“迎え”。

 最後に、“離れ歌”の無音版。

 《いちどはなれて ふたたびもどる》を、円の外に一歩踏み出し、柵に触れ、戻る所作で刻み込む。

 ——形で置く“離れ”。


 広庭の周囲に集まったルゼアの民は、最初ただ見ていた。

 やがて一人、また一人と真似し、形の歌を輪に嵌め始める。

 子どもが先に笑い、大人が後から微笑んだ。

 音がないから、笑い声は聞こえない。

 けれど、笑いの“振動”は、胸から胸へ渡っていく。


 アダルは静かに輪の端に立ち、掌を胸に当て、三度打つ。

 “痕跡”の拍。虚空の夜に得た武器が、ここでも生きた。

 彼の目に、ほんの僅かな光が戻る。

 ——《沈黙のまま、戻れる》

 彼は形でそう告げた。


     *


 だが、その午後。

 広庭の奥から、沈礼官の一団が無言で進み出た。

 先頭の老女は、肩幅で風を切るような佇まい。目は鋭く、皺は深く、指は美しかった。

 その指が空で描いたのは、厳しい否。

 ——《外の形・持込み・禁》

 セレスティアは一歩退かずに、礼を正した。

 ——《ここで生まれた形。外の形ではない》

 老女は目を細める。

 ——《沈石・ある》

 ——《沈石・掟》

 ——《掟・破れば・国・崩れる》


 イリスが低く息を吸い、俺の袖を引く。

 「沈石には“過負荷”があるはず。……外から一気に形が流れ込めば、石は『過剰吸収』を起こす」

 カイルの拳がわずかに震えた。

 「俺たちの“無音の歌”が、石にとっては“音”だ」

 レイナが肩越しに広庭を見渡す。

 「もう輪は動き出してる。止めるのも暴力。続けるのも暴力……」

 ミュナは匂い袋を握り、泣きそうな顔で首を横に振った。

 「止めたくない……」


 老女は沈黙のまま石の印を切り、沈石を呼んだ。

 地の奥で、灰色の鈍い脈がうねる。

 広庭に置かれた形の歌が、ひと筋、またひと筋と吸われていく。

 輪が痩せる。

 人の胸から小さな“戻れる拍”が剥がれ、砂に還ろうとする。


 俺は王鈴の袋を握り、膝をついた。

 音を鳴らせない。

 けれど、鳴らせなくても“置ける形”がある。

 ——鍵の拍。


 掌を開き、指を交互に組み替え、空に浮かぶ鍵穴へ“差し込む”所作を、極めてゆっくり、皆の前で繰り返す。

 《左・右・左・止。右・左・右・止。》

 沈石の脈が、一瞬だけ遅れた。

 イリスが気づき、瞬時に触図を書き換える。柄のない鍵の図。凹凸で示す“鍵拍かぎはく”。

 レイナが剣を抜かず、鞘の口金で石床に小さな“鍵座”を刻む。

 カイルが胸の前で拳を組み替え、鍵の“回し”を身体で示す。

 ミュナが葉先で“鍵穴”の輪郭を撫で、匂い袋をその周囲に置く。薄荷が爽やかに呼吸を促し、雨前の匂いが“変わり目”を知らせる。

 ——沈黙の中で、鍵の歌が生まれた。


 老女は初めて、驚いたという顔で眉を上げた。

 ——《鍵・何を開く》

 俺は掌で“沈”の印をなぞり、首を横に振る。

 ——《沈を開かず。閉じすぎを緩める》

 ——《ここでは閉じる・必要》

 ——《だが閉じっぱなしは・窒息》

 彼女の瞳に微かな揺れが走り、背後の沈礼官たちの指もほんの少しだけ、硬さをほどく。


 鍵拍の輪は、祠の縁にだけ置かれた。

 家々の戸口の凹凸板には触れない。

 ——“公の場”に限って、沈石の吸い込みを“間引く”。

 アダルが沈礼官たちの間に入り、老女に向かって深く頭を垂れた。

 ——《外の形ではない。ルフで生まれた“形”。一度の試みとして、見逃してほしい》

 老女は長い沈黙の後、掌をひと折りだけ下げた。

 ——《一度》

 ——《一度だけ》


     *


 夕暮れ。

 広庭では、無言の輪がゆっくりと回った。

 “訂”の形で息を整え、十の指で“迎え”を置き、柵に触れて“離れ”を刻む。

 鍵拍が沈石の吸い込みをわずかに遅らせ、人々の胸の“戻れる拍”が薄明の間だけ残る。

 子どもが母の額に指を当て、母が子の胸に手を置く。

 老人が若者の背を軽く押し、若者が老人の掌を挟んで返す。

 音のない合奏。

 和は、音に頼らずとも和になり得る——その証。


 輪の外で老女は目を閉じ、長く息を吐いた。

 その吐息は誰にも聞こえない。

 だが、その肩の上下は、広庭にいた全員の胸に届いた。

 ——《息を忘れていた》

 彼女の指が、わずかにそう語った。


     *


 夜更け、アダルが俺たちを宿の一角に呼んだ。

 小さな卓、薄い茶、灯りひとつ。

 彼は静かに掌を返し、秘密の印を結ぶと、卓の底板から細い筒を取り出した。

 中には、古い紙片が巻かれている。

 ……文字。

 音を持たない古書体で記された、〈ルゼア〉の昔の祈り。そこには歌が、音符ではなく“筆致”で刻まれていた。

 アダルは開く手を震わせ、俺に問う印を投げる。

 ——《これを“影”に変えられるか》

 ——《影歌を、この国の“筆致”で》


 俺は頷き、胸が熱くなるのを感じた。

 影は音の影でなくてもよい。

 ——意思の影であり、筆致の影であり、息の影であり、触れた跡の影であり。

 影歌は、この国に“根”を与えられるかもしれない。


 セレスティアは静かに掌を重ね、王女としてではなく、隣人として印を結んだ。

 ——《外の形を持ち込まない。あなた方の文字で、あなた方の影歌を作る》

 イリスは秤の札を収め、代わりに薄紙と炭を取り出した。

 レイナは剣を脇へ置き、筆を執る準備をし、カイルは太鼓の胴を枕に座り直した。

 ミュナは匂い袋を開き、紙に香をうつす。——記憶が消えても、香は残る。


 こうして俺たちは、沈黙の国で“影を宿す文字歌”を編み始めた。

 沈石と共存し、沈黙税のなかで息ができ、祈りが“次の拍”に届く道。

 鍵拍で間引いた薄明の時間に、輪の痕跡を紙に重ね、家々の凹凸板の裏に“影の槽”を仕込む。


 最初の一行を書くとき、ペン先が震えた。

 けれど震えは、かすかな拍だ。

 無言のまま、光は紙に落ち、影は紙から芽吹いた。


     *


 その夜半。

 遠響とおひびきが東の空から押し寄せ、灰の都の屋根を撫でて去った。

 ——〈サリド〉の“王律”が、外からの形に警告を発している。

 沈黙の国に、さらに“閉じる”圧がかかった。

 鍵拍の輪がぎし、ときしむ。

 アダルが目で問う。

 ——《間に合うか》

 俺は目で答えた。

 ——《間に合わせる。——あなた方の拍で》


 夜が明けるまでの短い時間で、俺たちは最初の影歌——“帰りの印”を仕上げ、祠の裏面に忍ばせた。

 ——《きょう・むかえずとも・あす・むかえる》

 音はない。

 だが、指でなぞれば確かに“迎えの手”がそこにいた。


 沈黙は沈黙のまま。

 けれど、沈黙の底に、小さな和が芽を出した。


――――

次回:第二部・第2話「王律の国〈サリド〉—“内輪”の軍歌」

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