第3話「王女の誘い、迫り来る影」
夜明けの光は王都の尖塔を淡く照らし、昨日まで荒野に取り残されていた俺には夢のような景色に思えた。追放の屈辱を味わったはずが、いまは女神と副団長に導かれ、この王都にいる。あまりの変化に、現実感が追いつかない。
石畳の道を進みながら、レイナは横目で俺を見た。
「顔が強張っているな。緊張するのも無理はない。……すぐに王女殿下に会うのだから」
胸が跳ねた。追放された俺が、王女に謁見するなど想像したこともなかった。
王城の謁見の間は広大で、天井は夜空のように高く、壁に掲げられた絵画や彫刻が豪奢さを誇示している。緋色の絨毯の先に立つのは、燃えるような赤髪を三つ編みにした王女セレスティア。その深紅の瞳は、炎と氷の両方を湛えていた。
「リオン。あなたが神に選ばれた者だと聞いた」
王女の声は透き通っていながら鋼のように硬い。廷臣たちがざわめき、俺に刺すような視線を向ける。
「……俺は、ただ追放されて……」
「だからこそだ」王女は歩み寄り、距離を詰める。「絶望の底にいたあなたを神は選んだ。これは偶然ではない。――王都の守りに加わってほしい」
重い言葉に、喉が詰まる。俺の返答を待たずに、女神ルミナが光とともに現れた。
『わたしも望む。彼をここに置くことは理に適っている』
廷臣たちは一斉に息を呑み、誰も反論できなかった。
謁見の後、セレスティアは俺だけを呼び止めた。
「勇者カイルたちは、間もなく王都に戻る。だが彼らは魔王軍に押されて劣勢だ。あなたを追放したことを、きっと後悔するだろう」
その言葉は冷ややかでありながら、どこか愉悦が混じっているようにも聞こえた。
「あなたは選べる。彼らを見捨て、復讐を果たすか……あるいは救いの手を差し伸べるか」
王女の瞳が俺を試すように揺らめく。胸の刻印が脈打ち、呼吸を整えるたびに問いが重くのしかかる。
一方その頃、荒野の野営地では――。
勇者カイルたちは魔物の群れに追い詰められていた。
「なんでこんなに数が……!」
カイルの剣が閃くが、傷は浅い。僧侶エリナの回復は追いつかず、魔法使いジードの火球は軌道を外れていく。盗賊ミナは矢を放つ手を震わせ、絶望の色を隠せない。
彼らは知らなかった。神の理がリオンを選んだ瞬間、均衡が崩れ、魔王軍が力を増していることを。
王都に戻った俺は、レイナと訓練場に立っていた。
「まずは剣を握れ」
差し出された剣は以前と同じ重さのはずなのに、不思議と手に馴染む。胸の印が脈打ち、刃の重さを整えているかのようだ。
構えた瞬間、風の流れが見えた。相手の呼吸、足の重心、剣筋の揺らぎ――すべてが糸となって繋がり、俺の視界に映る。
一歩踏み込み、レイナの木剣を弾いた。副団長の瞳が驚きに揺れる。
「すごい……昨日とは別人のようだ」
その言葉は、胸の奥に温かく沈んだ。
だが訓練を終える間もなく、警鐘が鳴り響いた。
「北門に魔物の群れ!」
兵士たちが駆け抜け、城壁の上に炎のような光が揺らめく。
「リオン、来い!」
レイナが剣を抜き、俺は頷いた。
城門前は混沌としていた。黒い瘴気を纏った獣の群れが押し寄せ、兵士たちは必死に応戦している。
胸の刻印が熱を放つ。深呼吸し、囁いた。
「――整え」
風が渦を巻き、魔物の動きが鈍る。兵士たちが一斉に反撃し、戦況が逆転していく。
ルミナの声が胸に響いた。
『よくやった。だが、これは序章にすぎぬ。真の試練は勇者との再会にある』
その言葉の直後、遠くの荒野で赤い炎が立ち昇った。
勇者パーティの野営地の方向だ。
胸の刻印が熱く脈打ち、未来を告げる。
俺と彼らの運命が、再び交わろうとしていた。
――――
次回:第4話「勇者再会、揺らぐ絆」




