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第18話「訂歌(ただしうた)の輪、噂の火種」

 風が去った翌朝、王都はやけに静かだった。

 太鼓も王鈴も正しく鳴っている。凧鈴は空で遊ぶように揺れている。けれど、人々の囁きが、拍を追い越して走っていた。

「整律官が自分の拍を王女に渡したらしい」

「黒笛の中に裏切り者がいたって?」

「いや、風そのものを味方につけたんだ」

 噂は形を変え、尾ひれを伸ばし、誰かの胸をざわつかせていた。


 評議室。

 イリスは秤印を確かめながら眉をひそめた。

「数字が跳ねています。実態より多く、あるいは少なく。“噂”が拍を増減させている」

 レイナは椅子の背に剣を立て、短く吐き捨てる。

「戦場でも同じだ。噂ひとつで勝敗が揺れる。兵が“やられた”と信じれば、まだ立っていても膝が折れる」

 カイルが太鼓を叩きながら言う。

「噂は音に似てる。聞けば体が勝手に反応する」

 ミュナは揺枝を抱き、戸惑った表情。

「芽吹きは風を必要とするけど、嵐だと根が千切れちゃう……」


 セレスティアは深紅の瞳で俺を見た。

「整律官、どうする? ——“訂歌”を置けるのは、あなた」


 胸の刻印がうずいた。

 ルミナの声が風の奥から響く。

『訂歌は“正す歌”じゃない。正解を一方的に示す歌では、噂の火種は消えない。

 ——大切なのは、“間違えた後に戻れる拍”を置くこと』


 俺は深く息を吸った。

「《ただしうた》を置く。『まちがえたら いちど 息をつき ふたたび 輪へ』」


 セレスティアが続けて告げる。

「布告。“訂歌の札”を市中に配布する。噂を聞いた者は、息を吐いてこの札に触れ、拍を戻せ」

 イリスが即座に制度を加える。

「札は秤印と連動。噂に反応して炎が揺れれば、札に小さな光を点す。息を合わせれば、揺れは収まる」

 カイルは太鼓を叩き、子どもたちに短い節を教える。

「《まちがえたら——トン・トン・スーッ》」

 レイナは衛兵に札を配らせ、ミュナは揺枝で札を撫でて光を柔らかくする。


 街角の噂は次第に変わっていった。

「整律官が拍を譲った? ……でも息を吐いて、戻せばいい」

「黒笛に裏切り? ……札に触れて、確かめ直せば」

 尾ひれは残る。だが、泳ぎ疲れた噂は、訂歌の札に乗って眠るようになった。


 夜。

 高殿の上で、セレスティアが静かに呟く。

「人は噂をやめない。でも、戻れる拍を持った。……これで王都は、“揺れても帰る街”になった」

 俺は胸の刻印を押さえ、深く息を吐いた。

 訂歌の拍が確かに響いていた。


 その時、遠い鐘のように、新たな振動が胸を打った。

 ルミナの声がかすかに笑う。

『次は第七天。“土”だ。動かぬものを動かす力。……重さの歌に備えなさい』


――――

次回:第19話「土の拍動、重さの歌」

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