第13話「高殿の炎舞、秤か火か」
建国祭の炎が収まって三日。
だが王都の空気は落ち着かなかった。焦げ跡は消えず、街角の子どもたちは火遊びの真似事をしては叱られ、大人たちもどこか落ち着きなく笑っていた。
——第四天の使い、炎舞カリナの影が、まだ人々の心を燃やし続けていた。
夜明け前、王城の高殿で、セレスティアは俺たちを集めた。
「今夜、カリナは必ずここを狙う。王路で勝ち切れなかった彼女は、次に“象徴”を奪いに来る。……王都の心臓、高殿の鈴を」
机の上には大きな地図。赤い線が城を囲み、三つの矢印が高殿へ向かって伸びている。
「黒笛は街で混乱を作り、人々を踊らせる。偽声と促進を同時に仕掛けてくるだろう。その隙にカリナが姿を現す」
イリスが秤印の札を並べながら言った。
「秤は狂いやすい。炎に煽られると、止まりも見渡しも崩れる。……でも、“受け皿”の灯籠を重ねれば、濁りを一拍早く察知できる」
レイナは刃を磨きながら、低く笑った。
「火花は散らす前に叩く。私が前に出る」
カイルは太鼓を抱え、短く息を吐く。
「俺は広場を見張る。祭りのリズムに偽声を混ぜさせない」
ミュナは揺枝を抱きしめ、少し怯えた顔で言った。
「炎は怖い……でも、芽吹きも火で膨らむ。私が人々の足を繋ぎます」
セレスティアが皆を見渡す。
「リオン。最後の調律はあなたに任せる。火と秤、どちらに寄るのか——選ぶのはあなた」
胸の刻印が熱く脈打つ。
俺は深く息を吸った。
「分かった。今夜、輪と空白と秤を置いて、火に応える」
夜。
高殿の鐘楼に火が点いた。人々は祈りのように集まり、広場は赤い光に包まれる。
その瞬間、黒笛の笛声が城門から響いた。
《燃やせ、走れ、止まるな》
促進と祈りが同時に溢れ、人々の呼吸が狂う。
イリスが叫ぶ。
「秤印、濁り三! 受け皿を増やして!」
巫女たちが灯籠を掲げ、光で外れた者を包む。
だが笛の合唱は止まらない。炎のようにうねり、人々の足を勝手に踊らせる。
カイルが太鼓を打ち鳴らし、声を張る。
「いち・に・とまる!」
重い響きが地面を叩き、群衆の足を一瞬止めた。
レイナがその隙に黒笛を斬り払い、広場の輪を守る。
ミュナが揺枝を振ると、淡い光が人々の背を撫でた。
「“はちで、うける”!」
外れかけた者が輪に戻る。涙を流しながらも、息を整えて。
そのとき——。
炎の翼が夜空を裂いた。
広場の上空に、紅蓮の女が舞い降りる。
『整律官リオン。よくも火を受け止めたな。……だが今度は秤を燃やす』
カリナの足が高殿の鈴に触れた瞬間、炎の冠が鐘楼を包み込む。
王都の心臓が、燃やされようとしていた。
「やめろ!」
俺は鈴を掲げ、基準の音を放つ。
だが炎は基準すら呑み込み、音が歪む。
胸の刻印が熱くなりすぎて、皮膚を焼くほどだった。
カリナの声が轟く。
『選ばせる秤か、燃やす火か。どちらが人を動かすか、見せろ!』
人々の目に炎が映り、笑いと涙が混ざる。
火は自由。止まりを拒み、見渡しを嘲る。
それでも俺は鈴を握り、声を張った。
「止まっていい! 休んでいい! ——それも選択だ!」
俺の叫びに、輪の外で倒れかけた老人が息を吐き、灯籠の光に抱かれた。
秤は燃えても、人の息は残る。
その瞬間、胸の刻印が眩く光り、炎と秤がひとつの拍に重なった。
『……秤に火を宿すか』
カリナが一瞬だけ目を細める。
炎の翼が揺れ、夜空の中で小さな焔となって舞い散った。
『面白い。——次は、もっと大きな炎を持ってくる』
カリナは夜空に消えた。
残された広場は、焦げ跡の中に、確かな“輪”の余韻を残していた。
戦いが終わった後、セレスティアは静かに言った。
「秤は燃やされかけた。だが、あなたは火を抱き込み、秤を生かした。……王国の選択は続く」
俺は胸の刻印を押さえ、深く息を吐いた。
火と秤。相反するものを繋ぐのが、俺の役目なのだろう。
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次回:第14話「影の都と第五天」