第12話「炎の祝祭、第四天の使い」
王路の戦いから三日。
王都の空は妙に澄み、どこか乾いていた。人々は“響き合い”を続け、太鼓と王鈴の音が街路を結んでいる。けれど、胸の刻印は落ち着かなかった。浅い呼吸のたびに、熱が波打つ。
「第四天……」
セレスティアが呟く。
「火を司る神。祝祭を燃料に現れると伝えられている」
王女は地図に赤い石を置き、祭礼広場を示した。
「三日後、建国祭がある。そこを狙って“使い”が降りるはず」
準備は慌ただしかった。
王都の祭りは元々、火を祝う。松明行列、火花舞、焔踊り。そこへ輪路計画の“響き合い”を重ねることになった。
俺は祠の巫女と相談し、祭り用の拍を作った。
「三で燃やす、五で回す、七で渡す、八で受ける」
焔の拍は人を浮かせやすい。だから“受け皿”を厚く置く必要があった。
ミュナは揺枝を赤布で飾り、春の芽吹きに似た光を宿す。
「火と春は、矛盾しない。芽も炎で弾けるんです」
彼女の声は震えていたが、瞳は確かだった。
レイナは兵の列を祭りに紛れ込ませた。
「刃を抜かずに、歩調を合わせるだけ。乱れた拍を切るのは剣じゃなく声」
イリスは秤印を小さな灯籠に仕込み、濁りを見つけやすくした。
「炎は秤を狂わせやすい。……でも灯りにすれば、逆に見やすい」
カイルは太鼓隊を率い、祭りの練習に混ざった。
「俺が叩くのは“勇者の太鼓”じゃない。“祭りの太鼓”だ」
建国祭当日。
広場に火が満ち、松明が波のように揺れる。
「いち・に・燃やせ」
「さん・し・まわせ」
声と火花が重なり、祭りは熱を増す。
俺の刻印も熱を帯び、皮膚の下で脈を打った。
そのとき。
天から赤い火柱が落ち、広場の中央に焔の輪が開いた。
炎の中から、一人の女が歩み出る。
紅蓮の衣、金の冠、瞳は熾火のように揺れていた。
『我は第四天の使い、“炎舞”のカリナ。』
声は祭りそのものだった。
『歌え、踊れ、燃やせ。——秤など要らぬ。選ばせるより、燃やすが早い』
広場の輪が乱れ始める。
炎に煽られ、人々は走り出し、跳ね、叫んだ。
イリスの灯籠が震え、濁りがあちこちに浮く。
「止まりが——消えてる!」
「止まれ!」
俺は叫んだ。
「“いち・に・とまる”を忘れるな!」
だが炎の拍は速すぎる。止まりを追い越し、歌を巻き込む。
そのとき、ミュナが揺枝を振り、強く歌った。
「“はちで、うける!”」
春の芽吹きが炎の隙に割り込み、人々の足を一度だけ止めた。
レイナがその瞬間を狙い、刃で炎の渦を裂く。
カイルの太鼓が重く響き、跳ねる拍を沈めた。
イリスの秤が灯りを増し、濁りを炙り出す。
カリナは笑った。
『面白い。火に“受け皿”を置くか。だが祭りの炎は、止まらない』
炎の冠が広場全体を覆い、松明の火が一斉に高く舞った。
俺は胸の刻印に触れ、鈴を鳴らした。
基準の音が炎を裂き、空白を作る。
「“やすむ・し”!」
休む歌を広場全体に置いた。
炎の中に、静かな間が落ちる。
人々が一息つき、視線を取り戻した。
カリナの瞳が揺れる。
『……なるほど。火にも休みは要る。だが、それを知っても炎は消せない』
彼女は炎の翼を広げ、夜空へ舞い上がった。
『次は城の高殿で会おう。歌と火、どちらが国を動かすか——見極めよ』
炎が収まった後、広場には焦げ跡と、疲れ切った笑顔が残った。
セレスティアが人々を見渡し、短く告げる。
「勝ったのではない。試されたのだ。……次はもっと大きい火が来る」
俺は胸の刻印を押さえた。
火は消えない。だが、止められる。受けられる。休ませられる。
そのために、俺たちは輪を広げていく。
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次回:第13話「高殿の炎舞、秤か火か」