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俺は幼馴染の〝彼氏役〟√A'  作者: お徳用エチケット袋
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8.何もかもを受け止められる

 薄暗い部屋の中、全身を脱力させて天井を見る。

 その視界を、ふわりと唯の顔が遮った。


「いかがでしたか、健司くん?」


 少し冗談めかして笑う唯の顔は、少し恥ずかしそうで真っ赤だ。

 おそらくだが、俺も似た顔をしてるに違いない。


「……別に」

「もう、健司ったら素直じゃないんだから」


 そう苦笑する唯に、思わず魅入ってしまう。

 俺の幼馴染がこんなに可愛いいだなんて、少し反則だ。


「もう寝ちゃう? それとも……もう少し、『恋人ごっこ』する?」


 そう囁く唯に、喉を鳴らした瞬間――電話の着信を知らせる電子音が部屋の外から聞こえてきた。

 俺のスマートフォンのものではない着信音──つまり、唯のスマートフォンだろう。


「あ、ちょっとごめんね」


 ベッドから離れた唯が、ドアの向こうへと軽い足音を立てて歩いていく。

 それに一抹の寂しさを覚えつつ、俺は聞き耳をそっと立てた。

 幸いなことに、唯の荷物は俺の自室からそう離れていないところに置いてあったらしく、話し声がうっすらと聞こえる。

 相手の声は聞こえないが、唯の声はどこか慌てた様子だ。


「──うん。……った。うん、うん。そ……んじゃ──え──から? もう、しょ……ないなぁ。……った」


 話し声が止み、少しだけ開いたドアの隙間から唯が顔をのぞかせる。


「ごめん。わたし、今日はこれで帰るね」

「どうかしたのか?」

「えへへ、〝カレ〟がやきもち焼いちゃったみたい。すぐに会いたいって」


 そう笑顔で話す唯は妙にそわそわした様子で、瞳には熱っぽいものを感じた。


「健司のおかげだね。ありがとう」

「……いいんだ。もう夜だし、気を付けて」

「大丈夫。それじゃあ、また明日ね」


 小さく手を振って、唯がドアを閉める。

 すっかり静かになった部屋の中、俺はメタルラックのカメラに近づいて電源ボタンをオフにした。

 もう見てやしないだろうが、あの赤いランプは落ち着かない。

 ベッドに戻った俺は、その上に座り込んで幼馴染が消えたドアをじっと見つめる。


 この後、唯は〝カレ〟と会うのだろう。

 恋人同士なのだから、当たり前のことだ。

 積極的に触れ合った結果、こうなった。


 まんまと〝カレ〟に乗せられたことはわかっているが、逆に俺が彼氏役を全うしてアイツの性癖を満たしている間は、唯の安全は保障される。

 少なくとも唯が〝カレ〟に求められて幸せそうにしている事実は、少しだけ俺を落ち着かせた。

 しかし、気分が落ち着いてきたところで俺は自分の失態に気が付く。


「しくじった……!」


 前回もそうだったというのに、俺というヤツは本当に学習しない。

 唯が〝カレ〟に会いに行くタイミングで後をつけるなりすれば、その正体がわかるかもしれないのに。

 ベッド側とは別な窓を開けて、唯を探す。

 まだ、そう遠くには行っていないはずだ。


「……いない」


 家に面した道路に唯の姿は見当たらず……見慣れぬ車が一台、ただ走り去っていくのだけが見えた。


 ◆


 翌日。

 いつもより早くに目が覚めた俺が一階に降りると、すでに唯が朝食の準備をしているところだった。

 本当になんでもないような顔で「おはよ。よく眠れた?」なんて声をかけてくるので、俺は思わず脱力してしまう。

 本当に〝カレ〟こそが唯の中心で、俺はあくまで『なんてことない相手』なんだという事実を突きつけられた気がしたが、それでもこうしてそばに戻ってきてくれたことは、嬉しい。


「それで、昨日はどうだったんだ?」

「え?」


 出来立てのだし巻き卵をテーブルに置いた唯が、首をかしげる。

 誤魔化してるわけではなくて、本当にわかってなさそうだ。


「彼氏の所に行ったんだろ?」

「うん。行ったけど?」

「どうだったんだ?」


 自分で口に出しておいて、自分の違和感に気が付く。

 俺はどんな答えを求めているのだろうか。

 そんな事、聞く必要もないのにどうして俺は知りたいんだ?


「え、それ聞いちゃう? もう、わたしじゃなきゃセクハラだよー?」

「それもそうだな……。すまん、聞かなかったことにしてくれ」

「んふふ、彼氏役として聞きたいってとこかな?」


 そうだろうか?

 唯の問いに、すっきりとした答えが出てこない。

 俺はどんな立場で、唯と〝カレ〟の夜について知りたいんだろう。

 そんなこと知ったって、苦しいだけなのに。


「別にいいけどね、健司なら。もしかしたら、いろいろやる気? 出るかもしれないし」

「どういう意味だよ?」


 俺への返事をせずに、全ての料理を並べ終えた唯が俺の向かいに腰を下ろす。

 いったん会話を中断して、俺達は手を合わせて「いただきます」と唱和した。

 ちょうどよかったのかもしれない。食事中にする話でもないしな。

 黙々と食事を続けて、あっという間に食事を平らげた俺の前に湯気を立てるマグカップを置く唯。


「お茶どーぞ」

「さんきゅ」

「うん、それでね……さっきの話だけど」


 そう切り出す唯に驚いた俺は、思わず茶で咳き込む。

 まさか、話が終わっていないとは思わなかった。


「ちょっと、大丈夫?」

「気管に入った……! ていうか、この話続けるのかよ」

「なによ、健司が聞いたんじゃない」


 やや憮然とした様子の唯。

 確かに尋ねたのは俺で、話も尻切れになってはいたけどさ。


「それで、なんだっけ? 俺のやる気が出るかもってどういうことなんだ?」

「えっとね、わたしと〝カレ〟ってあんまり、その恋人っぽいことしてないの」

「恋人っぽいことって? デートとか?」


 俺の問いに唯が小さく首を振る。


「もちろんデートはよく行くわよ? そうじゃなくって、そのえっちなこと……かな」

「ん? うん……」


 経験はあると自己申告があったし、きっと昨日だって楽しんだはずだ。

 それなのに、こんな風に言うのはおかしくないだろうか。


「いま、嘘だと思ったでしょ!?」

「あ、ああ。正直言うと」

「ホントよ?」

「そうなのか?」


 思わず声が出てしまった。

 唯を前にして、そんな風でいられるなんて〝カレ〟とやらは不能か何かか?


 ……いや、そうか。

 わかりたくもなかった〝カレ〟が少しわかってしまった。

 だからこそ、昨日……〝カレ〟は我慢できなくなったんだろう。


 自分から仕掛けておいて、唯と俺がひどく積極的に『恋人ごっこ』をしたから──あるいは、唯が俺に何らかの『ハジメテ』を差し出してしまったから、無理やりにでもああして引きはがしたのだ

 ここまでの唯の話が本当ならば、俺と〝カレ〟は同じ気持ちを一部共有している。


 ──『嫉妬』だ。


 認めたくないことだが、俺達はお互いへの『嫉妬』で向かい合っているに違いない。

 そう考えると、優越感じみたものが心にむくむくと湧き上がってくる。

 昨晩、確かに俺は〝カレ〟から唯を一時的にでも奪取したのだ。

 〝カレ〟が焦ってしまうくらいには。


「もう、なにニヤニヤしてるの?」

「いや、何でもないさ。それで?」


 俺の問いに、小さく目を伏せて耳を赤くする唯。


「ここカメラないし、健司にだけ話すんだけど、わたし……ちょっと他の人よりも、ちょっとえっちなのかもしれないの」

「どういう意味……?」


 幼馴染がこんな風に恥じらっているのは、なかなかにくるものがある。

 朝からいたいけな男子高校生を刺激するのはやめてほしい。


「その、ね。〝カレ〟ってちょっとシンプルっていうか、あんまりいろいろしない……ん、だけど」

「けど?」


 意地悪をしているという自覚はある。

 それでも、こうして水を向ける。唯に恥ずかしいことを口にさせるために。


「健司には、いろいろしたいし? してほしい、かも……なんて」


 真っ赤になった顔を両手で隠す唯。

 その言葉と仕草に、朝から『俺』に血が巡ってくるのを感じる。


「〝カレ〟には?」

「どうかな? わかんない。でも──」


 小さく深呼吸するように息を吐きだしてから、唯が言葉を継ぐ。


「健司なら、受け止めてくれるから」


 なんて残酷で、なんて嬉しい言葉だろうか。

 そうとも。俺ならどんなお前だって許すし、嫌ったりしない。

 物心つく前から一緒なんだ。遠慮も何もない。

 どんなにアブノーマルだろうが受け止めてやれる。


 ──そう、愛する人(カレ)に嫌われるかもしれないようなコトだって。


「ごめん、なんかヘンなこと言ってるね」

「今の状況考えろ。もう十分ヤバいっての。いまさら過ぎんだろ」

「あー……えへへ、そうかも」


 一瞬、不安げになった唯の顔に笑みが戻る。

 よし、それでいい。それだけでいい。


「じゃ、この話はおしまい。またヘンな気分になっちゃうから」

「それももう手遅れだって。まったく、朝からどうしてくれるんだ」

「……出るまでまだ少し時間、あるよ?」


 俺のため息まじりの軽口に、ゆらりと熱っぽい瞳をした唯が小さく笑った。


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