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俺は幼馴染の〝彼氏役〟√A'  作者: お徳用エチケット袋
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7.〝カレ〟の望みの通りに

 夕食を終え、シンクで泡立ったスポンジを手に俺は胸のモヤつきをどうしたものかと思案する。

 あのメッセージを見た瞬間、心の奥底が冷ややかに煮立った感覚を覚えはしたが、それを上手く顔に出さない努力はできたし、実際に唯に不審がられることもなかった。


 ……いや、むしろうまく誤魔化しきれたのかもしれない。


 なにせ、唯は「何かいいことでも書いてあったの?」なんて尋ねてきたくらいだ。

 つまり俺は、このヘドロじみた感情を顔に反映させずに済んだということだろう。


「洗い物、任せちゃってよかったの?」

「このくらいはさせてくれ。今日の飯もうまかったよ」

「ふふ、素直でよろしい。それじゃ、お風呂のお湯溜めておくね」


 風呂場へ向かう唯の気配を背中に感じつつ、俺は無心で食器を洗う。

 平常心を装って心に蓋をしたせいか、腹の底では感情がひどい有様となっているが、時間と共に肝も座ってきた。


 望み通りにしてやろうじゃないか……!


 なんなら、『ルール』だって無視してやる。

 唯の彼氏が真なる変態であれば、それだって嬉しいに違いない。

 今晩にだって、あのカメラの前で唯を俺のものにしてやるさ。


 ……いいや、ダメだ。できない。できるわけがない。


 なんてことを考えている。落ち着け、俺。

 そんなことをすれば、唯が傷つけてしまう。信頼を損なってしまう。

 おそらく、ここ数日にあった俺と唯の絡みは〝カレ〟にとっては物足りないものだったに違いない。

 考えようによっては、あのメッセージがまごつく俺に対する〝カレ〟からの歪んだ()()な可能性だってある。

 ひどく好意的に受け止めればの話だが。


「健司? 洗い物終わった?」

「ああ。いま終わった。それで? 今日はどうするんだ?」

「どう? とは?」


 俺の問いに唯が小さく首をかしげる。


「風呂、一緒に入るのか? それと、夜はどうする?」

「えっと、わぁ……なんか改めてそんな風に訊かれると、ちょっと恥ずいね」


 少しばかりもじりとした唯が、軽く上目遣いで俺を見る。

 それがなんだか期待まじりのものに見えて、小さく胸が高鳴った。


「えーっと、ですね」

「何で敬語……?」

「いいじゃない、別に! それで、その、〝カレ〟から……もうちょっと、こう、健司と仲良くしてほしい? みたいな、ご要望が、あって……ね?」


 ややしどろもどろな様子な唯の顔がゆっくりと、しかし耳まで赤く染まっていく。

 その姿がひどく可愛くて、なんだかこちらまで落ち着かなくなってしまう。


「それで?」

「今日もお風呂一緒に入るので、いいかな?」

「わかった」


 俺の即答に少し驚いた後、今度は口をモゴモゴさせながら小さく目を逸らす唯。

 これは、まだ何か言いたいことがある時の仕草だ。

 だから、こっちから水を向けてやる。


「他には?」

「えっと、お風呂にもカメラ、持って入って……いいかな? 防水のヤツ」

「かまわないよ」


 俺の返事に拍子抜けしたのか、唯が目を丸くする。

 浴室の様子をカメラに収めたいというのは、俺にしてみれば比較的想定された提案だった。


 唯の彼氏が欲しているのは、俺と唯がただ一緒にいる『()』じゃない。

 俺と唯が何かしら恋人的なやりとりをしている場面だ。

 そう考えると、どうすれば正解かだなんて簡単にわかる。


「そのかわり」


 まだ驚いたままの唯に一歩近付いて、鼻先に指を突きつける。


「目隠しはなしにしてくれ。唯と〝カレ〟に見られるってのに、俺だけ目隠しされるのは公平じゃないからな」

「え、でも……うーん」

「唯、お前が俺に言ったんだぞ? セックスとキス以外は『全部』いいって」

「む……」


 ここでこれを言うのは些か卑怯かとも思ったが、これは唯と──〝カレ〟が決めたルールだったはずだ。


「うん、いいよ。わかった」


 意を決したようにうなずく唯の耳元に顔を寄せて、俺は小さく意地悪を囁いてやる。


「それに、〝カレ〟はその方が喜ぶんじゃないか」

「……健司も、ヘンタイだね」


 一緒にするな、と口をついて出そうになるのを何とか押しとどめて、俺は風呂場に視線を向ける。

 それに気づいたらしい唯がくるりと振り向いて、俺の手を取った。


「それじゃあ、お風呂にする?」


 ◆


 バスタイムを終え……先に自室へ戻った俺は、ベッドに座って小さくため息を吐く。

 じわりと湧き上がる自己嫌悪の気持ちと、それと同じに膨れ上がっていく達成感が俺の中で葛藤を引き起こしていた。

 自分から踏み込んだというのに、まるで心が追いついていない。


 ……唯はどうなんだろう?


 唯は俺の提案を拒まなかった。

 つい先ほどまで、俺と唯は確かに『幼馴染』ではなく『恋人同士』だったのだ。

 そんなバスタイムを思いだして一瞬気分が舞い上がったが、なんともすっきりしない。


「……」


 しばらくすれば、この部屋に来るだろう。湯上りの、唯が。


 ──「キスはダメ。セックスも、ダメ。でもそれ以外は、『全部』……いいよ」


 耳に残響する『ルール』が、ゆっくりと俺の理性を削り取っていく。

 浅ましい期待が胸中で膨らんでは、それを必死に振り払うが、まるできりがない。

 俺はもう知ってしまったのだ……それが実現されうる可能性だと。


「……はいるよ?」


 小さなノック音。それと、変時前に小さく開くドア。

 現われた唯は、薄手のキャミソールにショートパンツという些か無防備な姿だった。


「……また、そんな恰好で」

「えへへ、もう気にしないでいいかなって」


 少しだけ恥ずかしそうにした唯が、俺の隣に腰を下ろす。

 肩と肩が付きそうな距離。唯の体温が伝わってきそうな近さ。


「やけにゆっくりだったな? 髪の毛、乾かなかったとか?」


 話題に窮した俺は、幼馴染らしく軽口を叩いて見せる。

 照れ隠しもあったし、何か口にしないと落ち着かなかった。

 だが、この質問は俺にとって選択ミスだったようだ。


「〝カレ〟にちょっと連絡してて。お風呂あがったら着信がいっぱいでさ、全部〝カレ〟からで……カメラで全部見てたよって」


 もじもじと指を遊ばせながら、顔を赤くして報告する唯。

 一方、俺は急に現実を突きつけられたショックで、胸が冷えて痛むのを感じていた。

 結局、俺の行動が〝カレ〟とやらを悦ばせることになってしまったことや、唯がそれを喜ぶのを見て、どんよりとした灰色の敗北感が押し寄せてしまったのだ。


 ……それだというのに、俺はそれを受け入れてしまいそうになっている。


 このちぐはぐさは何だ?

 気持ちのいいものではない。

 奇妙な感情が俺を支配しようとしていた。


「そうか、そりゃよかったな」

「うん。ありがとうね、健司」


 幸せそうに笑った唯が、トンと俺に肩を触れさせる。

 肩から触れる唯の体温が、じんわりと広がって俺はごく自然に腕を回して唯の腰を抱いた。


「うわ、慣れた感じ。さては健司ったら、わたしに黙って彼女作ったことがあるね?」

「ねえよ」


 それはお前だろ。知らないうちに他の男のモノになりやがって。

 俺の気持ちはどうしてくれるんだ。


「でも、健司に頼めてよかったよ。こんな事、他の人となんてできそうにないし」

「俺ならいいって?」

「うん」


 まさかの即答に、迂闊にも胸が高鳴る。

 それが恋愛感情でないことなど百も承知の上で、唯の信頼は嬉しかった。


「〝カレ〟の悩みを聞いて、誰かに頼もうって思った時……一番最初に思い浮かんだのが健司だったもん」

「そうだったのか」

「ていうか、健司以外ないって思ってたかも」


 そう口にしてゆっくりとベッドから立ち上がった唯が、ベッドの反対側にあるスチールラックに設置されたカメラに触れる。


「健司がわたしのこと『女の子扱い』してくれるかどうかだけが心配だったけど、大丈夫だったし、ね?」


 カメラに赤い電源ランプが灯ったことを確認した唯がこちらに向き直って、俺に視線を向けた。

 そのどこか熱っぽい瞳に、俺は生唾を飲み込む。

 女の子扱いなんてものじゃない、今の俺は……幼馴染を、『女』として見ている。


「今日の健司は、やる気だね?」

「……さぁな」

「カッコつけちゃって」


 くすくすと笑った唯が、俺の隣に再び腰を下ろした。


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