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俺は幼馴染の〝彼氏役〟√A'  作者: お徳用エチケット袋
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6.約束

 小鳥遊に秘密を打ち明けた翌日、土曜日。

 優しい後輩の気遣いに心が少し軽くなった俺は、最寄り駅から二駅先のショッピングモールへと出かけていた。……当の小鳥遊を伴って。


 というのも、昨日の別れ際「んで、週末はどうするんスか?」と尋ねられたので、「家にいる」と正直に答えたところ、盛大なため息を吐かれた上で、本日の予定を半ば強引に取りつけられたのだ。


 ──「ダメっスよ。こんな時に一人でいたら沼っちゃいますって」


 あのように無様を晒した以上、このように心配されては断りきれない。

 俺としても気分転換したい気持ちがあったので、このお誘いは嬉しかった。


「さすが土曜は人が多いっスね」

「まぁ、ここらじゃいい娯楽だしな」


 郊外型の大型ショッピングモールであるここは、大量の専門店に加えて映画館も併設されている。

 俺達が歩く一階部分には、メインストリートを兼ねたちょっとした催事場もあり、六月の今は夏休みに向けた水着のフェアが開催されていた。

 大量に展示されている水着の一つを手に取ってはしゃぐ小鳥遊。


「水着! いいっスね。自分も高校生っスし、こういう大人っぽいのを一着買うべきっスかね?」

「大人っぽいねぇ……」


 ご機嫌そうにする小鳥遊だが、俺はそっと目を逸らす。

 この後輩は小柄であるという以上に些か幼い印象を受ける容姿をしていて、つまるところ中学生のころからほとんど変わっていないように思えた。

 下手をすれば、発育のいい小学生よりも身体面では幼いかもしれない。


「……なんスか」

「なんでもない」

「誤魔化すのヘタなんスから、さっさと白状した方がいいっスよ?」


 いかにも『大人っぽい水着』を手にしたまま、小鳥遊が俺に詰め寄る。

 体のラインがはっきり出るであろう、ややきわどいビキニ。

 白と水色のカラーリングは明るい小鳥遊のイメージにもぴったりだが、これを彼女が着こなすのはやや難しそうだ。


「あー、なんだ……。色合いはいいんだが、その水着は小鳥遊のイメージじゃないかなーと思うんだ」

「む。じゃあ、先輩が選んでくださいっス」

「どうしてそうなる」

「いいじゃないスか。ダメ出しした責任はとってもらうっス!」


 俺の手を掴んで、女性モノの水着がずらりと並ぶ催事場に引っ張っていく小鳥遊。

 瞬間、唯との『恋人繋ぎ』を思い出してしまった。

 この子犬のような後輩にそんなつもりは毛頭ないだろうことは理解しつつも、握られた手の柔らかさに一瞬ドキリとしてしまう。


「さぁ、選んでくださいっス」

「俺の趣味になっちまうぞ?」


 俺の言葉に、小鳥遊が初めて見る顔をした。

 驚いたような、たじろいだような、そんな顔だ。


「やっぱ嫌なんじゃないか? 自分で選んだ方が──」

「ち、違うっス! 選んでほしいっス! 先輩の趣味、全開でお願いするっス!」

「趣味全開って」


 後輩の勢いに思わず吹き出してしまう。

 なんだか、久しぶりに笑った気分だ。

「よし、わかった。俺が責任を持って小鳥遊にぴったりなのを探すよ」

 俺は握られたままの小鳥遊の手を引いて、夏の気配がする催事場をゆっくりと見て回ることにした。


 ◆


「健司、いる?」


 そんな言葉と共に、窓をノックする音が聞こえたのは日曜日の夕方。

 日がそろそろ落ち始めようかという時間のことだ。

 窓を開けると、もう部屋着に着替えた唯が窓枠を越えて部屋に入ってきた。

 玄関から入ってくればいいのにとも思うが、これも俺と唯の大切な『日常』だ。


「おかえり、唯」

「ただいま。週末は羽を伸ばせた?」

「まあ、それなりに」


 あえて「そっちは?」とは聞かない。

 彼氏の元に()()し、このようにご機嫌な様子で帰ってきたのだ。

 つまり、聞くまでもない。


「じゃあ、彼氏役再開ってコトで。今週もよろしくお願いします!」


 ベッドの上に座る唯が、芝居がかった様子で深々と頭を下げる。

 それに苦笑しつつ、俺は少しだけ深呼吸して口を開く。


「ああ。よろしく」

「うん。お夕飯は? 一応、材料買って帰ってきたんだけど」

「実は、唯が帰ってくるのを待ってたんだ。ペコペコだ」

「なら、よかった。じゃあ、材料もって戻ってくるから玄関開けといて」

「もう開いてるよ」


 俺の返事に頷いて、再び窓の外へ出ていく唯。

 それを見送って、昨日の小鳥遊との別れ際の事を思いだす。


 ──「唯さんの彼氏のことについては任せてくださいっス」


 ──「自分も、今回の事はちょっと納得できないんスよ」


 ──「先輩は唯さんに怪しまれないようにだけ注意してくださいっス」


 そう釘を刺されてしまった。

 だから、俺は役どころ(キャスト)を演じることに専念しよう

 そういう風に心の中で決めてしまえば、『彼氏役』だってそう悪くはない。


 少なくとも、対外的には『唯の彼氏』として振舞えるのだ。

 学内で唯に近づこうとするやつらを牽制するには丁度いい立場ともいえる。

 ……これで、いいはずだ。


「健司ー? キッチン、借りるね?」

「ああ。俺もすぐ下りるよ」


 玄関から戻ってきたらしい階下の唯にそう声をかけて、俺はちらりとスチールラックのカメラに視線を向けた。

 電源が入っていないため赤いランプは消えているが、この先にいるであろう〝カレ〟に、俺は心の中で小さく宣戦布告をする。


 見てろ……俺はすでに動き出しているのだからな。

 必ず正体を暴いて、このふざけた状況を終わらせて見せる。

 たとえ、これが『愛の形』とやらであっても、だ。


「……絶対に追い詰めてやる」


 それだけ小さく口にして、俺は唯の待つキッチンへと向かう。

 机の上にはすでに携帯コンロが置かれており、湯気を立てはじめた鍋が鎮座していた。


「今日はねー、豆乳鍋です。まだ夜はちょっと冷えるし、いいでしょ?」

「ああ。唯が作るものならなんでもいい」

「わお、素直。うん、でも嬉しいな。健司にご飯作ってあげようと思って、料理の腕磨いてたところあるし」


 何やら準備をしながら唯が口にした言葉に、思わず「え」と声を漏らしてしまう。


「なによー。健司ったら約束忘れたの?」

「えーっと……約、束……?」


 唯の言葉に、不安じみた何かがじわじわと染みていくのを感じる。

 思い出さなくてはいけないが、思いだしてはいけないような……曖昧な何か。

 少なくとも今は思い出すべきことではないと、心が警鐘を鳴らしている。


「もう。まあ、子供の頃の話だし仕方ないけど。ほら──」


 この先を聞いてはいけない、と身構えたが……それは結局、唯の口から何気ない様子で放たれ、俺に古くて残酷な約束を思い出させることになってしまった。


「──『ケッコンして毎日、唯ちゃんにゴハン作ってもらうの』って」

「あ」


 頭の奥にガツンとした衝撃を受けた気がした。

 確かに、かつての俺はそんなことを言った。小学校に上がる前の話だ。

 子ども同士の他愛のない約束。微笑ましい、未来への望み。

 ああ、あの頃の俺は……唯との未来を疑いすらしていなかったのだ。


「ま、おかげ様で〝カレ〟にご飯作ってあげられるし、結果オーライなんだけどね」

「すまない、唯。俺は……」

「いーのいーの、気にしないで。わたしだって覚えてるだなんて期待してないわよ。小さい頃の話だし」


 唯の何気ない「期待してない」という言葉が胸に深く刺さる。

 つい先ほど、〝カレ〟に対して燃やした闘志が、あっという間にしぼんでいくのを感じた。


「はい、完成! 唯ちゃん特製豆乳鍋です」

「……うまそうだ」

「もう、そんなに落ち込まないでよ。わたしだって、忘れてることいっぱいあるだろうし」

 そうは言うが、大切なことをすっかり忘れていた自分をすぐには許せそうにない。

「……でね、話変わるんだけど」


 意気消沈する俺をよそに、唯が俺に向き直る。


「〝カレ〟から健司に伝言があるの」

「伝言? 唯の彼氏から?」

「うん。はい、これ」


 唯が差し出したのは、名刺ほどのサイズの二つ折りになった、シンプルなメッセージカード。


「唯は? 中見知ってるのか?」

「ううん、知らない。〝カレ〟が『これは男同士の秘密だから』って。だから、わたしに見せちゃだめだよ?」


 そう言って、くるりと背を向ける唯。

 ……今、ここで開けろということか。

 小さく固唾を飲んでから、おそるおそるメッセージカードを開く。

 そこには丁寧な字で、シンプルな言葉が書いてあった。


 ──『もっと積極的に』。


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