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俺は幼馴染の〝彼氏役〟√A'  作者: お徳用エチケット袋


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エピローグ

 小鳥遊とあった翌日、土曜日の昼下がり。

 先週の如くランニングに出ていた俺の元に小鳥遊からのメッセージが届いた。

 短い『笠森利彦のメールアドレスです』というメッセージの下には、スマートフォン用と思われるメールアドレスが記載されていた。


 仕事が早い後輩で助かる。

 全部終わったら一つお願いを……なんて言われていたが、こう優秀だと一つと言わずいくつも聞かなきゃいけないな。


『ありがとう、小鳥遊。しかしお前、これどうやって?』

『学生証に比べたら軽いもんですよ』


 ……文面から察するに、村井先輩の兄に頼んだってところだろうか。

 村井先輩と気まずくなっているというのに、なかなか無茶をする。

 だが、そんな小鳥遊のおかげで俺は笠森との対決に挑めるわけだ。


『連絡、とってみるよ』

『笠森から唯さんにバレたりしないですか?』

『わからない。だけど、ここまで来たらやるしかないさ』

『応援してます』

『ああ、サンキューな。明日、会えないか? 何かお礼をさせてくれ』


 既読がついてから、やや間があって返信。


『明日は外せない用事があります』

『そうか。じゃあ、金曜日だな』

『わかりました。楽しみにしています』


 小鳥遊のメッセージに『OK!』とスタンプを打って、俺はスマートフォンをしまい込む。

 うまくすれば、その金曜日にはすべて終わっているかもしれない。


 決行日は、月曜日に決めた。

 おそらく、この週末は唯と一緒にいるだろうから、日曜日の夜……俺の家に唯が来た時点でメールをして、月曜日に呼び出すのがベターだろう。

 ここまで小鳥遊に頼りきりだったが、ここからは俺の頑張りどころだ。


 ゆっくりと緑地公園をランニングしながら、俺は〝カレ〟なる笠森と何を話すべきかを考える。

 ここのところ、当初のような深い嫌悪感や吐き気を催すことがなくなった。

 まったく心がざわつかないかと言えばそうではないが……原因は、唯だろう。

 俺の幼馴染は〝カレ〟をあまりに好きすぎる。


 少し話題を振ってやれば惚気るし、俺にあんな風に接していても心はいつも〝カレ〟に向いていた。

 加えて、俺への信頼が無邪気すぎる。というか、あまりに鈍い。

 いろいろと『それらしい』触れ合い方をしたところで、俺に恋愛感情があるわけではないのだ。

 俺だから許容できるというだけで、あくまで笠森との愛を確かめる行為の一環なのだろう。


 ……つまるところ、俺に勝ちの目はない。


 では、何を話そうというのか。

 俺が本当に聞きたいのは『今後もこんなことを続けていくつもりなのか』ということだ。

 例えば、俺が『彼氏役』でないとしても。

 俺はいい。唯以外に好きな女などいやしないし、極論──唯が幸せであるなら、このままいつまででも彼氏役を続けたっていい。


 それが社会的に、また他人にどう映ろうが、これが俺の『愛のカタチ』だ。

 ずっと一緒に過ごしてきて、何年も片思いをしている相手だからこそ自分のものにしたいという強い気持ちはある。

 唯と本物の恋人同士になれるというのは、俺の欲望を満たすベターな結末と言えるだろう。


 だが、そんな押しつけがましい好意と欲望で、大好きな幼馴染の幸せを壊したくないとも考えているのだ。

 だから、まずは〝カレ〟と、笠森利彦と話がしたい。知りたい。

 唯の愛する彼氏が、唯と唯との未来について……どう考えているかを。


 ◆


「お待たせした」


 月曜日の午後九時。

 夕食のピークを過ぎた郊外のファミリーレストラン。

 人影はまばらで、お互いに無関心が行き届いていたこの場所は、決戦の場としてぴったりに思える。

 そんな中、俺の居座るテーブルに現れたのは、眼鏡をかけたひょろっとした優男──笠森利彦だった。


「顔を合わせるのは初めてだね。僕は……」

「笠森さんだろ?」


 言葉を遮る俺に、苦笑してうなずいて向かいの席に腰を下ろす笠森。

 こざっぱりとしたデザインのジャケットに、柄物だが落ち着いたシャツ。

 まるで、普通の大学生にしか見えない。

 オーダーを取りに来た店員にドリンクバーを頼んで、俺に向き直る笠森。

 気まずさらしいものが見え隠れこそするが、その目はしっかりと俺を向いていた。


「こうして君と話す機会がいつか来ると思っていたよ。思ったよりも早かったけど」

「俺は一刻も早くあんたと話がしたかったよ」

「そう、だろうね。だけど、まあ……想定の範囲内かな」


 笠森の言葉に、俺の我慢を保持する何かがいくつか切れた音がした。

 まるで悪びれもしないなんて。


「どういうことだ?」

「それは、僕の口から語ることじゃないよ」


 軽く苦笑した笠森が、言葉と共に俺の背後に視線を向ける。

 それに誘導されて振り返ると、そこには些か意外な人物が立っていた。


「……唯?」


 今日、ここに来ることは教えていなかったはずなのだが。


「ごめんね、健司」

「とりあえず、座ったらどうかな?」


 頭を下げる唯に、笠森が声をかける。

 事態がよく呑み込めないままの俺の隣に、唯が腰を下ろした。

 座る場所は、そこではないだろう?


「えっと、どういう……」

「聞いてた通り、ちょっと鈍感なんだね? 君の隣に唯ちゃんがいるってところで、気が付きそうなものだけど。つまり、()()()()()()さ」

 訳知り顔の笠森と、幼馴染の顔を交互に見る。


 笠森はにこにこと笑い、唯はただただ恥ずかしそうにしている。


「唯ちゃん、ネタばらしの時間だよ。そろそろ、健司君がかわいそうだし……君も、向き合わないとね」

「う、うん」


 意を決したように、唯がこちらに向き直る。


「あの……あのね、全部、ウソなの」

「嘘?」

「うん。わたしに彼氏がいるのも、性癖のことも、全部」


 唖然とする俺を前に、唯が続ける。


「健司のこと、ずっと好き……だったんだけど、全然、そんな感じにならなくて。それで、作戦、立てたの」

「作戦?」

「うん。健司に、わたしを幼馴染じゃなくて、女の子として見てもらう作戦」


 ぽつりぽつりと唯が、真相を口にする。

 曰く、高校に入っても俺と『男女』として進展しないことに焦りを感じていた唯は、一年生の時から部活仲間に相談をしていたそうだ。

 そして、それに興味を持って協力してくれたのが村井先輩──と、目の前にいるその兄だったらしい。

 つまり、目の前でニコニコ笑っているこの男は『笠森』などではないということだ。


 最初は『唯に彼氏ができた』という情報を流して、俺に意識づけをしたり男避けにするだけのつもりだったのだが、友人も少なくそういった情報に疎い俺は、まったく気づかなかった。

 それで、今回の騒動となる『作戦』を実行することになったという。


「じゃあ、カメラは?」

「ただのジャンクだよ。オンラインでもないし、録画もしてない。気分を盛り上げる小道具だね」

「……うそだろ……?」


 色んな感情がないまぜになって、俺はがくりと肩を落とす。

 そんな俺の背後で、またもや聞き慣れた声がした。


「ドッキリ大成功ってやつッスね!」

「小鳥遊?」

「えっへっへ、自分も途中から一枚かませてもらったっス!」

「お前まで……!」

「いやー、バレちゃわないか、ヒヤヒヤしたっス!」


 おのれ、演技派後輩め。

 いや、俺が鈍感バカなだけか?


「事情は分かった。ちょっと大掛かり過ぎだと思うけど」

「ごめん、健司。こうでもしないと、わかってもらえないって思って……」

「はぁー……俺の胃痛は何だったんだ」


 軽く腹を押さえつつも、思わず笑いがこみあげてきてしまった。


「なぁ、唯。お前こそ、気が付いてなかったのか?」

「え」

「俺って、ずっとお前のことが好きだったんだぜ? ずっと、言い出せなかったんだけどさ」


 俺の言葉に、唯が目を丸くする。


「わかんないよ、そんなの。いつも通りだったもん……!」


 目じりに涙をためながら、少し怒った顔をする唯。

 怒ってても、可愛い。


「それじゃ、これ以上は野暮だし……僕は帰るよ。君もね、小鳥遊さん」


 ひらひらと手を振って去っていく村井さん。

 残った小鳥遊が、俺に小さく笑う。


「これで、自分は失恋っス!」

「小鳥遊……」

「先輩の事、好きだったっス。でも、唯さんと両思いなのも、知ってたッス」


 泣き笑いの顔で、小鳥遊がぺこりと頭を下げる。


「明日からは、また後輩としてかわいがってやってほしいっス!」


 言うことを言い切ったらしい小鳥遊が、くるりと後ろを向いて駆けていく。

 そんな小鳥遊を黙って見送るしかなかった俺は、意を決して唯の手をぎゅっと握った。

 こうまでされては、もう伝えるしかないと思った。


「ごめんな、唯。俺が意気地なしだったから、こんな遠回りをさせた」

「ううん。でも、ちょっと楽しかったかも。健司が、わたしのことで嫉妬するなんて、思わなかったから」

「そういうとこ、ちょっと性格悪いぞ?」


 苦笑する俺の手に、唯がそっと手を重ねる。


「おしおき、しちゃう?」

「……帰ったら覚悟しろよ、唯」


 俺の返答に、幼馴染が笑いながら『ルール』の改訂を口にする。


「うん──キスも、セックスも、全部……いいよ?」


~ √A' fin ~


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