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俺は幼馴染の〝彼氏役〟√A'  作者: お徳用エチケット袋


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13.揺れる、沈む

「……ッ!?」


 ハッとしてがばりと身体を起こす。

 窓の外はもうずいぶんと明るくなっていて、うたた寝のつもりがかなり深く眠ってしまっていたことを俺に自覚させた。


 壁にかかっている時計を見ると、時間は午前七時。

 あくびをしながら、俺はソファに放り投げられたままのスマートフォンを確認する。

 もしかしたら小鳥遊からの返信があるかと思って。


 しかし、スマートフォンのホーム画面には特にその表示はない。

 もしかして、通知に出ていないだけかとメッセージアプリを開くが、昨日送ったメッセージはまだ未読のままで残っていた。


「……」


 こんなことは珍しいな、と俺は少しばかり訝しむ。

 小鳥遊はこまめに返信をくれるヤツなので、その事実に一抹の寂しさを感じた。

 さりとて、昨日は小鳥遊も疲れていたのだろうし、まだ寝ているのかもしれない。

 起こすのも悪いのでメッセージは送らずに、昨日届いた〝カレ〟の学生証の画像をもう一度確認することにする。

 ネットで調べたら、何か出てきたりするだろうか。


「健司、いるー?」


 二階から突然聞こえた唯の声に、思わず肩が跳ね上がる。

 日曜日なのに唯が家に来るなんて、完全に不意打ちもいいところだ。


「ああ、一階にいるよ」

「今日は早起きだねー」


 部屋着がわりかTシャツにショートパンツ姿の唯が、とことこと階段を下りてくる。

 髪の毛がところどころ跳ねているところを見ると、昨日は自宅にいたらしい。

 まあ、毎週末出かけるという訳にもいかないのかもしれない。


「おはよう、唯」

「うん、おはよう。朝ごはん、食べるでしょ?」


 勝手知ったるといった様子でキッチンに向かう唯の背中に視線をやって、俺はソファから立ち上がる。

 〝カレ〟の顔を知ってしまったからだろうか?

 今までぼやけていた〝カレ〟のイメージがはっきりとしてしまって、あの男が唯を抱く想像に『リアリティ』が付加されてしまった。

 それが起き抜けの俺の心に、陰鬱な火をくべてしまったようだ。


「わわっ……?」


 唯に背中から抱き着いて、唯の後頭部に頬ずりする。

 幼馴染のところだからと油断……あるいは何かを期待していたのか、ラフな格好の唯は柔らかく温かかった。


「もう、危ないよ? 包丁、持ってるんだから」

「いまだけ置けば?」

「だーめ。いま朝ごはん作ってるの。あとで、ね?」


 そう苦笑して、俺に皿を渡す唯。


「これ、並べておいて。えっと、今日はわたし……一日フリーだから」

「〝カレ〟はいいのか?」

「うん。ホントは今日会う予定だったんだけど、都合が悪くなっちゃったみたいでドタキャンされちゃったの」


 口ぶりとは裏腹に、唯はそこまで気にしていない様子に見える。

 普段と変わらぬ様子に、小さく首をかしげていると唯が俺ににこりと笑った。


「休日に健司と一緒なんて、久しぶりじゃない? せっかくだから恋人らしくデートでも行く?」

「うーむ」

「何を唸ってるのかしら……」


 唯はそんな風に苦笑するが、俺には俺の葛藤がある。

 この可愛い片思いの相手と、恋人としてデートするというのは、またとない機会だと思う。

 しかし、それに唯とその彼氏がどんなメリットを見出しているのだろうか……と考えるとどうしても〝カレ〟の顔がちらついてしまうのだ。


 唯は「ドタキャンされた」と言っていたが、もしかするとこの状況すら〝カレ〟──笠森に仕組まれている可能性がある。

 最近カメラに映る、俺と唯の性的な接触によるリアリティショーは、きっとお気に召しただろう。

 だから、次はもっと日常的な……『休日の恋人の時間』を俺に奪わせるマゾヒズムが、ご所望なのかもしれないと考えると、素直に喜べない俺がいるのだ。

 〝カレ〟が『笠森利彦』という実体を持ったことで、俺の疑心暗鬼はさらに深まってしまった気がする。


 思考の渦が絡み合っていく中で、ふと「小鳥遊に会いたい」と思った。


 目の前に唯が──片思いしている幼馴染がいて、休日にデートなんてイベントがぶら下がっているのに、俺はあの優しい後輩に悩みをぶちまけたくて仕方なくなってしまっている。


「どうしたの? 体調悪い?」


 唸ったままの俺を心配して、唯が頬にそっと触れる。

 だが、この言葉は助け舟だと思った。


「昨日はソファで寝落ちしたからな……。途中で体調崩すと悪いし、デートはよしておくよ」

「そっか、残念。でも、食欲はあるみたいでよかった」

「ああ、せっかく誘ってもらったのに、悪いな」

「いいよ、お互い急だったし。今度はちゃんと計画立てて遊びにいこ」


 そう微笑む唯に、バツの悪い作り笑いをした俺は「楽しみだ」と虚実の混ざり合った曖昧な返答をするのだった。


 ◆


 ただただ気怠い週末の日曜日を過ごした、その翌日の月曜日。

 しとしとと緩い雨が降る中、いつも通りに唯と二人で登校する俺の心は、雨雲立ち込める空と同じくらいにもやもやとしていた。

 というのも、結局昨日は小鳥遊からの連絡がなく、既読もつかなかったからだ。


 何か気に障ることをしてしまったのだろうか?

 それとも他に何か事情があるのだろうか?

 いずれにせよ、話してみなければわからない。

 今日、学校で会えるといいのだが……。


「浮かない顔してるね? 月曜日だから?」

「そうかもな。六月は祝日だってないし、こうして雨も降るし……気が重いよ」

「でも、もう少ししたら夏休みだよ」


 確かにもう六月も半ばを過ぎた。あと一ヶ月と少しすれば、夏休みになる。


「夏休みは楽しみだな。課題があまり出ないといいけど」

「一緒にやったらいいじゃない。すぐに終わるわよ」

「あてにさせてもらう」


 そんな話をしながら歩くことしばし、俺達は学校へ到着した。

 下駄箱を抜ける際に、ちらりと一年生の教室がある方向へと視線を向ける。

 小鳥遊がいないかと思って。

 あいにくとその姿はなかったが、唯と別れて教室へ到着した俺に小鳥遊からのメッセージが届いた。


 内容は「昨日は返事ができなくて申し訳なかったっス」という旨のもの。

 スマートフォンの電源が切れたことをうっかり忘れて、鞄の中に入れっぱなしにしていたらしい。

 『また金曜日に』と締めくくられたメッセージを読み終わって、俺は小さく胸をなでおろす。

 土曜日の話は一刻も早く聞きたいところだが、平日は良くも悪くも俺と唯はべったりとしている。


 小鳥遊と大っぴらに会うのは、リスクが高いだろう。

 唯とも知った仲である以上、小鳥遊と会うと話せばついてきてしまう可能性もある。

 ホームルーム前なので『わかった。じゃあ、金曜日に』と手短にメッセージを返すと、すぐに既読がついて『OK!』と大きく描かれた犬のスタンプが返信されてきた。

 いつも通りの小鳥遊に安心して、俺はスマートフォンをポケットにしまう。

 丁度、そのタイミングで担任教諭が教室に入ってきた。



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