4-08 転生女神に惚れました。
死んでしまったヘルロは転生担当の女神セルピナに一目惚れをしてしまった。
真っ直ぐなヘルロはただ彼女の隣に立ちたいと、来世の転生条件などが前世に積んだ徳で決められると知った彼は、神に至るだけの徳を稼ごうと決意するのだが……。
ひどくぼやけた意識の中。俺は誰かの朧気な輪郭を視界に捉えていた。
「良かった。どうやらちゃんと保てていますね」
透き通った女性のソプラノボイス。始めて聞いたはずの声なのに、聞き覚えがあって、何故か寂しさと苦しさが同時に胸を締めつける。どうしてこんな感情を抱くのかと、ぼやけた頭で考えてもわからない。その事実がより苦しさを膨らませる。楽になろうと、胸をさすろうとして気づく。
――手も足も、動かない? というか動かし方が、わからない。
首や腰、舌や口も同じだ。今動かせるのは思考だけ、身体そのものが無いかのように一切動くことが出来ない。
この状態は夢の中か? いや……。
「あなたはすでに死んでしまって、ここにいるのです」
思考に割り込むように、突飛な回答が飛んできた。
死んだ? それなら何故意識があるというのか、俺は……あれ。
自分がヘルロという名前だということ以外なにも思い出せない。
思い出せないが、死んだなんて受け入れられるわけが無い……。
――無かったのだが、ぼやけた視界がわずかに晴れ、俺へ死を告げただろう女性を視界に捉えて考えが変わった。
夜を宿した様な漆黒の長髪に、これが黄金比なのだと無知な俺ですら理解出来る程整った東洋系の顔。蛍のような光球を写した鳶色の瞳を、死んだ俺の心情を案じてくれているのか悲し気に細めてくれていた。
その姿に半覚醒だった意識が一気に覚醒し、もう無くなっていると主張していた心臓から、太鼓を早打ったような心音が確かに、聞こえてくる。
一目惚れだった。僅か二言の一方的なやり取りだけで、俺は名も知らぬ女性へ恋をしてしまった。
だから、俺は死んだのだ。この見るからに嘘を付けなさそうな彼女がそういうのだから。
「こっ、こっほん……さ、さて、今世を生き抜いたへ……あなたに私命の神セルピナからのギフト、次の来世の選択兼を与えましょう」
彼女はそう言って撫でるように手先を振り、光る文字を空中に浮かべた。
そうか、セルピナさんって言うのか素敵な名前だ、ん? 神? 女神? って何してるんだ? それとギフトって……。
僅か数秒の間にもたらされた爆弾的な情報に考停止状態になっていれば、目の前に文字達が移動してきた。
そこには産まれの環境や才能がすらりと記載されていた。セルピナ様の説明から考えればこの中で選んだものが次の人生での才や産まれになるのだろう。何があるのかとリストを眺めていれば、とある文字が目にとまった。
――『神へと至る:弐万』
その文字にやはり、無いはずの心臓が唸る。
神へと至れれば、セルピナ様と同種、同類の立場になれる。神としての各とか、彼女にもう相手がいるかもとかは関係ない。これを選ぼう。と、セルピナ様に伝えようとしたが、手段が無いことを思い出す。
「あっ、すみません。その状態では何もできませんね」
そう言ってセルピナ様が手をかざすと、身体操作できるという確信が感覚が頭に浮かんできた。
選べるようになったならと、神へと至るに触れたが、拒否するかのように文字が震え、指が押し返された。
「あぁ、すみません。選べるのはこの数字、前世で積んだ徳の値分だけなんです」
彼女は一万六千と表示されている、他より大きく表示された値をさしてから、俺が選ぼうとした項目の『弐万』という数字をなぞる。
そりゃあ足りないか。いや、待てよ……。ふといくつかの選択項目が視界に入り、とある案が浮かぶ。
「セルピナ様。この値使わなかった分は、再来世の転生時に持ち越せるのですか?」
「えぇ、可能ですよ」
彼女の回答から俺はギフトを選択する。
「これで転生します」
「え、えっと……」
選択したギフト達を彼女に見せれば困ったように俺を見つめてきた。
あぁ、その表情も可愛いな……。
「あ、もしかして五つ選択するのは駄目でしたか?」
「数は大丈夫なのですが、あなたは現状記憶を失っているようですので、こちらの記憶を維持して転生:五百、の意味がないのではないかと」
「いえ、これはむしろ必要です大丈夫です」
記憶なんて、神へと至る決意と彼女の姿を思い出せればそれでいいのだ。
この五百にはそれだけの、それ以上に価値がある。俺が生きる目的に必須だ。
「わ、分かりました。記憶を維持して転生:五百、成人年齢で世界に転移:二千、そしてランダムな才能:五百を二個で間違いないですね」
「はい間違いないです」
「はぁ……分りました。では今からあなたを転生させます」
彼女はそう言って俺の額に触れ、
「それでは新しい人生を楽しんで下さい」
と見送りの言葉をかけると、俺の視界を眩い光で覆ってきた。
光が収まればそこはセルピナ様がいた空間ではなく、どこかの町の外れだった。遠くからは人の営みの雑踏が聞こえており、人はいるんだなと安堵する。
雑踏の方へ足を動かせば、次第に人が増えていき、思った以上にしっかりした街だった。
散策していれば、子供達が猛スピードで目の前を駆け抜けていった。
「待って! 返して!」
何かを握っている男の子を女の子が必死に追いかけていた。女の子への悪戯か?
なんて眺めていれば、女の子は周りが見えていないのか、スピードを出した馬車の前へ出て、こけてしまった。
「危ない」
自然と足が、女の子を助けるように抱き抱え、後ろへ飛び退く。
「お嬢ちゃん大丈夫?」
「う…うん……大丈夫。ありがとうございます」
女の子を立たせ、服についた砂埃を軽く払う。怪我はしてないようだな。
「お、なんだアンナダッセー」
「コラ! こんな状況で何を言ってるんだ死んでたかもしれないんだぞ、それに、そんな風にからかったら嫌われちゃうぞ、いいのか?」
「う、うるせーそんなブスに嫌われたってなんも問題ねーよ。俺も嫌いだし、むしろせーせとするぜ」
「アンナ、タクヤ君嫌い。私、お兄さんみたいに優しい人が好きだもんお兄さん。大好き!」
「なっ! アンナ!?」
「ふん、知らない、ベーだ」
アンナちゃんの言葉にタクヤ君が手に持っていた物を奪い取ると、どこかへ駆けていった。
「ちょ、ちょっとまてよアンナ!」
何が起きたのか、ワンテンポ遅れて理解したタクヤ君もアンナちゃんを追うように駆ける。
二人の背を眺めて、あの二人のように楽しむかと、セルピナ様の言葉を思い出していれば、突如胸の奥から激痛が走り、事態を理解する間もなく視界が暗転し意識が途切れた。
気づけば俺の目の前にはセルピナ様が申し訳なさそうに立っていた。
「セルピナ様?」
「ごめんなさい」
事態を飲み込めずに、彼女の名前を呼べばこれでもかと感情が込められた謝罪が返ってきた。
「えっと、とりあえずどういう状況ですか? ここにいるって事は死んだんですよね?」
状況から死んだのは分っても。死ぬような事態になる覚えが無い。
彼女は俺の問に気まずげに頷くと、手を払って何か文字を見せてきた。
『確定で人に転生する。記憶を維持して転生。成人年齢で世界に転移。魅了(中)。魔法剣の才。冥界神の嫉妬』
俺が選んだ才能と、知らない三つ。二つはランダムで選んだ奴なのだろう。じゃあもう一つは?
「その冥界女神の嫉妬ですが、神の呪いです……」
申し訳なさそうにその効果を説明してくれた。
――冥界神の意外に惚れたり惚れられたりしたら死ぬ。
これもしかしてアンナに惚れられたから死んだのか? 魅了なんてギフトも付いてるみたいだし……。
いや、うぬぼれはよそう。セルピナ様に改めて惚れたから死んでしまったのだろう。
切り替えよう。ポイントも記憶もあるのだ。でも死んだってことはギフトは選び直しか、キツいな。
「ヘルロさん、提案なのですが。私の祝福を受けませんか? そうすれば、生まれ直すさずとも大丈夫になります」
セルピナ様からの祝福なにかは分らないが、セルピナ様からしてもらえるなら大歓迎だ!
「はい! 是非お願いします」
俺が同意すると彼女は頷いて、浮んでいる文字に一文書き加えた。
セルピナの贖罪(神によって死んだ場合、死ぬ前日直前までの間で自由にやり直せる)
「これ凄いですね! それじゃあ早速やり直してきます! 」
説明文をみるや、まだ神を目指せると俺はギフトを使用した。
☆★☆
「はぁ……」
彼、ヘルロさんが先程までいた場所を眺めながらため息を零す。
「失敗しました。まさか、記憶をなくしてまで私に惚れてくれるなんて……」
この空間において、彼の思考全ては筒抜けで、普通に私への恋慕が聞こえていた。顔が熱くなるのを抑えようと手うちわで顔をあおぐが、全く効果はなかった。
死と再生を司る転生の神にして冥界派閥の女神。
そんな私に惚れて、私に並び立とうと七度もの生を費やし、記憶を失ってしまっても惚れ直して、神へ至ろうとするなんて……。そんなの、惚れるしか無かった。
その結果、彼を大好きという少女を見てつい嫉妬の呪いをかけてしまった。
「はぁ……最低ですね。私……」
「なにが最低なんですか?」
聞こえるはすのない声が聞こえ、視線を向ければ不思議そうな顔を浮かべたヘルロさんが立っていた。
「な、なんでここにいるんですか?」
「困っているご婦人を助けたら、何故か死んでました。死ぬと一旦此処に戻ってくるんですね」
あははと笑う彼に、私は苦笑いを浮かべる。
私と彼の恋路は前途多難、なんだろうな。