4-07 神絵師のデルド
女神のような少女に憧れ、神を描く画家となった一人の男の物語です。
彼女は女神だった。
天から舞い降りた少女は雲の色で織られた衣を身にまとい、空色の剣で空を斬る。
僕らに襲い掛かってきた敵の戦闘機は女神の薙ぎ払った剣に切り裂かれ、虚空へと消えていった。
僕は飛行機の窓越しにその姿をただただ見ていた。
彼女の姿はそれはもう美しくて、その時の映像が今でも僕の瞼の裏に染みついている。
僕は彼女に惚れていたのかもしれない。
いや、きっと僕が彼女に抱いていた感情はもっと高尚なものな気がする。
それが何かはいまだにわからない。
*
僕は画家だ。
背中に画架や画材を背負って、国の各地を回っている。
僕は空軍を退役してから、趣味だった絵を仕事にすることにした。
理由?そんなもの決まっている。
僕はあの日見た女神を追い続けているんだ。
そのために戦場をめぐり続けている。
今日もそんなわけで戦場に来ていた。
時代は変わりゆくもので、このウィンダール王国が最強であった所以である空軍も大幅に縮小されていた。
いま、戦場をかけるのは「戦乙女」と呼ばれる大量殺戮兵器だった。
空を駆け巡り、手にした聖剣で地上の戦車や空を飛ぶ戦闘機を次々と撃ち落としている。
この聖剣が「戦乙女」を最強たらせしめるものであった。
選ばれた少女だけが身に着けることのできる神代の武器……
これが戦場の常識を変えた。
僕はただその圧倒的な強さをキャンバスに描く。
戦乙女の絵を描くのは自分のパトロンのためだ。
そして、その仕事で重要視されるのは、速さと写実性。
「終わった」
画架を背中に背負い。画材をバッグに詰め込む。
目的が済めば戦場にいる理由なんてない。
戦乙女の爆撃に巻き込まれて死ぬなんてまっぴらごめんだ。
「ああ、今日もあの女神様は現れないか」
おもわず、声に出してしまった。
もとから当てなんてない。
いい年してそんなおとぎ話みたいなものを追いかけてるなんてよく馬鹿にされるもんだ。
僕は戦場の平野を後にした。
たしか今歩いている林道の先に古い城下町があったはずだ。
そこで宿に泊まって、今日の画を完成させよう。
あの町は確かうまい飯を安い値段食える店があるって聞いたんだよなぁ。
そこに行くのもよさそうな気がする。
そんな感じで、小さな幸せが待っているであろう、近い未来に想いを馳せながら道を歩くわけだが……
この世の中、様々な偶然が積み重なっているわけで。
「女の子?」
僕は帰り道の林道で偶然にも倒れている女の子を見つけてしまう。
多分14歳ぐらいだろうか?まだ少し幼さを感じさせる顔であった。
生きているのだろうか。僕は胸に耳をあてた。
大丈夫だ。ちゃんと心音がしていた。
「大丈夫ですか?」
彼女に問いかけるが返事はない。
外傷はない。
「やれやれ、ほっとくわけにはいかないよな」
あいにく背中は空いていない。画架やら画材や旅道具の入ったリュックが占領している。
「お嬢さん失礼しますよ」
僕は倒れている女の子の体の下に手を通し、抱き上げた。
まあ、要するにお姫めさまだっこするのだが……。
「軽い」
彼女は驚くほど軽かった。
まるで空気を食って生きているのだろうかと感じるほどだ。
もうすぐ日が落ちる。早めに戻らなければ。
僕は少女を抱き上げ、林道を再び帰路へと歩き出した。
*
「よっこらせ」
宿につくと僕は女の子をベッドに寝かせつかせた。
パンパンのリュックを床に下ろす。
さすがに疲れた。
軍人やっていたころなら余裕だったかもしれないけど、旅道具と画材に加えて女の子をを抱えているわけだから、それは疲れるものだ。
椅子に座り、バッグの中に入っていた残りくない葡萄酒で、乾燥したパンと干し肉を流し込む。
ホントはこの町のうまい飯屋に行くはずだったが、この女の子から離れるわけには行けないだろう。
こうして、俺の抱いていた小さな幸せに対する機体は壊されてしまった。
ベッドに眠っている女の子の顔を見る。
「きれいな寝顔だなぁ」
少女の額に手を当てながら僕は少女の寝顔をただ見つめていた。
いつまでも見ていられる。それほどに美しかった。
でも、僕にはまだ仕事が残っていた。
パトロンから頼まれている戦乙女の鉛筆画をしっかりと仕上げなければならない。
僕は絵を立てかけるイーゼルを立て、そこに書きかけキャンバスを乗せる。
作業をしている間にきっとと目が覚めるだろう。
描き始めてから3時間ぐらいたっただろうか。
彼女が目覚めるより先に僕の絵が完成してしまった。
窓の外を見る。もう夜というか夜中だった。流石に郵便屋も空いていないだろう。
僕は描き言終えた絵と画材を片付けようとすると、その音に反応したのかわからないが、少女が目を覚ました。
「あれ、私……。おじさん、誰?」
どうやらこの女の子は現在の状況を把握できていないらしい。
それも当然だ。
「ああ、君はこの町の向こうにある林道に倒れていたんだよ。そして僕はデルド=アルバート」
僕は語りかけるように少女に行った。
少女は相変わらずきょとんとしている。
「えっと、倒れる前のこと覚えてる?」
僕の問いに少女は「うーん」うなりながら思い出そうとしていた。
「そうそう、私は今日初陣だった。それでウィンダールの飛空艇から飛び立ったんだけど……」
「初陣ってまさか……」
こんな小さな女の子が戦場に出る理由は一つしかない。
かつて、戦場は男の仕事場であった。だが、今は違う。
「そう、私は戦乙女よ」
彼女は僕に予想していた通りの答えを返した。
こんなに間近に戦乙女を見ることはなかった。
彼女たちは大量破壊兵器として軍によって厳重に管理されている。
だから、僕のような一般人が間近で見ることはないのだ。
こんな小さな子供が……
そう考えると僕は思わず顔をしかめる。
「同情はしなくていいよ。それも今日でお終わりだから。それよりも、ありがとう。助けてくれて」
少女はお起き上がると窓の方へと駆け寄ると両手でそれを開けた。
「もう、夜になってる。わたし、結構寝てたのね」
彼女は窓際でくるりと回った。
涼しい春の夜風が窓から入り込んできて、燭台にともされたろうそくの炎が揺れた。
「あれ、おじさんって絵を描くの?」
女の子は壁に立てかけてあった一枚の絵を指さして言った。
「ああ、僕はこれでも絵描きのはしくれだからね。最近は鉛筆画しか書いてないけど」
そんなことを言っていると、女の子は勝手に僕の荷物をいじりだした。
まあ、見られて困るものなんてないから大丈夫だけど。
ごそごそといじっているうちに少女はポートフォリオをみつけだしたらしい。
そこの中に僕が描いた絵はだいたい収納してある。
「へー、おじさん、絵がうまいんだね」
ペらりぺらりと画用紙をめくりながら彼女はつぶやいた。
相手が誰であろうと自分の絵が褒められるのはやはりうれしいものだ。
そして、彼女は最後の一枚になった時、手を止めた。
「これは……」
恐らく彼女が見ていのは僕が最後に描いた絵だろう。
つまり、先ほど完成させたばかりの戦乙女の画だ。
モデルが彼女かは分からない。
だけど、彼女にも一目でその絵が戦乙女を描いているものだとは分かったはずだ。
彼女は彼女の中の時間が停止したかのようにその絵を見ていた。
そして、彼女はあろうことかそれを……
破壊してしまった。
「えっ……」
僕は彼女の行動が理解できず言葉を発することができない。
ただ、呆然と立ち尽くしていた。
そんな僕の何とも言えない心情をよそに彼女はいう。
「戦乙女はこんなに美しくない」
彼女の口調はとても冷たかった。
それはもう10代の少女のそれとは到底思えなかった。
「そうか……。気に入らなかったかぁ」
「ごめんなさい。つい……」
いや、彼女は間違ったことは多分やっていない。
僕は絵描きとしてはまだひよっこだから、何か解釈違いでもやったのだろろう。
「いいんだ。それで、いまさらなんだけど名前を聞いてもいいかな」
「私の名前は、アリア。よろしくね。何だっけ……。おじさん」
「デルド=アルバートだよ。まあ、好きなように呼んだらいいよ」
かくして、僕、デルド=アルバートは21歳のこの日、あの「女神の戦場」以来の自分の人生を変えることになる出会いを果たしたわけである。