4-06 我輩は神龍である、名前はセクシーだいこん
どのような道筋を辿れど生きてさえいれば必ず聖霊王の秘宝にたどり着くという絶対的な運命を持つ少女の元には、かつて聖霊王の秘宝を追い求めた大英雄に仕えた精霊達やその子孫や生まれ変わりが集い始めていた。
しかし、自分の運命なんて知らない、精霊のこともよく知らない少女はなんの異常にも気付かずに呑気に旅を続けているし、神龍や不死鳥のことも普通の一般精霊だと勘違いしてふざけた名前をつけていたりする。
我輩は神龍である、名前はまだない。
と言いたいところだが遠い昔には黒橡と呼ばれていたし現在はセクシーだいこんと呼ばれている。
黒橡と呼ばれていた頃は人間如きに呼ばれる名などどうでも良い、と思っていたが阿呆みたいな名前で呼ばれ続けると流石にそうは思えなくなってきた。
ちなみに名の由来は飼い主と契約するために使用された鍵の名称である、なんでも飼い主が旅行中に買った土産物で、正しい名称は忘れたが何ちゃらうさぎご当地野菜シリーズのナンバーなんとか『セクシーだいこん』とかいう名だったはずだ。
だいこんだけだったらまだマシだったのに何故セクシーが付くのか、何故飼い主は青首大根でも祝大根でも辛味大根でもなくよりにもよってセクシーだいこんを購入したのか、何故他の鍵を購入しなかったのか、人間と言葉が通じるのであれば三時間くらい問い詰めていた。
ちなみに最近になって知ったことだがこの鍵は元々飼い主の棒術の師匠のために買ったものだったらしい、実際に会ったことはないが弟子から誕生日プレゼントに贈られたセクシー大根の形の抱き枕を愛用しているほか、セクシー大根アイテムを蒐集している奇人変人の類らしい。
桃廉 (現在の名は撫子)によると飼い主の師匠は鬼強いらしい、飼い主と同じで無能力者であるくせに雑草刈り感覚でヒュドラやら何やらを討伐しているそうだ、流石に何かの冗談だと思いたい。
ただ、撫子曰くその師匠とやらはどうやら現世最大の『蝶』であるらしいので、本当にそうなのであれば異常な力を持っていることにも多少納得できる。
かつての主人の友人、もはや名も顔も忘れたがあの時代では最大の『蝶』だったあの人間も契約者でも能力者でもないくせに異常に強かったし、妙に影響力のある男だった。
『蝶』である奴が主人の友人をやっていたせいで予知がひっくり返り続けて大変だとかつて桃廉がよくこぼしていた、奴のせいで死ぬべきものが生き残ったり、生き残る予定のものが死んだりしてその度に予知しなおしていた。
ちなみにその師匠とやらのせいで現状は桃廉が予知していた『正史』からは外れた未来になっているらしい、元々の未来だと飼い主は棒術なんてやってなくて普通に契約者を志す少女であったそうだ。
飼い主が棒術始めた元凶はその師匠、飼い主がセクシーだいこんの鍵を買ったのもその師匠が原因、つまり自分が何とも愉快で阿呆らしい名で呼ばれている元凶はその師匠とやらである、いつか会ったら高熱のブレスをお見舞いしてもきっと許される。
そう撫子に話したら真顔で「やめといた方がいい。一瞬で返り討ちにされてぼっこぼこにされる。飼い主の精霊じゃなかったら逆鱗もその他の鱗もひっぺがされて三枚におろされちゃう。そのくらい強い人だから絶対やめといた方がいい」とか何とか言われた、自分は数千年生きている神龍なのだが、それでもかと問うたら「セクシーだいこん程度ならあの人にとっては多分ザコ。そこらの蛇系一般精霊とかわりない」とかいう答えが返ってきた。
嘘を言っている顔ではなかったのだが、流石にそれはないと思うので撫子個人がその師匠とやらに余程恐ろしい目に合わされたのだろうと解釈している。
撫子は桃廉の記憶を持つものの肉体に完全に引きずられて精神がほぼ幼児状態であるし、本人も自分が桃廉の生まれ変わりなのか、桃廉の魂が桃廉が予知した運命の少女の元にいた一般精霊に取り憑いたのかもよくわかっていないらしい。
桃廉そのままの精神状態だったら奴の精神年齢は自分以上の老齢であるはずなのだが、今の奴は本当に幼い、そして幼いくせに婆の記憶を持ってるせいで微妙に我儘であざとい。
様子を見ていても『ああ、これはあの桃廉とは全く別の存在だ』と思うこともあれば『こいつは間違いなくあの喰えない桃廉そのものだ』と思うこともある。
とにかくそんな具合なので、奴の言葉はいまいち信用できない。
ちなみにその師匠とやらの弟子は飼い主を入れて三人いるらしいが、飼い主以外の弟子達もこの神龍を斃せるだろうとか言っていた、特に二番弟子の方は精霊の天敵のような存在らしいので遭遇した時に本能に飲まれて襲いかかるなと再三注意されている。
撫子は桃廉の記憶を取り戻す前にその二番弟子と出会ったらしいのだが、あまりにも恐ろしかったせいで我を忘れてその場から逃げ出そうとしたらしい、飼い主に抱えられていたからその場から逃亡することには失敗したそうだが。
二番弟子でもそんな者なのであれば一番弟子はどうなのだと聞いてみたところ、『軽薄なナンパ男、いっつもヘラヘラしてる。けど多分あれわざと。敵対したら気がつく前に殺されてる、特にセクシーだいこんみたいな強い奴ムーブしてる奴があの人と敵対するのは死亡フラグでしかない』とか何とか答えられた。
そこまで聞いてみると三番弟子であるうちの飼い主の実力はどうなのだろうか。
この旅の道中であの人間が戦っているところを自分は一度も見たことがない、自主練とかいって棒を振り回しているところは何度も目撃しているが、それだけだと何ともいえない。
この旅の道中で何度か野良精霊に襲われそうになった事があったが基本的に逃げの一手しか取らず、戦おうともしない。
自分が彼奴の目の前に現れた時は流石に警戒したのかいつでも武器を取れるように構えてはいたようだが、それだけだ。
そういうわけで現状彼奴と最も付き合いの長い撫子に疑問をぶつけてみたところ、『師匠達と比べると弱いけど、普通に強い。無能力者だけど精霊に頼らず一人旅できる程度には普通に強い。けど周囲がおかしいから自己評価が低い。……ほんとにたまにだけど、怪物みたいにこわ……強くなる時がある、ああなってる時だけはセクシーだいこんでもやられちゃうかも』とのこと。
本当だろうかと普段の飼い主の様子を思い浮かべるが、正直いって『強さ』とは縁のなさそうな少女の姿しか思い出せなかった。
「そろそろ休憩、ご飯の時間だよー」
そんな声と共に自身を隔離していた異空間の錠が開かれた。
周囲を見渡すとそこは人もいない、精霊もほとんどいないようなだだっ広い街道の傍だった。
自分を解放した飼い主はいつも通り停めた原付自動車に腰掛けにこりと笑っている。
その手にはふざけた見た目の鍵が二本、華奢で可愛らしい見た目の鍵が一本握られていた。
飼い主はその鍵をまとめて腰のケースに戻してから、スマホとかいう薄っぺらい機械を取り出した。
「ちょっと待ってね、念のためお天気確認……ありゃ、三時くらいから天気悪くなって夜には嵐になるみたい。今のペースだと余裕で次の町に着くけど、あんまりのんびりしないようにしなきゃ」
気象情報を確認したらしい飼い主はそう言って空を見上げる。
「こんなに青空なのに、ほんとなのかなぁ」
「きゅー?」
主人の膝の上を陣取る撫子が愛らしい声で鳴く、これだけ見ると本物の幼児みたいだと思う。
「けど降られたらやだし、さっさとお昼食べて移動しよっか」
そう言いながら飼い主はカバンから自分用の食事と自分達用の食事を引っ張り出した。
かつての主人が生きていた頃は王族でもなければ手にする事ができなかった高次元収納機能付きのアイテム、城が一つ二つ買えるほどの価値があるとされていたそれは、現代では一般庶民でも容易く手にする事ができる技術と化したらしい。
それを初めてみた時、人間の技術の進歩の速さに感心しつつも少しだけ恐れと危機感を抱いたが、今ではもうすっかり見慣れてしまったので何とも思わない。
「撫子はいつもの妖精ちびケーキ、セクシーだいこんは大蛇のごはん、わら納豆はフルーツと野菜のミックスサラダね」
「きゅー!!」
撫子が嬉しそうに飼い主の膝の上で飛び跳ねていつものように口を開けて給餌待ちしている、飼い主は「ちょっと待ってね」と先に自分とわら納豆の分の皿をこちらに寄越してきた。
「はい、それじゃ、いただきます」
「きゅー!」
飼い主が食べやすい大きさにちぎったケーキのかけらを撫子に食べさせる、撫子は美味そうに食べていた。
それをわら納豆が冷めた目で見つめた後、どこか納得がいってなさそうな顔でサラダに嘴をつける。
わら納豆は気高いというかプライドが高いので本当はスーパーマーケットの果物と野菜のミックスサラダに不満があるらしい、せめてデパートの高級果物にしろとか思ってるらしいが、現在の飼い主の懐具合だとそれは不可能であるようだ。
というか一般精霊の餌ではなく果物と野菜を出されてるだけマシだと思う、自分は大蛇のごはんなのに、それで許容してるのに。
大蛇のごはん、初めは何だこのクソみたいな食べ物は、と思ったが最近では普通に美味いと感じるようになってきた、舌がおかしくなったのかよくよく味わってみると意外と美味かっただけなのかは自分でもわからない。
何でも龍も含めた蛇系精霊に好まれやすいものが多種多様に配合されていて、栄養バランスもバッチリ、らしい。
撫子がいつも食べてるケーキは確か精霊の子供用に作られたものらしい、元気で丈夫な精霊に育つ栄養満点なごはんであるとか何とか撫子が偉そうに話していた記憶がある。
「ここからでもまだ海が見える……風も穏やかでとてもいい日和なのに……夕方からは土砂降りかー……雷とかも鳴るらしいんだよね」
昨日まで滞在していた浜辺のある町の方を見て飼い主がポツリと呟く。
今は良い天気だ、しかし空の支配者たる神龍である自分にはわかる、確かにこの後この空は荒れるだろう、と。
それでもただそれだけだと思いながら食事を続けて、遠くから聞こえてきた悲鳴に顔を上げた。