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4-03 愛は不要なので結婚しましょう

ダークエルフのジェラは女の呪解師。都の外れの洞窟を改装し、ひっそりと暮らしている。常にフード付きの大きめなローブで体全体を包み、黒いベールで顔を半ばに隠していた。


扉が招きいれた来客は、隣国であるイベラネーガの王と王妃だ。

一人息子である王子に掛けられた呪いを解いてほしいと、呪いの痕跡である品を持参して告げた。


「この呪いは厄介すぎる。諦めたほうがいい」


ジェラは率直に応える。呪解法はわかるしジェラには可能だ。しかしその手段を依頼主やまして王子が了承するとは考えにくい。


「呪いが解けるならどのようなことでもいたします」


懇願する隣国の王と王妃は、半ば拉致するようにジェラを王宮へと連れていく。



隣国の華やかな王宮で、呪解師ジェラは一生に一度しか使えない呪解の術を使うことになる。長期にわたる術はイベラネーガ王国の命運をも左右する。王子へと呪いを掛けた者との闘いの始まりでもあった。

 マジェク王子の獣のような絶叫が響きわたった。イベラネーガの王宮の空気が凍りつく。宰相も、家令も、侍従も、侍女も、体をビクつかせ竦みあがっていた。

 グルグルと唸り、王子は手負いの獣のような気配だ。

 茶の短い髪に青い瞳。端整な顔立ちに高貴な優雅さの王子は誰もが憧れる存在だった。だが、ひと月ほど前の外遊の帰り道で王子は呪いを受け、定期的に発作のような症状で叫び暴れ回る。


 王と王妃だけが、血相を変えて王子に駆け寄った。王子の体は、発作が始まった途端に一瞬で薄い闇に包み込まれている。


「ああ、また、呪いの発作なのね。マジェク、マジェク、可哀想に!」


 暴れて危険なのに王妃は構わず王子の体を柔らかな感触で抱き締めようとした。王妃の腕のなか、王子は焦点の定まらない濁ったような眼を恐怖に見開く。整った顔立ちは極度に歪められ、怯えを払うように王妃へと滅茶苦茶に殴りかかっている。


「まだ、王子の呪いを解ける者は見つからぬのか?」


 王は焦燥に満ちた声で宰相へと問う。床に転がってのたうちまわる王子を、王妃と共に抱き支えた。


「イベラネーガで呪解できる術師は、既に全て王宮に招き終えました。隣国ナロクガーで評判の術師も同様です」


 答える宰相は、引きるような連続する王子の咆吼に息を飲む。


「もう……呪いを解ける者は近隣には存在せぬと? 日々、呪いは酷くなっているというのに……」


 防御魔法付きの衣装を纏う王妃は、抱き締めた王子に腕を噛みつかれながら訊く。


 薄く闇に包まれた王子の頬を呪いの紋様が蛇のような動きで流れた。皮膚の下を動き回る紋様は、滲むように衣服を呪いの紋様で染め抜く。そして気紛れな場所で激痛を伴う刻印を打ちこむのだ。「痛いッ」「ぎゃぁぁああぁぁ」「よせぇぇぇ」「止めるんだああああっ!」王子の絶叫と不明瞭に喚く声が響き続けている。


「いえ。先刻、旅の術師からの報告が入りまして。ナロクガー国ラソュナルの都外れ、イベラネーガ国と接するあたりに、腕の良い呪解師がいるとのことです」


 宰相は王子の惨状にか震え声での報告だ。王妃と王の顔に、パッと希望の表情が浮かんだ。


「では、直ぐに迎えを!」


 わめき、のたうつ王子を抱き締めながら、王が命じた。


「それが……そうとう偏屈な呪解師らしく。使いの者では扉が開かないのだそうです。しかも、ダークエルフだという話です」


 宰相は困惑と希望が入り混じったような顔つきだ。ダークエルフは言霊(ことだま)を操ることで恐れられ、暗黒面に足を踏み入れた不吉な者たちだと忌避されている。どこの国でもおおよそモンスター扱いだ。


 強烈な痛みに耐えきれなくなったのだろう。噛みついていた王妃の腕から王子の顔は離れ、断末魔めくような悲鳴があがる。グルグルッと気味の悪い唸り声を響かせながら王子は意識を手放していた。







 都の外れ。洞窟を改装し小さな「呪解師」の看板を下げたひっそりとした店舗。

 女主人であるダークエルフのジェラは、来客のないときもぶかぶかのローブで体を覆い顔をベールで隠している。闇色でさらさらの肌を、ダークエルフであることを、視覚的に封じていた。


 客は多い。ナロクガー国内からに限らず近隣諸国からも呪解の依頼は引っ切りなしだった。


 不意に扉が開く。

 呪解依頼の目的なら、扉は自然に開いて客を招きいれる仕組みになっているからだ。


「息子の呪いを解いてください!」


 血走ったような目つきのふたりは、入ってくるなり捲したてた。豪華な衣装。身形から察するにかなり高位の者だ。狭い店舗のなか、豪華衣装を振り乱すようにしてジェラへと駆け寄ってきた。


「扉が開いたからには客だろうが。どんな呪いだ?」


 ジェラはぶっきらぼうに訊く。呪解は身分などに左右されはしない。


 薬師の住処(すみか)かと見紛うような薬品の瓶の並んだ棚、吊るされ干されている薬草、窓はなく岩の壁には厚い布をかけてある。閉ざされた部屋の灯りはわずかな蝋燭のみ。呪解に使用する怪しげな品々が至る所に置かれ、散らかってはいないが部屋を狭く見せていた。


「これを……ご覧になって!」


 息子の呪いを、といっているからには母なのだろう。番台の間近で、女性は布切れを差しだした。

 白い絹らしき布切れには影のように忌まわしい紋様が浮かび上がっている。ジェラは布切れを受け取り、影のような紋様が動いていることを確認した。呪詛の言葉が気味の悪い図柄となって白絹を淡い闇色で汚している。今はまだ、この布自体に呪いの効力はない。だが放置すれば呪いは育つだろう。


「この紋様は、息子の肌に浮かび、衣服に転写されたものなのです」

「体には、多数の呪詛の刻印がどんどん増えています」

「このままでは、痛みに耐えきれず死んでしまいます」

「すぐに、来て。息子を助けて」


 ふたりの形相は悲痛なもので、焦燥感も凄い。

 ジェラには、呪いの種類が半ば分かっていた。解く方法も。

 だが……。


「この呪いは厄介すぎる。諦めたほうがいい」


 ジェラは率直に告げた。解く手段はあるにはあるが、それは特殊な方法だ。


「お願いです。お見捨てにならないで!」


 ふたりは、なんとか希望をつなごうとしている。

 わたしが呪いを解く方法を知っていると確信しているのか?

 ジェラは不思議な感覚に少し首を傾げた。


「呪いが解けるならどのようなことでもいたします。私はルノクス・イベラ。イベラネーガ国の王です」


 隣国の王?

 名乗りを聞き、ジェラは驚きの表情をベールに隠して浮かべた。憶したわけではない。呆れたのだ。

 イベラネーガは超大国だ。ジェラの棲むナロクガー国は五つの大都で構成されているが隣国の規模には遠く及ばない。その大国の王が直々に訪ねてくるなど、本来有り得なかった。


「イベラネーガ王だと? どうやってこの国に入ったのだ?」


 外交状態など無視して国境を越えてきたのか?

 ジェラは、不信そうな表情をベールに隠した顔に浮かべた。

 どのようなことでもする、と言うからには、国境の強行突破も有り得る。


「代理では扉が開かぬと聞いたゆえ、昔の伝手(つて)を頼った」


 王は、手短に答えた。


「わたくしは王妃のベリア。息子マジェクの呪いをどうか解いてください! もう不憫で。どうか死の淵から助けだして! このまま放っておけだなんてむごすぎます!」

「後生です。なんでもいたします。どうぞ息子を助けてください」


 互いの言葉にかぶせるような懇願が続く。

 深刻などという状況は既に通り越したのだろう。諦めたほうがいいとジェラは言ったが、布が呪詛の言葉に染められるほどなら、呪いはかなり浸透している。

 このまま放置すれば――王子は死に、そこから拡がる呪詛でイベラ家は滅びる。


「なんでもすると?」


 ジェラは確認するように訊く。

 だが、条件を知れば断るに決まっている。その手段をとるくらいなら、滅びる道を選ぶに違いない。


「なんでも。国を差しだすのでも構いません」


 随分と呪いを解こうと手は尽くしたのだと感じられた。王も王妃もとんでもないことを言っているのに迷いなく切実な表情だ。息子が助かるなら国を捨てても構わない。その覚悟は本物だと思う。


「国などいらん。だが、それであれば、わたしと王子を即座に結婚させるがいい」


 渋々唯一の方法を呟いた。とはいえ呪解師として名が知られていてもジェラは一般の民。下級の貴族ですらない。そんな大それた要求は一蹴されるに決まっていた。

 だが、王と王妃はそんなことで良いのかと歓ぶ表情になりローブ越しジェラの手をガシッと握る。


「呪われた王子と結婚してくださるのですか?」


 てっきり即座に断られると思っていたジェラは、希望に満ちた声と、熱い手の感触に眼を瞠った。


「ダークエルフでも構わんならな」


 平民、まして、わたしは忌避されているダークエルフだぞ? 知らんのか?

 ジェラは顔を隠していた黒のベールを捲りあげ、きつい金色の視線で来客をにらみつけた。

 王と王妃はまったく表情を曇らせはしない。

 おや? ダークエルフが厭わしくないのか?

 虚を突かれたような、気がぬけたような奇妙な感覚がジェラの心をよぎった。


「何の問題もございません。ジェラさまと結婚すればマジェクの呪いは解けるのですね?」


 王と王妃はすっかり安堵の顔つきになっている。


「そんなに簡単なものではない。この呪いには身内にしか見せられん呪解法が必要なのだ。婚姻した上で、長期にわたる呪解の術法を掛け続けねばならん。どのくらいの期間が必要かも謎だ」


 ため息をつきたい気分だが、ジェラは念を押す口調で言うだけに留めた。


「それでも、呪いは解けるのですね?」


 微かな希望の光に縋りつくようだ。ふたりは躙り寄り、切実な顔つきで訊く。


「解ける」


 ジェラの確約の返事に、王も王妃も深い安堵の表情だ。


「では、今すぐに参りましょう」

「さあさあ、馬車にお乗りください」


 王と王妃はジェラの腕を片方ずつ掴むと、拉致するように連れだそうとする。

 なぜ、王と王妃が、こんなに巧みに呪解師をさらう手腕を持っているのだ?

 ジェラは再び呆れた。仕方なく部屋中に言霊を響かせる。


「待て。少しだけ待て。行くから。呪解に必要な品くらい持たせてくれ」


 その言葉をふたりに伝える頃には、言霊が全ての準備を整えていた。

 店舗を出ると、ジェラは封印の言霊で扉を消す。

 王と王妃に押し込められるように乗せられた神獣の引く馬車は、超速で隣国を目指した。

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[一言] 【タイトル】「愛の無い結婚」みたいな作品の類型があることは知っている。それ以外の特徴もあるはずだが、タイトルには表れていない。 【あらすじ】キャラの外見に関する情報が妙に細かいなど、どこかあ…
[一言] 呪い苦痛がこれでもかと伝わってきます。 我が子を思う両親はその呪いの意味など知らずとも息子のためにどんなことでもしようと決めている。 それにしてもジェラさんのいうとおり国王という立場でありな…
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