4-21 救いの女神よ、どうかこの世界を
かつて度重なる戦乱で生存可能域が減少し、世界にたった1つとなった国は、召喚術式で「救いの女神」を召喚した。
「エルフの侵略」もあるし、外から招いた存在があれば解決するだろうと思ったのだ。
だがしかし、召喚された女神は。
「何をもって救いとするのかしら?人の子よ」
ちょっと、思ってたのと違った。
救いの女神は世界を救ってくれるのか、それとも。
「――、ああ、本当に、本当に来てくださるのですか、救いの女神よ」
声が、聞こえる。
よくわからなかった音が、翻訳を介して私に意味を伝えてくる。精度はあまり高くなく、不明瞭なところは多々あるのだが……この声は今、救いの女神と言わなかっただろうか。
そこは聖女とか勇者とかではないの?
ジワリと疑問がにじむも、言葉は続きを紡いでいく。召喚前や召喚中の情報は、どんな些細なものでも重要なの
「……どうかこの世界を、滅ぼしてください」
は?
はっ!?!?!?!?!?!?!?
今なんて言ったこの声。救いの女神と呼び掛けている相手に滅ぼしてくれって言わなかったか。
救ってくれじゃなくて???????????
救いの女神呼びへの些細な引っ掛かりを全力でぶち抜いてくるその1単語に、衝動のまま振り返ろうとして――光がはじけた。
高い技術力を思わせる照明器具に、模様が敷き詰められた壁紙。なにもおかしいところはないはずなのに、違和感を抱いた。なんだろう、と考えようとしたその時だった。
「――あぁ、本当に来てくださったのですね、救いの女神よ。どうか、この世界を救ってくださいませ!」
最後の1単語だけが真逆な言葉を投げかけられた。目立たぬように息を吐いてから声の方に振り向いた。声の主らしき姫様に、護衛らしき者達、声の主と血縁を思わせる者たちも視線が刺さる。
歩き回れる広さはあれど、逃げることは叶わなさそうなこれは、まるで見せしめの舞台のようで――身動きがとれるだけの拘束具のようだ。
……救いの女神を呼んだはずなんだとな、この人たちは?
いれた気合がそがれそうになるのをこらえつつ、救うことを願った彼女を誰よりも上から見下ろして。かちりと切り替えて口を開いた。
「何をもって救いとするのかしら?人の子よ」
「……え、」
「何をもって世界を救うと定義するのかと問うたのです、救いを求めた人の子よ」
傲岸不遜。天上天下唯我独尊。傍若無人。舐められたら負け。相手に隙を与えるな、相手にそれらを演技を悟らせるな。
直近半年間の付け焼刃が、即席の盾へと変化した。
――曰く。
この世界は昔。世界中のどこにでも人は住んでいて、世界を埋め尽くすように数多の国が存在していた。
しかし、度重なる戦乱で人が住めなくなる地域が続発し、国家の数が激減。大国すら滅んでしまい、残った小国たちは統一国家を樹立。独立が前提であり、ある程度の家系をそのまま残した寄せ集めたが故の歪さはあるけれど、ここまでは予想の範囲内だった。
問題は、人間以外のことだ。
世界の生存可能域の減少と、エルフと名乗る存在からの見えない侵略。
武力は一切使わず、挙句の果てにそれをよしとするエルフ派まで現れる始末。このままでは、国家の運営どころが、生存可能息の喪失の可能性による危険な状態なのだそうだ。
……エルフの侵略、ねぇ。
召喚の場を出て、姫様の案内で城を見て回りながら先程まで受けた主張を整理する。異世界からの侵略はよくある話だよなぁ、とぼんやりと考えて、あることに気づいた。
「……どうかされましたか?」
「そういえばエルフの侵略を受けているって言っていたけれど、どんな外見をしてるのかしら?」
たとえば耳の形が違うとか、瞳の形が違うとか。
そういえば、エルフがどういった姿をしてるのかとか全く聞いてなかった。まさかの誰一人としてエルフに侵略されている以外のことを口に支店かったのである。
さすがに警戒対象の情報が一切ないのは困るし、偽物が出るのはもっと困る。ということで、聞いてみた。
「そうですね、耳が長い方が多いでしょうか。人間と変わらぬ程度に短い方もいるとは聞いてますが……そこまで行くとエルフ派に混ざっていたりして見分けがつきにくいと思います」
あの召喚の場の嫌がりようは何だったのかと思うほどに、姫様はさらりと答えた。
そのままさらっと「一度姿を確認されますか?」と聞いてきたので、「機会があれば」とだけ答えておいた。
……一応エルフの侵略を受けていると主張する人間たちに召喚されていることになっているのだ。今はまだ慎重に行くべき。
一度会話が発生してしまえば、これまでの無言は何のその、同性同士ということもあってか雑談が弾む。
話の流れで、ちょっと寄り道。そうして開いた扉の先あったのは、室内を照らすための明かりではなく、沈みゆく天然光源。
外である。
「第3観測地点です。こちらの方には人は住んでいないため、あまり重要視されてません。そして、……ここから見える景色が、私にとっての“この国以外の世界”です。」
姫様にとってのこの国以外の景色。そう言われて、ざっとそこから見えるものを見回してみる。
ほぼ見えるか見えないかの位置に国家の繁栄具合を窺わせそうな街並みの切れ端。それから、人より動物が生息していそうな木々の海か、何であろうと在ることを許していないような……滅んだ、としか言いようのない地だった。
何か文明があったかもしれないような残骸を感じることはできても、それを意図して見ようとも思ことさえ本能で避けるようなそれを、他に言い表せる言葉を、私は知らない。
「戦乱より前の時代、ここには国ががあったようです。国の名前でさえ戦乱の時に失われ、残っていませんが」
彼女の視線の先には、滅んだとしか言いようのない土地が広がっている。文明を感じた残骸は、きっとその国のものだ。
「ここに国があったと知っている私は、ここも救うべき世界だと認識しています。ですが、今を生きるこの国のほとんどの人は、ここを世界だとは認識していないでしょう。
今の私たちには、他国という存在がない。この国の外を、世界と見做しているかどうか。
だから、女神様に最初に問われたとき、答えが出ませんでした。
どう救うかは考えてあっても、どこまでを救うかは考えていなかったのです。私も、あの場にいた誰もが。
明日からは、救う範囲も議題にのぼるでしょう。結論が出るまで、待っていただけますか?」
覚悟を決めた姫様の目が、こちらを向く。彼女の言葉でハッとした護衛たちの目も、こちらに向く。
私は今、救いの女神様と定義されているけれど、神ではない。結論を出され女神を求められても、叶えてあげられるかは断言できない。
でも、覚悟には応えたいとは思う。
「この世界にいる内は待ちましょう。納得のいく答えを出すのですよ」
それから日が沈むまで眺めた後、何事もなかったように晩餐に出向き、何か違う意味合いがありそうな夜の付き人を排除して就寝という形をとった。服の下に隠しまくった事前準備を隠すためと、付けた奴と付き人本人の目が気持ち悪かったためである。
……この服も事前準備の1つだから、知られるのは都合が悪かったともいう。部屋着と呼べるような軽装に変更し、寝具に潜り込んだ。
そして、夜。
すべての明かりが消えたころ。一羽の小鳥が音もなくするりとやってきた。
部屋の中をぐるりと確認し、私が潜り込んでいる寝具にやってきた、ので。
私は小鳥を突っついた。
とぷりと光が揺らめく中を、小鳥の先導で歩いていく。
突っつかれて驚き倒した小鳥は、私の額に全力で突進してきた。喋らせると危険だと思ったのであろう。同じ世界のどこかに転移した。
ならば大丈夫だろう。安心して歩いていくと、目の前に小さなお茶会の席が出現した。
椅子の数は2つ。1つは私の席らしい空の椅子で、もう1つは招待主らしい男性系の人型だった。
「お招きいただきありがとう存じます、あたりを言っておけばいいのかな?」
「少しは警戒心を持ってもらえます?……お越しいただいてありがとうございます、と返しておきます。」
席どうぞ、と言わんばかりに椅子が動く。軽く会釈して腰を掛ければ、相手の男はコンコン、とやかんを小突いてからお茶を淹れだした。
「あの姫様みたいにどのお茶でどう飲むかを聞ければよかったんでしょうけど、生憎とそんな余裕はないもので」
好みの味ではなかったら済まないと先に謝ってきたので、かまわないと返した。
「客人とみなしてもてなしてくれるなら、それで十分よ。本当に余裕ないと客人相手に水すら出せなくなるから」
「…………それはもう滅んでないか……?」
「それでも救いを願う人がいるってことでしょう。無理だけど」
「……だろうな」
何とも言えないような、何とも言いたくないような、どうとでも取れる返事が返ってきた。まさかすでに滅んでいるに等しい状態と比較されるとは思ってなかったのだろう。
別に人間相手に話しているわけではないから、多少は問題ないかと思ったのだけど、それは少し甘かったらしい。
若干ぎくしゃくしたままお茶の蒸らし時間が終わり、男はカップにお茶を注いでいく。
ふわりと香るにおいは、やさしい味だろうと思わせるようなものだ。
目の前に置かれ、男が一口飲んだ――毒見をして見せたところで私も一口。
うん、やっぱり優しい味だ。おいしい。
そうしてお茶を堪能していると、呆れたようなため息が目の前の男から放たれた。