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4-17 うたかたのアンドロイド

 突然、大人たちが昏睡状態に陥り、機械が暴走してしまった。まともなのは、僕たち子どもたちだけ。あと、僕のアンドロイド、アパッシオも(少々言動が怪しいものの)一応、正常……かな。

 違和感を覚えた僕が目を開けると、直ぐ目の前にアパッシオがいた。


「なっ!?」

 驚いて、すっかり目が覚めた僕は、身じろぎしようとしたけれど、僕の肩を両の腕に閉じ込めて、覆いかぶさるアンドロイドからは逃れられる筈もなく。


「おはようございます。やっとお目覚めになりましたね」

 アパッシオは、にっこりと笑みを作ると僕にそう言った。


「アパッシオ、何をしてるの!」

 僕の声には、動揺だけでなく、恐怖も混じっていたと思う。普段からちょっと距離感のバグったアンドロイドだとは思ってたけれど、こんな事されるのは初めてだった。


「ちょっとした、いつものスキンシップですよ」

 そう言いながら、柔らかな双丘をそっと僕に押しあて、じわりと体重を乗せてくる。マジで動けない。でも、息苦しいと感じるギリギリ手前で済むよう、腕に体重を逃がしてる。


「いや、そんなの要らないから! どいてよ。命令。どきなさい!」

 でも、アパッシオは命令に従うどころか、ますます顔を僕に近づけてくる。

 翠色の瞳、小さな鼻、薄いピンクの唇。アンドロイドなんだから、当たり前なんだけど、お人形のように整った可愛らしい顔。それがゆっくりと僕に近づいてくる。緑がかったグレーの前髪が、さわさわと僕の鼻を撫でる。

 エメラルドのような光彩の奥のカメラが僕の顔に近づくに連れて、シュッシュッとピントを調整する微かな音まで聞こえる。


 心を持たない機械だと頭では分かっているのに。僕の顔が勝手に熱くなる。息が荒くなる。きっと、早鐘を打つ胸の鼓動は、アパッシオには筒抜けなのだろう。そう思うと、顔がますます熱くなる。

 それが嫌で、僕が顔をそむけようとした瞬間だった。その一瞬の動きを見逃すことなく、アパッシオの唇が僕に重なり……。僕の初めてが! ファーストが! 家政婦アンドロイドのアパッシオに奪われてしまった。


 僕の吐息が吸われ、アパッシオの吐息が吹き込んでくる。


 ――うう、ゴム臭い……。


 元々、アパッシオは普通のアンドロイドとは違ってた。去年亡くなったおじさんがゼロから部品を組み上げたカスタムで、おじさんのこだわりが散りばめられていた。


 まず、オンラインでネットワークに接続する機能がない。情報の入力はカメラで見た物、耳(集音器)で聞こえた物、センサーで触れた物からしか得られない。


「人間だってそうだろ?」

 そう言って、おじさんは豪快に笑ってた。


 だから、彼女の深層学習のインプットは、必要最小限の基礎情報以外は、全て起動後に得た経験が元だ。つまり、彼女のこの突飛な行動も、おじさんか、僕かの、どちらかの好み……癖に由来する。おじさんは「超」が百個ぐらい付くような人嫌いで、僕以外の誰とも関わろうとしない人だった。


 ――つまり、僕なんだよな……。きっと。


 アパッシオの妙な行動は、(良し悪しはともかく)僕のため、なのだ。


 彼女には、もう一つ普通のアンドロイドとは違うところがある。彼女の発声は内臓のスピーカーではなく、人工声帯によるものだ。

 僕の声帯をCTスキャンで解析して、3Dスキャナーで作成した物だ。溜めた空気を送り出し、声帯を震わせる、口腔とゴム臭い舌で形状を整えて声を発してる。

 これはおじさんから遺品として彼女を貰い受けた後で、僕が組み込んだ。


「いつか、宝華さんを感動させられるような歌を歌ってみたい」

 という、彼女の希望に合わせて。


 それからというもの、彼女は暇さえあれば発声練習をしたり、歌を歌ったりしている。


「どうですか? 私への愛が芽生えましたか?」

 ――はぁ? 何を言ってるんだ? こいつは。


 余りにもズレた発言に、さっきまでの火照りが冷めていく。僕が何も答えず見返していると、アパッシオは、さらに続けた。


「愛というのは、根源的には種の保存に根差す生殖行為と密接な関係にあるものですが、その為にも自己防衛が必要になります。そのための安全や安心を与えてくれる相手に対して、人は好意を覚えます。それが愛情の本質なのです。その意味でスキンシップという……」


 ――耳年増アンドロイドめ。


 彼女は知識としての愛は分かっても、永遠に愛を理解することはない。

 だけど、起動してわずか数年の彼女を耳年増と呼ぶのも変だし、何より、じゃあ、僕自身がどれだけ愛を知ってるのかと考えて、何も言い返さずに置いた。


 おそらくは情報端末で仕入れたのであろうアパッシオの戯言を聞き流し、人差し指と中指を交互に揺らす動作で、インプラントデバイスのスイッチをオンにする。そうして、僕が寝ている間にグルちゃ(グループチャット)に届いていた会話に集中する。なんだか、様子が変だ。


【グルちゃ】

(マツ)おい、ニュース見たか?

(ムウ)見た、見た。これ、やばくね?

(ゲン)家の親も、起きてこねーしww


 僕も参加する。

――(ホウ)おはよ。いま起きた。なに?

(マツ)マジ? おっそ。

(ムウ)ホウちゃんおは、おは。いや、これヤバいでしょ。

(ゲン)お前らんとこはどう?

――(ホウ)なんの事?

(マツ)ホウは、まずニュース見ろ。

――(ホウ)うぃ。


「アパッシオ、ニュース」

「かしこまりました」

 今度は素直に従った。さっきのあれは、何だったんだろう。


 そして、僕は知った。文字通りの意味で世界が終わる日。そんな日が本当に来るなんて、僕は想像もしてなかった。でも、それは突然やってきた。


 世界中でほぼ一斉に、大人たちが昏睡状態に陥ってしまったらしい。そして、あらゆる自動機械が暴走もしくはフリーズし、至るところで事故が起きていた。鉄道が停まり、自走車が衝突し、飛行機が落ちていた。

 情報が錯綜し、交通、物流、産業、あらゆる社会活動が麻痺していた。


 そしてとうとう、壁に映し出されていたニュース自体も、ブルースクリーンに「404」とだけ表示されて配信が止まってしまった。


【グルちゃ】

(マツ)ありゃ、ニュース止まった。

――(ホウ)あ、ボクのも。

(ゲン)てか、私の両親、ポッドで眠ったまま起きないんだけど。

(ムウ)ウチも、ウチも。普通に起きてんの、ウチらだけちゃう?

(マツ)アンドロイドはどうよ? ウチのやつ、数式だかなんだかを延々と喋ってるだけで、なんのコマンドも受け付けなくなってんだけど。

(ゲン)ずーっと、同じところを掃除してる。

(ムウ)ウチのはうんともすんとも動かないよ。ホウちゃんとこの、うたかた嬢は?


 「歌過多」。歌ばかり歌ってる変な奴だと、仲間うちで付けられたアパッシオのあだ名。


――まさか、朝からキスされたとか、言えないしな。


――(ホウ)アパッシオもなんだか、命令受け付けないし、変な行動してるよ。



 *   *   *   *


 何が起きているのか、なぜこんな事になったのか。そして、これからどうすれば良いのか。

 途方に暮れつつも、僕らは合流することにした。


 街に出てみると、ニュースで見たままの酷い有り様だった。至るところで事故が起き、怪我人で溢れていた。だけど、みんな昏睡状態で、誰も助ける者もいない。生きているのか、死んでいるのかも分からない。


 時折、動く人影を見かけるけれど、それは全部アンドロイドだった。人間はみんな昏睡状態で、アンドロイドだけが動いてる。ただ、そのアンドロイドも、どうにも様子がおかしい。一処でぐるぐると回っていたり、ブツブツと何かを喋っていたり。


 そして、一体のアンドロイドが、突然僕に向かって突っ込んできた。


「キャーッ!」

 思わず、僕は叫び声をあげ、目をつぶり、しゃがみ込む。衝突は避けられそうにない。自走車と正面衝突するようなものだ。たぶん死ぬ……。


 その時だった。突っ込んできたアンドロイドにラリアットを喰らわせて、僕を窮地から救ってくれた人影。アリアのようなものを歌いながら。


「宝華さん、大丈夫ですか?」


 僕の声にソックリな声が上から降ってきた。目を開けて見上げると、そこにあったのは、翠色の瞳、小さな鼻、薄いピンクの唇。そして、お人形のように整った顔立ち。メイド服に身を包んだアパッシオだった。


「アパッシオ、なんで?」

「だって。宝華さんを感動させられるような歌をいつか歌ってみたいって言ってるじゃないですか。歌は私一人でも歌えますが、それを聞いてくれる人が居ないと感動させることは出来ないのです」


 アパッシオは、ドヤ顔でそう言った。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] 【タイトル】アンドロイドという硬いイメージの言葉に儚い印象の「うたかた」、どういう作品だろうか。 【あらすじ】もう少し情報が欲しい。意図してこの長さなのだろうか?「ススムちゃん大ショック」と…
[一言] まさにカオス。 今はネット上でつながっている子どもたちも、この後が保証されていないと感じる。 なんとかリアルで集まれたらと思うけど外ももう全く安全ではないよね。 アパッシオが守ってはくれるけ…
[良い点] アパッシオが他のアンドロイドとは違う個体であることが詳細に描かれていて、この先の大活躍に期待できました。 [一言] もう少し読んでみたい、そう思う作品でした。 続きがあるとしたら書いていた…
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