4-11 潜入! オギャり学園! ~最強のママ兵器育成計画を阻止せよ~
──ハニートラップにおける唯一の欠陥は、仕掛ける側が性的対象として見られなければならない点である。
裏ルートで入手した計画書の冒頭に綴られた一文。それは日本が世界のトップに立つために立案された計画であり、既に秘密裏に進行している非合法的な極秘プロジェクトだ。
一流探偵である以頭浩二はその計画を阻止すべく、中心的組織であり諜報員育成機関、『慈愛の園』への潜入を命じられる。
また、下記は計画書の抜粋である。
──現在の日本が先進諸国に対抗するには、前述したハニートラップの活用こそが最適である。
──しかし近年、従来のハニートラップそのものが成立しなくなっている。
──であれば。誰しもが最初に愛を与えられる存在からハニートラップを仕掛ければ?
──そう。現代で最も優れた諜報員は、ママである。
──我々はここに最強のママを生み出す『慈愛の園』、通称オギャり学園の設立を提案する。
教室に敷かれた布団の上で、泣いていた――全身を縮こませた三人のおっさんが。
「おぎゃあ!! おぎゃあ!!」
「ばぶううう!!!!」
「うええええ!!!」
水色、ピンク、黄緑と可愛らしい蛍光色の全身パジャマに身を包み、寂しくなった頭皮にはふりふりしたホワイトフリルを身につけ、迫真の叫び声を上げている。
俺は教壇の上から彼らの叫び声、寝相、表情を見て、大きくため息を吐いた。
「お前ら基礎がなってないぞ! 真剣に赤ちゃんやる気があるのか! やる気がないのなら今すぐ帰れ!」
「「「すみません以頭さん!!」」」
おっさん達はすぐさま姿勢を正して正座をするが、そんなこと知ったこっちゃないと鬼の形相で俺は続ける。
「良いか? 力一杯に叫べば良いってもんじゃないんだよ。オギャるってのはもっと繊細なんだ」
こうして欲しいって想いを声に込めるんだ、と自分がオギャる場面を想像しつつ、彼らを叱りつける。
おっさん達は皆、キラキラした目で懐から取り出したメモ帳に筆を走らせていく。
感心感心。ずいぶんと熱心じゃないか。
すると、一人のおっさんがメモし終わったのか、おずおずとした様子で質問を投げかけてきた。
「以頭さん、その……もし良かったらなんですけど」
「ん? なんだ?」
「オギャり学園たまごクラブ成績一位の御業、見せてくれませんか……!?」
「俺のオギャりを見たい、と?」
「はい。序列入りママ候補すら落としうると噂のおギャリ、是非とも参考にしたく……!」
気がつけば他のおっさん二人も、以頭さんのおギャリを見れるのか!? とキラキラした目線を向けてくる。
各々のおギャリを見るだけって約束だったが……そこまで言われちゃ仕方ないな。
俺は、ふっと苦笑を浮かべる。
「いいだろう。俺のオギャり、その目に焼き付けろ」
おおおっ! というおっさん達の歓声を浴びつつ、俺はふわふわホワイトフリルを頭に装着する。
布団の上に横たわり、だらんと四肢から力を抜いて楽な姿勢を取る。気持ち頭を上に向かせるのがポイントだ。
そしてすうっと大きく息を吸って。
「うっ、うっ……おぎゃああああああ!!!(おっぱい~~~! おっぱい欲しいよおおお~~~! ママ~~~ン~~~!)」
「おお……これが……!」
「なんて甘やかしたくなるバブ声なんだ……!」
「俺があんたのママだ……」
彼らの尊敬するような反応を見て、俺は思った。
…………俺はいい年して何をやってるんだ。
☆☆☆
「なんかすごい疲れてるじゃん、浩二くん」
おっさん達との勉強会を終えて寮に戻ると、茶髪のマッシュ男が二段ベッドの上段に寝転がっていた。
「いたのか天江」
「そりゃあ、僕は自分のオギャりを研究するので忙しいからね」
ふんふーんと鼻歌を口ずさみながら、ポチポチとスマホをいじり続ける天江。
茶色の全身パジャマに身を包み、右目下には特徴的な泣きぼくろ。どことなくやんちゃそうな雰囲気をまとっているこいつは、この学園でのルームメイトの天江太陽。
そして、俺と一緒にここに潜入したもう一人のスパイでもある。
「浩二くんももっと自分の性癖を解放すべきだよ。オギャる事だけ考えたらここは天国そのものなんだよ?」
「俺はお前みたいにオギャる趣味はない」
「やれやれ……自分でもわかってないんだね。人類はみな自覚がないだけで、オギャりに飢えているんだよ?」
「意味の分からん理論を振りかざすな」
俺は天江の言葉に呆れつつ、自分の机にカバンを放り投げて頭から下段ベッドへと倒れ込んだ。つい先程渾身のオギャりを披露した疲れからか、はあ、と深いため息が漏れる。
早くこんなところから抜け出して、哺乳瓶ミルクなんてイカれた食事じゃなく美味い肉を食いたい……。
なんて枕に顔を埋めて現実逃避していると、天江がケラケラと笑いながら話しかけてきた。
「いやあ、しっかし……あの一流探偵で有名な浩二くんのこんな姿見れるなんてねえ。新鮮だし写真でも撮っとこうかな」
「やめろ。そもそも、俺は好き好んでこんなところに来たわけじゃない」
「そんなこと言っちゃって~。成績一位になるくらい真剣に取り組んでるくせに~」
「仕事なんだから当然だろ」
そう。俺と天江はここ、オギャり学園――正式名称『慈愛の園』に自分の意思で来たわけじゃない。
あくまで、ここで進められていると噂のある計画――『最強のママ兵器育成』を阻止するために潜り込んでいるだけなのだ。そのため俺らはいち早くトップに近づき、計画を中止しかければならないのだが……。
俺はすっと目を細めて天江を軽く睨み付ける。
「つかお前、研究研究言ってないで少しはやる気を出せ。本当はオギャりたくないだけじゃないのか?」
「失敬な! 僕は自分のオギャりに一ミリの妥協も許せないだけだ!」
つまるところそれはただやる気になれないってだけなのでは?
「でも、もし母性の塊みたいな、僕の性癖にビビッと来る人がいてくれたら今の何万倍もやる気が出るのになあ」
「もしかして、私のことですか~?」
「そうそう、君みたいにおっぱいがでっかくて全てを肯定して包み込んでくれるような雰囲気の――ん?」
どこか間延びした柔らかい女性の声。ここは二人部屋だ。俺と天江以外が会話に入ってくるはずがない。
違和感を覚えて顔を上げてみれば、そこにはイスに座っている黒髪長髪の女性が。天江の言ったとおり特に胸が大きく、どことなく甘えたくなるような雰囲気を纏っている。
「「っ!?」」
急に部屋に現れた来訪者に、俺と天江の警戒レベルは上昇。すぐにベッドから飛び起き、すぐさま臨戦態勢に移行する。
こいつ、何者だ!? 寝転がっていたとはいえ、仮にも俺らはスパイだぞ? それを、悟らせることなく部屋に入りこむだと!?
正体を探ろうと観察していると、あっ! と天江が思い出したように。
「浩二くん、この人アレだ。ママ候補、序列一位の……」
「羽月ひかる、か……」
おっさん達の噂で名前は聞いたことはある。
なんでも今まであやせなかった赤ちゃんはいないとか、一般性癖の大人をもオギャらせるとか――しまいには他のママ候補生までもをオギャらせてしまうだとか。
確か、最も『最強のママ兵器』に近いママ候補生……。
いつからここに居た? どこから聞かれてた? もし仮に俺らがスパイだとバレていれば……。
最悪の場合を想定し、冷や汗が流れる。
「やっと見つけました~」
警戒レベルマックスの俺らなど露知らず。彼女は俺のことをじっくりと見定めるように見やると、イスから立ち上がりゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「君、さっき教室でオギャってましたよね~?」
教室でおギャってた? おっさん達との勉強会の時か?
話の意図が掴めず、口をつぐむ。じりじりと追い詰められているような感覚。
クソ、やっぱりスパイだってバレてんのか? 会話でこちらの情報を探ろうとしている?
しかし、羽月ひかるから放たれた言葉は予想とは異なるものだった。
「良かったら~、私の専属バブになってくれませんか?」
「…………は?」
そう言って、羽月ひかるは俺の目を真っすぐに見据え、手を差し伸べてきた。
専属バブ……つまり、羽月ひかるにつきっきりの赤ちゃん教材になれ、と。
「浩二くん。浩二くんや。どういうことかな?」
「知るか! どういうこと、は俺が聞きたいわ!」
恨めしそうな視線を向けてくる天江は放っておいて。
どういう腹積もりだ? スパイだという証拠を掴むまで自分のそばで監視しようってか? そんで少しでも怪しい行動をしたら、一発でしょっ引いて終わりに――いや。待てよ?
ふとある考えが頭によぎる。
詰みかと思ったが、これはむしろ一発逆転のチャンスなんじゃなかろうか。ここでバレないように調査でもしようものなら即お陀仏の可能性が高い。なら、羽月ひかるに直接働きかければ良いのでは?
つまり――ママ序列一位の彼女を、こちら側に引き込む。
一見詰みに見える状況だが……唯一それを覆せる道。もし成功したのであれば、計画阻止に王手がかかったようなものだ。
今こそ、『最強のママ兵器育成計画』阻止の正念場なんじゃないのか。
頭の中で結論を出し、俺は自分を奮い立たせるようにニヤリと口角を上げた。
「わかった」
「ん、話が早くてよかったです~」
そうだ。ここで培った心底無用な技術ではあるが、おっさんどもを虜にした俺のオギャりでこいつを籠絡してやろう。
「それじゃ~専属バブ138号として、明日からよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく――って、138号?」
こうして俺は、ママ序列一位であるはつきひ羽月ひかるの専属バブ138号になったのだった。