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4-10 夜明けの魔法使い

白夜月と呼ばれる7月は人類にとって1年で最も魔族の脅威が低い。トリアス連邦共和国の首都リリステラでは月喰祭が行われていた。酒を呑み歌に合わせて踊り、街は賑わい楽しい1日になる。そのはずだった。


夜とともに活動的になる魔族が太陽と共に現れ状況は一変。

後に『災厄』と呼ばれるそれは、まだ少女である魔法師によって終止符を迎えた。


唯一の親友で好敵手で仲間のエレナ・アグリコラを、敵と共に討ったヴィオラ。災厄の後、彼女は軍に背いてひとり捨てられた地に住んだ。


そんな彼女のもとをエレナの弟が訪れた。

太陽が沈む事のない白夜月の空を黒煙が埋め尽くす。辺りを照らすのは市街を包む業火。

 逃げ惑う人々の嘆き、魔法師の号令、魔物の咆哮、魔族の哄笑。阿鼻叫喚の中ではっきりと聞こえた声は耳に残っている。

『ヴィオラ!!』『わたしごと討って!!』


 夜空のような黒髪は長く艶やかに。けれど、磨いた剣に鈍く映る少女――ヴィオラの顔はやつれて見える。深紫の瞳が憂いを帯びて至極の色が翳りさすからだろう。

「王都へは行きません。前線へも下がりません。私は最前線ここで戦い続けます」

 向かいに座る男は呆れた。三十代くらいの、がたいのいい男は窓の外に目を向ける。

「ここはもう捨てられた土地だ。いくら結界を張っていようと魔族の領地だ。奪われたんだ。お前は魔族か? 違うだろ。大人しく戻ってこい」

「奪われたなら、奪い返すべきです」

「今は奪われないよう攻防するので手一杯だ。災厄で沢山の犠牲が出た。魔法師は地に落ちたと罵られ、それでも市井を守る為に戦ってんだ」

「魔族を滅ぼせば済む話です。どうしてもと言うのであれば令状をお持ちください、ベルナルド准将」

 令状を持ち出したところで従う気はないな、と男——ベルナルドは眉間を抑えた。

「ったく……昔お前に『もっと素直に、わがままになってもいいと思うぜ』とは言ったが、随分なわがままに育っちまったな」

 冷めた紅茶を飲み干し、立ち上がる。

「茶、ごちそうさん。また来るよ」

 立てかけていた剣を背負い玄関へと姿を消した。

 再来は早かった。

「おい、ヴィオラ」

 あまりの早さにヴィオラは席を立つ。

「まだ何か――」

「オレじゃない。別の客だ」

「別の、お客……?」

 ベルナルドの後ろから一人の少年が姿を現した。

 十五、六だろうか。灰白の髪。顔立ちは幼いが、深く青い瞳は歴戦の戦士を思わせる。

 初めて会う少年に、しかしヴィオラの背筋は震えた。

「ヴィオラさんですね?」

「え、えぇ。そうよ」

「初めまして。ルキアス・アグリコラです」

 そのラストネームはよく知っていた。

『ヴィオラ!!』

 記憶の中で少女が叫ぶ。白髪を靡かせ澄んだ青い瞳を向ける。

 魔族と共にヴィオラが討った少女――エレナ・アグリコラと同じラストネーム。

 ルキアスは、エレナの弟だった。

「俺を弟子にして下さい」

「お断りよ。帰って」

「嫌です。俺は姉さんのように強くなって、魔族を滅ぼす。その為にここへ来ました」

「私が貴方に教えられることは何もないわ」

「それはないですね。姉さんはとても楽しそうに話してましたよ。『安心して背中を任せられる、最高の仲間ライバル』だと」

「買被りすぎよ。ライバルなんて言うけど、あの子に勝てたことなんて一度もない。周りが思っているほど私は強くない。そうよ、強くなりたいならもっと適任がいるわ。ね、師匠」

 うわずいた声でヴィオラはベルナルドに同意を求める。

「いや。こいつがお前に勝てるまで、お前が面倒を見ろ」

「なっ――どうしてですか!?」

「どうもこうもだ」

 聞き入れてもらえなと判断したヴィオラはひとつの策を思い浮かべる。

 ――要は彼が勝てばいいのでしょう? なら、私がわざと負ければいい。

「……分かりました。表に出なさい、ルキアス。貴方の実力を見せてもらうから」

「よろしくお願いします」

「なら俺が審判をしよう。魔法や武器の使用は自由、先に一本とったほうの勝ち。それでいいな?」

 ベルナルドの言葉に二人は頷いた。

 三人は外に出た。結界は家を中心に数百メートルほどに施されている。

 ヴィオラとルキアスが対峙する。得物を持たない彼に対して、彼女は右手に剣を持つ。

「先制を譲ります。遠慮しなくていい、殺すつもりで来なさい」

「ではお言葉に甘えて」

 ルキアスは目を閉じて深呼吸をする。

「行きます!」

 同時に、閃光が辺りをつつむ。

「――つ!?」

 ヴィオラは咄嗟に目を瞑るが間に合わない。

 だが不意を突かれたはずの彼女は、冷静だった。暗闇の中、静かに耳を傾け、頭上から降り注ぐナニカを剣で弾いていく。

 視界が戻り始めた頃、目の前にいたはずの彼はいない。気配を感じて振り返る。

「そこ!」

 彼女の声と共に、キンッ、と甲高い音がした。鋼の刃と魔法で創られた氷剣がぶつかる。

 距離をとり、次々と繰り出される魔法を軽やかに躱していく。

 威力や速度は同年代と比べれば遥かに秀でている。しかし――

 ――この程度、あの子には遠く及ばない。

 ――予定通り、適当にあと数度交えてから、隙を見せて負ければいい。

 次の攻撃を避けようとして、ヴィオラは目を見張った。下がれば結界の外。誘い込まれたのだ。更に重力魔法が彼女を襲った。

 膝をつき、重圧の中でルキアスを見上げる。ゆっくりと歩み寄る彼に、エレナの姿が重なる。初めて彼女と手合わせしたときと同じだった。ヴィオラは舌打ちをした。

「――つく。本当に腹が立つ」

 重力に逆らって剣を突き立てる。

「――られない。負けたくない。あの子には絶対負けたくない」

 ヴィオラを包み込むように影が伸びた。

 英雄と謳われたエレナに、ルキアスが勝てたことは一度もない。それはヴィオラも同じだ。唯一異なるのは、戦闘においてヴィオラはエレナに負けたこともないということ。

 エレナと肩を並べ『夜闇の魔刃スクワルタトリーチェ』と呼ばれた人物。それこそが、ヴィオラ・K・アルバーチェという少女だった。

 ルキアスの背筋が凍るよりも速く、影は彼を捕らえ刃が喉を掻き切ろうとして――

「そこまで」

 離れた場所で見ていた筈のベルナルドが、剣でそれを受け止めていた。

「お前の勝ちだ、ヴィオラ」

 剣を鞘に戻しながら呟く。しかし彼女は俯くだけ

「悔しいと思うなら強くなれ」

 話は終わったと、ベルナルドは歩き出した。

「ま、待ってください師匠!」

 ヴィオラの声に足を止めて振り返る。

「何だ? あ、もしや前線こっちへ来る気になったか?」

「いえ……。その、彼のことは……」

「言っただろ。お前に勝てるまでお前が面倒を見ろ、ってな」

「でも私は……」

 柄を握る手に力が籠る。

 ――私は、弱い。

 ――他人より幾らか魔法や刀の扱いに長けているだけ。ただそれだけで……。

「ヴィオラさん……完敗です! 先程の影魔法をもう一度見せてもらえませんか!?」

「見せ……え?」

 負けたことを残念がるどころか、目を輝かせて称賛してくる彼に戸惑う。

「話には聞いてましたが、影魔法を見るのは初めてなんですよ! 動きを止めるだけじゃなくて、動かすことも出来るって本当ですか!?」

「え、ええ」

 彼の影に意識を集中させて、彼女は言葉をひとつ唱える。ルキアスの影が――身体が、彼の意志に関係なくその場でくるりと回る。

「おぉー!」

 ヴィオラにとっては当たり前の魔法で、彼が何に感動して楽しんでいるのか、彼女には分からなかった。だがそんな彼の様子に心が少し軽くなる。無邪気に笑う姿もまた、似ていたから。

「――ふふ」

「あ、やっと笑いましたね!」

「――そうね。こんな気持ちは久々よ。はぁ……やっぱり貴方達には敵わない……いいわ、丁度お手伝いも欲しかったところだし、貴方の面倒見てあげる」

「ありがとうございます! 俺のことはルキと呼んでください」

 差し伸べられた手に、ヴィオラも手を差し伸べ――


『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 結界の外から響いた少女の悲鳴に、弛緩した空気が一気に張り詰める。三人は同じ方を視た。

「この声――まさか」

 真っ先に駆けだしたルキアスにヴィオラとベルナルドも続く。

「速い……!」

「お前が運動不足なだけだろう。先行くぞ」

 ヴィオラの喚きを背に、ベルナルドは速度を上げた。

 声がした場所にルキアスが真っ先に辿り付く。視界の先、全身が毛で覆われた四つ足の魔物が複数、一人の少女を取り囲む。恐怖に怯える見慣れた瑠璃髪の少女に、彼は目を丸くした。

「アシュ!? どうしてここに!?」

 その問いに答えを出す余地はない。ルキアスは先程見たばかりの影魔法で、魔物の動きだけを封じる。

「今のうちにこっちへ来い! 早く!」

「ルキ!」

 聞きなれた彼の声にアシュと呼ばれた少女は希望を見て、彼女の身体は空へと攫われた。

 巨大な鉤爪――猛禽の魔物が、少女の華奢な体躯を掴んでいた。

「いやっ! 離して!」

 魔物に言葉が通じる筈もなく、鉤爪はびくとも動かない。幸いしたのは、彼女を捕らえた種は、獲物をその場で食さないこと。代わりに、餌を木の枝に刺す習性があった。

「な――! おい待て!」

 少女を追いかけ、ルキアスの意識が魔法から逸れる。束縛の解けた四つ足が、標的を彼へと変えた。彼の背中に迫る魔物が、しかし彼に追いついたのは四つ足だけではなかった。

「こいつらは俺が片づける! 行け!」

 大剣を振るうベルナルドが四つ足の追駆を許さない。

「はい!」

 後ろを任せルキアスはひた走る。鳥獣との距離はそう遠くない。だが追い駆けるだけで、彼は手を出せずにいた。そんな彼にヴィオラが声をかける。

「何をのんびりしているの。さっさと助けてあげなさい」

「でもこのまま魔法を使ったら、アシュまで巻き込んでしまいます」

「あら、私には容赦なかったくせに。そういうの気にしないと思ったけど、そうでもないのね」

「あれは師匠が『殺すつもりでこい』って言ったからですよ。そんなことより――」

「安心しなさい。私が何とかするから、貴方はしっかり受け止めてあげて」

 草原を移ろう影に、彼女は命じる。

「【離せ】」

 呼応するように空を飛ぶ鳥獣の実体が少女を離した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 【タイトル】シンプルなタイトルで、作品の性質はほとんど分からない。 【あらすじ】どの部分が要所なのかを読み解くのが大変なあらすじだった。ヴィオラとエレナの弟が主要人物になるのか。 【本文】書…
[一言] 敗戦の地から動かない傷心のヴィオラの前に現れたのは、彼女が戦いで犠牲にしたエレナの弟ルキアス。 エレナの面影を持つルキアスの存在が彼女の心を動かすが、どのような事情か、ルキを追ってきた女の子…
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