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4-09 ローション・ファンタジー ~不肖・ナカジマのすべらない話~

オレはナカジマ。名古屋生まれのごく普通の大学四年生。だった。

ちょっと変わってるトコロといえば、子どものころ遊んだスライムで性癖が目覚めて、ぬるぬるとかベトベトが大好きなくらい。

趣味が高じて自分でつくったローションで足を滑らせ、ワンルームマンションの浴槽に頭を打って気絶した。

たぶん死んではないと思う。そうだと思いたい。


気づいたら異世界。

この世界の女性は、魔法伝導製品(以下、魔伝という)を動かすのに、いつも痛い思いをして魔石をからだにコスリつけていた。

オレはスベりと魔力吸収の良いローションを開発。たちまちご近所のQOLを爆上げさせてしまったってワケ。

そんな折、安価なローション原料【ポリアンナ】が、風評被害で入手困難に。

同居する獣人少女を助けてくれた女医さんを味方に引き込んで、事態の解決に挑むのだった。

「この魔法液(ポーション)、修道院のものよりずいぶん糸を引くのですね」

 小ビンからガラス皿に垂らされた一滴は、クモ糸のように繊細にきらめき、切れそうになかった。

「さっきの作りたてだから安心してくれ。溶けてる魔力が濃いほど、糸引きは強くなる」

「理屈はそうでしょうけれど、ここまで糸を引く魔法液(ポーション)は見たことないですわ」

 オレイン医師は、陶器のような傷ひとつない指先で滴をつまむと、その感触を念入りに確かめる。

「あら、すごい。指先からでも魔力が染み入ってきます」

「このビンひとつで、八人家族の一週間分の魔力は入ってるからな。俺は大聖堂のてっぺんからでも切れない糸引きを目指してる。いや絶対にそうしなくちゃならねえ」

 不思議な熱量と焦燥とが、その青年には同居していた。

「それを、こちらの可愛い患者さんのためにと持ってきてくれたのね」

 寝台に横たわる獣人少女に、医師はやさしく視線を投げる。

 医院の機材試験でこの同居人が魔力欠乏になったと聞き、ナカジマ青年は慌てて駆けつけたのだ。

 幸い意識はあり、軽口をたたけるほどの余裕もある。だが責任を感じすぎた女医が絶対安静といって帰宅を許さない。

「でもナカジマさ。それって、めちゃくちゃベッタリしてるんでしょ。ぼくの肌には届かないんじゃないかな」

 彼女がおずおず差し出した右腕は、夏も近いのに豊かな獣毛に覆われ、すっかり地肌が見えない。

 医師が腕をかるく握ると、かなりの厚みをもっていることがわかる。

「そうだよな、ずぶ濡れの地域ネコもぺっしょり細くなったもんな。……ああ、こっちの話。安心してくれ、粘度と曳糸性ってのは、必ずしも比例するもんじゃねえ」

 ガラスビンを揺すると、ちゃぷちゃぷ音がする。

「粘度ゼロ。サラサラ水の如しだ」

「試してみましょう。わたくしも乙女のやわ毛を剃るような破廉恥は避けたいので」

 女医が患者のもう一方の手に、小さな魔伝ランプを握らせた。

「これだけの魔力濃度でしたら、ほんの数滴で十分。こぼれた魔力は、こっちにお願いね」

 獣人の少女がうなずくと、女医はガラス管で液体を取り出し、少女の腕に垂らした。

 それはするりと毛のスキマに潜り込み、埋もれている地肌を湿らせた。

 すぐに真皮を通過し毛細血管にまで達すると、少女の心臓の鼓動に合わせて、芳醇な魔力が体中に徐々に供給されはじめる。

「あっ、あっ」

「マナさん、気分はどう? 顔色がよくなってきたけど」

「あっ、はい、魔力に包まれる感じで、ふあぁ……お母さんのおなかの中みたい」

「あなたの吸収力はすごいのね」

 ランプにはまったく魔力がこぼれていなかった。

「糸引きから水アメみたいだと思っていましたけど、まったく毛がくっついていないわ」

「これが吸水素材【ポリアンナ】を使った【洗い不要タイプ】だ」

「がぜん興味がわきました」

 女医は革張りのイスに座り直した。

「彼女にはもう少しここで安静にしてもらいますけど、その間に、この魔法液(ポーション)の薬理作用をもう少し説明してくれます?」

「喜んで」

 パートナーの安否より、むしろこっちが本命とばかりにナカジマが前のめりになる。

「俺はこれを【ローション】と名付けた。古代エルフ語で『洗い清める』って意味らしいな」

「古エル語には『浣腸』の意味もありますわね」

「さすが、お医者様。このローションは、ご婦人がたの生活を、それこそ内側から一新し、社会の悪弊も洗い流すってシロモノさ」

「社会の悪弊……ですか」

「ああ、こんな立派な医院だったら、治療器具はすべて建物据え付けの動力炉でまかなってるだろう。だが、ご家庭の魔法伝導製品ってのは、ご婦人がたの体内魔力でしか動かねえ」

「わたくしも、屋敷のメイドたちが肌をボロボロにして、魔石をこすりつけているのを心苦しく思っています」

「魔石は固いし、表面も粗い。あんなものをこすりつけるなんて正気の沙汰じゃあねえよな」

「でも、荒れた肌の方が、魔力を吸収しやすいのも事実。痛々しい習慣ですわ」

「それを俺は知らなくってよ。もっと、つるっつるにすればと思って、まずは魔石を磨く方法を考えた」

 ナカジマが黒光りする棒状のものを女医に手渡した。

「でこぼこはあるけど、すごく滑らかね。これなら口にくわえたりして粘膜接触もできそう」

 寝台のマナが、なぜか顔を赤らめている。

「でも固くて、まだ痛い。だから、潤滑液(ルブリカント)的なものを考えた。水溶性でない魔石を、どうやって液状にするか。まずは八〇メッシュまで細かく粉砕して、それからどんどん網目を細かくしてるうちに、【神の挽き臼】ってすげえアイテムに出会った。一粒も残さないと言われる神具で繰り返し挽いて、とにかく魔石を細かくできたってわけさ」

「本当に魔石ごと錬金水に溶かしたんですか? この紫色のローションは、時間がたっても、まったく(おり)が出ませんね」

 岩を砕いた顔料絵の具だって、時間が立てば成分が沈んでいく。

「ああ、挽いた粉を、さらに遠心分離機にかけたからな。鼻から吸い込めるくらい細かいやつだけ選別したんだ」

「それでも石は水に溶けっこないでしょう」

「……っち。分かってる。さすがマナっ子が推薦しただけはある」

「わたくしに何か依頼ごとがあるんでしょう? 作り方を知らないと安全を確認できないわ」

「それもそうだな。これは特級の秘密だから他言禁止だ。そこに溶けてるように見える魔石は、実はナノコロイド化してる」

「ナノ……コ……?」

「ざっくばらんに言えば、重力なんてどうでもいいくらいに細かい。ほとんど錬金水と一体化してるから、何年待ったって、澱は出ねえぜ」

「理屈はわかりませんが、この紫の光も、そのせいでしょうか」

「へへっ、その通り。乾いたら無色透明だから、服の汚れは心配ねえよ」

 ナカジマは腹をくくって語りはじめる。

「この村の技術じゃあ、力尽くで粉を細かくするのは限界があった。そこで俺は考えたね。魔石を食ってる化けものどもが、どうやって魔力を吸収してるのか」

 村がさびれているのは、魔蛇ヒドラの生息地だからだ。

「それでも村がやってけたのは、ヒドラ狩りの名人がいたからだ。そのジジイと一緒に狩りにでかけて、やつの胃の中ァかっさばいて、仕組みを調べたもんよ。これが当たった。俺は【ヒドラ還元法】って名付けたね」

「あれは嬉しかったね。そのあとも大変だったけど」

 獣人の少女がなつかしげに語る。

「あら、そうなの」

 女医はこの奇妙な二人にも、すっかり関心を高めていた。

 閉鎖的な村にすら受けいれられている社交的な獣人少女と、研究の話になると我を忘れる異国の青年。そして、その二人の目には見えないが、はっきりと感じられる信頼関係は、しぜんと応援したくなる。

「ナノコロイド化を安定させるのに、もう一苦労あったんだが、まあ、それは別の話」

 ナカジマは居ずまいを正して、真剣な面持ちとなる。

「オレイン先生、これをこの医院で売り出してくんねぇかな」

「でも、お高いんでしょう?」

「手間はかかってるが、村の連中は乗り気だから、安く働いてくれる。それに魔石の原料費は……ぶっちゃけタダだ!」

「まあ」

「なんたって捨てられてた用済みのコスリ魔石を拾ってきたんだからな」

 魔力が写せなくなった魔石は、表面を削れば、また使えるようになる。

 しかし削りすぎてチビた魔石は、もうゴミだ。

 燃やせないので、どこの家でも、まとめて積み上げてある。

 それをタダで引き取る。むしろ手間賃をもらってもいい。

「魔力吸収に重要なのは、表面積なのかもな。ナノコロイド化したら、そんなチビた魔石でも、べらぼうに魔力が取り出せるんだ。この魔力ひとビン、捨ててあった親指くらいの魔石のほんのヒトカケラを、さらに砕いた、ほんのほんの一粒よりもさらに小さいんだ」

 ナノコロイド化した魔石は、わずかな量で効果を出せるし、吸収も早い。

「いいことづくめね。でもまだ何か心配ごとのある顔ですね」

「ああ、原料がひとつ手に入らない。基剤にするポリアンナだ」

「それって貴族が赤ちゃんのおしめに使ってるアレ?」

「ちょっと違う。あっちは水を吸うのが仕事。こっちは水に溶けるのが本分さ」

 たしかにまるで正反対だ。

「この国でポリアンナを作れるのは、どうやら三つのギルドだけらしいんだ。そのうち一社が、最近になって工場を縮小。逆に工場を増やして占有率の上がったズムウォルト製菓は、娼館の潤滑液(ルブリカント)に使われるのは風聞が悪いってんで、一部の製造所にしか原材料を卸さなくなった」

「原材料のことを考えると……錬金術師の多い王都の方が、作りやすいかもね」

「この村が一番だ。なにしろ水が違う」

「たしかに、ここの湧き水はおいしいけれど」

「そう、水がやわらかいんだ。王都の方は、硬くていけねえ。大量に錬金水をつくりたくても、設備が白く濁ってすぐダメになっちまう」

 王都では、水道管がすぐに詰まり、長く住んでいる老人もカラダに石がたまりやすい。

「オレイン先生よ、このローションを村の特産にしてみねえか? 王都に顔のきく先生の口利きで、ポリアンナの仕入れさえ解決できれば、村は豊かになって、街が栄えて、国がよくなる。俺は、村に恩返しがしたいし、マナっ子にも礼をしたい」

「ぼくからもお願いします」

 よろよろと寝台に座り直した少女も、深々と頭を下げた。

 志は評価する。

 技術的にも申し分ない。

 しかしオレイン医師には、まだなにか重大な見落としがあるような気がしてならなかった。

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[一言] 洗い不要タイプで獣毛があっても問題なく使える魔力回復薬(塗るタイプ)ローションを開発したナカジマ。 すごい技術で画期的な発明をし、この世界の特に家事に従事していた人に恩恵を与えたのだけれど、…
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