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06 結婚して7年が経過しました

「もう、3年以上です」


 夕食の後。

 私は義弟おとうとのクシャル王子と、彼の部屋で落ち着いた時間を過ごしていました。


 18歳になり成人王族レガード儀式ぎしきを終えたクシャル王子は、貴公子というのが適切な美男子になっています。

 初めて会ったころの姿を、私はもう思い出せません。

 とはいえ彼の幼いころの姿絵すがたえは残してあるので、それを見ればよいのですけど。


「なにがですか?」


義姉上あねうえが離宮を閉めて、ここにうつられてからです」


 もう、そんなになりますか?


 そうですよね……。

 私もう、27歳ですもんね。


 そしてあなたは18歳。

 もう大人です。


「兄上からのご連絡は、一度もございませんか?」


 ございませんね。

 というか結婚してから、陛下からのご連絡は一度もないです。


 陛下のお姿は姿絵で拝見はいけんいたしましたが、直接会ったことも、手紙をいただいたことすらありません。


 別に私、陛下に……旦那さまに会えるとはもう思ってません。

 なんの期待もしてません。

 クシャル王子がいてくれるから、それでいいと感じています。


 ですけど、王子も適齢期てきれいきです。

 そろそろ縁談えんだんの話も来ているはず。

 彼は私になにもいいませんが、私……義弟の結婚のジャマになりますよね?


「そうですね。陛下はおいそがしいのでしょう」


 私のことなどに、心を使う余裕よゆうがないほどに。

 そう思うことにしています。


 ですがクシャル王子は、


「そうでしょうか。私は兄上あにうえと何度かお会いしておりますが、兄上から義姉上あねうえの話題が出たことはございません」


 でしょうね。

 わかってるから、いわなくていいよ?


「義姉上は、その……いいにくいのですが、兄上とご関係はございませんよね?」


 ご関係?

 あぁ、身体からだのご関係ですか?


 えぇ、ございませんとも。

 というか私、誰ともそんな関係になったことはございません。


「そうですわね、さぬしいかぎりです」


 もう27歳ですよ? 私は男性経験のないまま(当たり前ですけど女性経験もないですよっ!)、人生を終えるのかしら……。

 わざとらしくため息をついた私に、


「義姉上は、兄上を愛しておられるのですか」


 義弟おとうとが真剣な眼差まなざしをむけてきます。

 そんなこといわれましても、陛下にはお会いしたこともありませんし……。


「さぁ、どうなのでしょう? ですが私は、陛下のつまのひとりです」


 これで返答になるかしら?

 クシャル王子は真面目な顔をして、


「この国では、7年間夫婦関係がない場合、夫妻どちらからでも離縁りえんうったえることができます。古い風習ふうしゅうですが、ご存知ぞんじですか?」


 知らない。

 だって私、もともと外国人だし。


ぞんじませんが、それがなにか?」


「これは、たとえ国王に対してでも申し立てることができます」


 ふーん……で?

 ピンときていない私に、


「今日です。兄上と義姉上がご結婚なされて、今日で7年目になります」


 そ、そうなの?

 今日が、7回目の結婚記念日ってこと?


 結婚記念日なんて、考えたこともなった。

 というか私、自分がいつ結婚したかなんて知らない。


 この国に来て「第七夫人さま」と呼ばれるようになったから、「私は結婚しているのだな」と感じているだけで。


「ですので今日、兄上あにうえ義姉上あねうえに夫婦生活がなければ、義姉上……」


 クシャル王子は立ち上がり、私の横に移動するとそこにひざまずいて、


「兄上と離縁りえんし、私のつまとなっていただけませんか」


 ……ぅう~ん?

 この子、なにいってるの?


 つま?

 ちょっ、ちょっと待って!?

 つ、妻あぁ~!?


 ちょっ……なに私、動揺どうようしてるっ。

 だって「妻になってほしい」なんて直接いわれたの、初めてだし。


「ご、ご冗談じょうだんを。からかわないでください」


 私、すごくドキドキしています。


「本気です。私は義姉上あねうえを、幼き日よりおしたいしております」


 跪いたまま、私を見上げるクシャル王子。


 ど、どうしよう!?

 恥ずかしくて、彼の顔をまっすぐに見ることができません。


 え? だって義弟ぎていだよ!?

 これまでずっと、私はお姉ちゃんで、彼は弟だったんだよ?


 なのに……なんで?


 だけど、もしかしたら「彼の妻」になれるかもしれない。


 そう思うと心臓が苦しいほどに波打って、顔が赤くなっていくのが自分でもわかりました。


 まっすぐに私の目を覗くクシャル王子。


 ほ、本当に……本気、なの?


「もちろん義姉上から兄上に離縁は申し上げがたいでしょうから、まずは私から兄上に話します」


 あ、いや……え?


「ですから、義姉上」


 クシャル王子が私の左手を取り、「素手すでの手のこう」にキスを落としました。


 この瞬間。


 私の心は固まった。


 固められてしまった。


 この国ではどうか知りませんが、私は「素手の左手の甲にキスを送られるのは、求婚きゅうこんされたあかし」という教育を受けて育ったのです。


 クシャル王子……いえ、クシャルがどのような気持ちで私の左手に唇を落としたのかわかりませんけれど、私は今、初めて男性のかたから「求婚きゅうこん」されたんです。


 嬉しかった。

 本当に、涙があふれそうなほど嬉しかったの。


 そう思えてしまうほどに、私はいつの間にから、義弟おとうとに……クシャルにおもいを寄せてしまっていました。


 本当は以前から、わかっていたのかもしれない。

 ですがこの想いは、誰も幸せにはしない。

 だから。


 ……ううん、違う。


 クシャルに迷惑をかけなくなった。

 この人に、嫌われたくなかった。


 ただ、それだけ。


 ですが、私はもうおそれない。


 クシャル。

 私は、あなたが好きです。


 あなたの求婚が、心臓がつぶれそうになるほどに嬉しいっ!


 私の左手を取ったまま、クシャルが私を見つめます。

 そんな彼に私は、小さく、ですがはっきりと頷きを返しました。


 どういう沙汰さたが出ても受け入れよう。陛下に離縁され故郷に帰されるのなら、それでもいい。

 それが「私が戦った証」になるのなら、「クシャルに想いを寄せた証」になるのなら、どんな結果でも受け入れよう。


「……わかりました。あなたにお任せします、クシャル」


 私は彼に微笑みました。

 姉としてではなく、ひとりの女として答えた私の左手の甲に、彼はもう一度キスをくれました。


     ◇


 それから10日後。

 実家に戻される覚悟もしていたのですが、結論けつろんからいうと私と陛下の離婚は、あっさり承諾しょうにんされました。


 というか陛下には、むしろ安堵あんどされたみたいです。


 どうも私の存在は7年の間、陛下と第二夫人との間で「出来物」みたいにジャマだったらしく、私が離縁したいというならそれで構わないと、むしろ喜ばしいと、そういう感じだったようです。


 ですが国王が離縁りえんには問題があり、私と陛下との間に一度も身体の関係がなかったことから、そもそもの結婚自体がなかったことにされました。


 なので私、結婚経験のない、ただの「行き遅れ伯爵令嬢」に戻ったみたいです。

 そのようなことを、王宮内にある「クシャル王子の館」で、私は義弟おとうとでなくなったクシャル王子につげられました。


「というわけでして、義姉上あねうえ兄上あにうえの妻ではなくなりました」


 すごく嬉しそうなクシャル王子。


「なので私は、誰に恥じることなく義姉上に結婚を申しこめます」


 まぁ……確かにそうなりますわね。

 ですが私、


「行き遅れの伯爵令嬢ですけけど、大丈夫ですか?」


 いや、だってほら。

 私もう、27歳も半ばなんです。相当な行き遅れ令嬢ですよ?

 それが第七とはいえ王子と結婚って……ねぇ?


 結婚を申しこまれたときはその場の雰囲気というか、気持ちの盛り上がりというかでつい、


『わかりました。あなたにお任せします、クシャル』


 なんていってしまいましたけど、冷静れいせいになってみればやはり私とクシャル王子では釣り合いが取れないというか、問題が山積みじゃないかしら……とくに私の年齢と身分が。


 だけどクシャル王子はなにも問題ないというように、


「もちろんです。ではさっそく、神殿に婚姻こんいんあかしをもらいに行きましょう」


 はい?


「今から、神殿に行くのですか?」


 確かにまだ日は高い時間で、神殿は開いているでしょうけれど。


「はい。どこのどいつが、独身どくしんとなられた義姉上を狙っているかわかりませんから」


 誰がこんな行き遅れを狙うっていうの?

 そんなの、あなたくらいのものよ。


「なので婚姻こんいんちかいを立てあかしを取得し、今夜にでも実質的な夫婦関係を結びましょう!」


 は? 実質的な夫婦関係!?


 頬を赤らめ、目をキラキラさせているクシャル。

 彼は本気だ。

 3年間以上一緒に暮らしてきたのだから、それくらいわかります。

 

 ですが私も、彼の本気が嬉しかった。

 クシャルが本気で私を妻に望んでいるのが、疑いようもなかったから。

 

 だから本気の彼に、私はこういいました。


「でしたら、その義姉上あねうえというのはやめてください。私はあなたの妻になるのですから、名前で呼んでいただきたいです」


 名前で呼んでほしい、

 そうつげたはずなのに、彼が反応したのはそこじゃなかった。


「妻に? 本当に妻になってくださるのですね!?」


 そこですか。

 確かにちゃんと、返事していませんでしたけれど。


 今日にでも私の夫になるだろうその人は、私の手を強く握って、


「私はこの想いを、ずっとあなたに受け取って欲しかった」


 おねえさまでも義姉上でもなく、


「ミリア。私はあなたを愛しています」


 私の名を口にして、愛をつげてくださいました。


End

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