Eternal First Love 2
病院の屋上は高いフェンスに囲まれている。
それでも真上をみれば夕日が沈んで、星空が見えはじめていた。
「……いつ、こっちに帰ってきたの?」
不安げな目が向けられる。
このような形での再会となり、戸惑いが大きいのだろう。
風が吹き、高校生のときとは違った短い髪をおさえてふわりと笑う。
「12日に飛び出してきた。黒咲くんに会うために来たんだよ」
「なんで……だってオレ、本当に衝動的で……」
言葉にするのを躊躇っている。
本人の自覚さえない衝動と、その行動に身を委ねたくなる目の前の真っ暗さに飲まれていた。
それだけ苦しくて辛かったというのに、誰にも何も言えなかった。
弱音を吐くこともなく、明るく笑う黒咲 由利。
頑張らないと、と暗示をかけて走り続け、自分の状態もわからなくなっていた。
あの自殺未遂は、頑張り続けた果ての折れた心が強制的に痛感を遮断しようとした結果だ。
心も身体も痛すぎて、何も感じなくていい境地へと至ろうとしたものだった。
「死ぬとか……そんなことわからなくて……」
「うん。間に合ってよかった」
「と、時森?」
細い腰にギュッと抱きついて、胸に擦り寄る。
少し早い鼓動を耳にしながら、私はここに至るまでの道を口にした。
「……私ね、変わりたくてこの町飛び出したんだぁ。でも頑張ろうとしても周りから叩かれてばかりで、正直疲れてた」
何をしても空回り。
上を向こうとすればするほど、大きなハンマーで叩かれてまるでモグラ叩きのようだった。
頑張り方がわからなくなって、何をするにも怖いが付きまとう。
連鎖するように罵倒が襲いかかり、自分を守るように自分を殺した。
無価値な石っころになり、周りが輝いて見えた。
惨めで、寂しくて、泣きっ面になっていた私に残された光は黒咲くんだった。
その光が失われたと知り、どうしようもない感情を持て余して流星群の空を眺めた。
「変な話かもしれないけど……私は黒咲くんの自殺を知っていたんだ」
「……っこれは衝動的で」
「ずっと黒咲くんが好きだった。ずっとずっとその想いが消えなくてその想いは時をかけた。 また黒咲くんに会って、もっともっと好きになったんだ」
だけど、とヘラヘラ笑いながら不安げな漆黒の瞳を見つめる。
「告白する勇気なんてなかった。でもね、やっぱり私には黒咲くん以上に好きになれる人がいないの」
結局この現象がなんだったのかはわからない。
それでも私は星を掴みに行っただろう。
私が焦がれた星は、空に浮かぶ星ではなく目の前にいる私だけの一番星なのだから。
一人で笑えなかった人生も、これからは二人で笑っていけると思えた。
「黒咲くんがいい。一緒に、生きていくこと選んでもいい?」
「……オレには何もない。時森を守れるだけの財力も、地位も、技術も……何一つないんだ」
肩に顔を埋め、弱音を吐き出す黒咲くん。
「オレはオレがわからない。 今では何がしたかったのかも、何になりたかったのかもわからない」
私はそっと背中に手を回すことしか出来ない。
「ずっと、オレはじいちゃんを追いかけていた。 じいちゃんみたいな職人になって、町を盛り上げて、親父や従業員に楽させたかった」
ボロボロと途端に溢れ出す涙。
手は小さくすがるように握られる。
「もう何も残ってない。オレは……器を作れない。腕、ずっと治らないんだ。足も、違和感なく歩くことが出来ない。
こんな状態で時森に顔向け出来ない。あんな漆器を作ったところで重たすぎて絶対に、渡せないって……」
「由利くん」
その苦しい叫びに胸が痛む。
きっと“黒咲 由利”であることを背負いすぎて泣くことも出来ずに生きてきた。
「私はあれが欲しいの。あのどっしりとした朱と黒の椀」
だけどその苦しみさえ愛おしい。
全てを背負おうとした姿でさえ、私の愛した由利くんだった。




