Black Lily 14
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「……暑い、な」
蝉が忙しなく鳴く7の月。
もうすぐ月を跨ぐことをボーッと考える。
輝利が亡くなってから年月が経ち、墓参りに足を運ぶ余裕もなくした。
蒸し暑い部屋で扇風機の羽を眺めながら、無気力にベッドの上で丸くなる。
貴利はまだ仕事場から戻っていない。
夜になっても物音ひとつせず、また仕事を終えて一人飲みに出ているのだろうと目を閉じる。
由利はもう貴利を気にかけることも、優しくしようとも思っていなかった。
痛みはしないものの、以前と異なる右足の感覚にグッと汗ばむ手を握りしめた。
それからいつの間にか眠りに落ちていて、次の日の昼過ぎ頃に家のインターフォンの音で目を覚ます。
重たい身体を壁で支えながら階段を降りていく。
玄関扉を開くと、そこには気怠げに顔を爪でかく警察官が立っていた。
「あー、どーも。隣町の警察署のものです」
「えっと……」
「黒咲 貴利さんの息子の由利さん、でいいかな?」
「はい。あの、親父が何か?」
「大変残念ではありますが、貴利さんは山で遺体で発見されました。死亡推定時刻は昨晩23:00頃……」
ーードクン。
一体これは何を言われているのだろう?
「とりあえず署までご同行を。詳しく話をきかないとね」
(親父が死んだ? そんなの……)
遺体安置所で眠る貴利は、いつも通りの険しく眉間にシワを寄せた貴利だった。
驚くほどにいつも通りで、その何も変わらない姿を直視して由利は言葉を失った。
艶のあった黒髪はいつのまにか白髪に。
身につけているものは何年も前から同じもの。
タバコとお酒の臭いが染み付いた、顔の輪郭がやたらと骨が浮き出て、皮膚が凹んだ老人。
『ここにあるのは黒咲 輝利の器だけじゃない。黒咲 輝利がいなくても、すごいんだ。誇っていいものなんだ。素晴らしいものがある。もっと……もっとたくさんの人に愛される。必ずそうなる。黒咲 輝利が築いた土台は揺るがない』
(親父は嘘つきだ)
あの日、世界は終わっていた。
揺るがない土台なんてない。
過去の栄光はあくまで過去の栄光で、終わってしまえば土台に次の高い壁が出来る。
誇っていた。
心から素晴らしいものだと思っていた。
自分はその素晴らしいものをもっと世の広め、『黒咲 輝利の作った世界』の発展に尽力していくものだと。
そしていつか『黒咲 由利』は祖父の遺志を継ぎ、新しい風を吹かせた人物として『終わらなかった世界』を『はじまりの世界』にしたいと願った。
だが『終わらなかった世界』は終わるべきだった。
恐怖の大王は『輝き』だけを奪い、『負の遺産』だけを置いていった。
(たくさんの人に愛される? ……親父は大嘘つきだ)
【愛されていたなら、なんでそんなボロボロの死体になって形だけ残していくんだ】
(だけど一番の嘘つきはじいちゃんだった)
『恐怖の大王なんて現れないから大丈夫』
ーー嘘つき。
1999年、7の月に恐怖の大王は光を奪う。
2022年、7の月。
恐怖の大王は由利に告げる。
『そこがお前の墓場だ』と。
『お前の“未来”は、目の前にある』とーー。




