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Black Lily 13

広い畳部屋でカーテンをしめ、机に突っ伏す貴利を見下ろす。


床に転がる空缶を拾いながら眉間にシワを寄せる。



貴利が酒飲んでたのは以前からであったが、タバコの量が増えているようだ。


車でも吸っているようで臭いが付着し、シートにも黄ばみが出来ていた。



(漆器に移ると困るんだよなぁ……)



「おい、親父。ちゃんと布団で……」



声をかけた由利の手を振り払い、貴利は虚ろに目を開いてまた酒を飲む。


机にうずくまって、拳を作り叩き出していた。



「皆してバカにしやがって。くそっ、くそ……」


「親父……」



貴利は結局のところ、ふたご町が好きで盛り上げたい気持ちは捨てられていない。


ただ口下手で、凡人発想。


性格の難としては上に立つのが好きなわりに、上の人がもつべき魅了する力がなかった。


輝利のように人から囲まれ、未来を期待されていただけに理想と現実のギャップに苦しんでいる。


長年それを続けたことで、マイナス面が尖っていき、引き返せなくなっていた。


そのまま眠りに落ちる貴利に、由利はそっとタオルケットをかけて小さな背中をさすった。



「……オレが頑張るから。 親父が楽できるよう何とかしてみせるから」




***



仕事場で足をぎこちなく動かしながら荷物を運んでいると、体験教室で絵付け担当をする女性が声をかけてきた。


「由利くん、体験教室のことなんだけど……」


「どうしました?」


「由利くんが教える側に回れないかしら?」



その申し出に由利は苦笑いをし、首を傾げる。



「えっと、何かありました?」


「ほらぁ、由利くんはフランクで話しやすいじゃない? 歳も若いし、イケメンだからいいかなって」


「そうじゃなくて……。オレは技術面のフォローが上手くないから向いてないと思うのですが」



由利の抵抗に、相手も引かない。


ニコニコと笑顔で由利を持ち上げていった、



「でもこれからは由利くんが表に出た方がいいわよ? 大変だろうけどその方がいいわ。ほらぁ、私ももう歳だからね? 裏方に回った方がいいと思うの。貴利さんも……ね? 由利くんならわかるでしょ?」



それ以上、言われなくても理解した。


これからは由利主体で、せめて華やかさだけでも演出してカリスマ感を出した方がいいという女性目線でのアドバイスだ。



「……調整します。 アドバイス、ありがとうございます」



女性目線のアドバイスは貴重だ。


見られるものに対しての美意識がやはり男性にはないものがある。



由利もきっと、覚悟を決める時が来たのだろうと考え出していた。




***



場所を書斎に移し、由利は先程の提案を貴利に伝える。


だが貴利は険しい鬼のような形相で由利を睨みつけ、机をバンッと叩いた。



「お前はなんだ? 社長にでもなったか?」


「違う、そんなんじゃ」


「黒咲 輝利にでもなったつもりか? 技術で足元にも及ばないのに」



鼻で笑われ、由利はカッとなって机を手で叩く。



「そんなんじゃない! だけどみんなが表にはオレが出た方がって言うから!」


「俺は不用品か!? みんなして俺を避けてバカにして!! 俺は黒咲漆器の二代目で、跡継ぎとしてずっと育てられてきたんだ!!」


「おやーー」



こんなにも禍々しい貴利は見たことがなかった。


本来の年齢よりも老け込み、覇気も威厳ではなく意地でしかない。


ヨレヨレのシャツを着たまま、書斎を飛び出していった貴利をみて由利は俯きため息を吐いた。




「風呂、は昨日入ったか。今日は……」



頭がかゆい。


身体も浮腫んで倦怠感がひどい。


だがそれが後回しになるほど、由利はもう自分の身体を省みていなかった。


右足をぎこちなく歩かせ、部屋へと戻っていく。



「もう、いいや。ちょっとでも、寝たい」



七色の石を握りしめ、眠りにつく。


これを持っている時だけ、由利は怖いものがなくなり安心することが出来ていた。



***



「えー、流行中のウイルス感染対策として今年の星祭り及び屋台は中止。初詣も控えるように注意喚起しましょう」


「……」



星祭りはおろか、屋台も中止となる。


しばらくは復興会の打ち合わせもリモートで行うそうだ。


どんどん形になるものが消えていくことに、寂しさはあれどどこか安心した気持ちも捨てられなかった。


由利の願いは、もう破綻しかけていた。




「由利くん、本当に大丈夫?」



箔史が会議を終え、由利の前に立つ。



「え?」


「いや、貴利さんの方が……。とりあえず二人とも、休息しなよ?」



肩をポンポンと叩き、ぎこちない微笑みを浮かべていた。



「健康的な食事して、睡眠とって。ちゃんと清潔にしないと、な? 結婚してその辺管理できる嫁さんでもいればな」



その言葉に強烈な違和感を覚えた。


由利は箔史の手を振り払い、後ずさって歯を食いしばる。




「……そんなので、結婚したくないです」


「由利くん?」


「失礼します」



いつもならなんなく貼れる爽やかの笑み。


こんなぎこちない口角であげるのは、歪で目をそらしたくなった。


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