Black Lily 12
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それからなんとか星祭りは終わり、怒涛の年末年始は過ぎた。
由利は書斎で貴利と向きあい、話し合いをする。
「星祭りはしばらく中止だ。炎上騒ぎにならなかっただけマシと思おう」
「……ごめん」
「いや、現実を見るべきだった」
由利の謝罪に貴利はため息をつき、瞳を虚ろに椅子にもたれかかる。
「ふたご町を盛り上げる夢は余暇であり、家のことに専念すべきだったってことだ」
「なに言って!? だってそれが親父の夢じゃないか! もっと盛り上げたいからって色んなアイディアだって出してて……」
「アイディアだけで夢は叶わないんだ。 ……由利のおじいさんは本当にすごい人だったんだ」
表情が影っていく。
コケた頬と虚ろな瞳に生気はない。
だが口角は上がっていき、手に力を入れて笑いだした。
「一時代を築いた。私はそれを守らないと。 従業員もいるからな。伝統も、知名度もあるんだ。本当に地元に根付いた世界だから……。黒咲家はすごいんだ。たまに隣町の大学に講演とかに行き、歴史を話したりもするんだぞ」
まるで狂気に憑かれたように不気味に笑いだし、光なく由利を見る。
ふたご町を盛り上げたいと口にしていた父の姿はどこにもなかった。
「親父は……本当は何がやりたいの? 本当にふたご町を盛り上げたいの?」
「由利?」
笑うばかりの貴利に歯がゆくて悔しい気持ちになる。
普段の貴利の姿勢に腹が立ってきて、由利の中でドス黒い感情が膨れて支配する。
貴利の気持ちを一切考えない、ただの毒吐きで八つ当たりだった。
「従業員に払うために自分の金はなくて。 それで土地を担保に金集めて、悪循環ばっかじゃねーか! ネットに販路見出したり、海外にターゲット向けたりと考えないとなんも変わらねーだろ! いいものは必ず売れるって時代は終わったんだよ!!」
由利の毒に貴利は何も答えない。
当たり前のように“輝利の席”に座る姿に、由利は壊れた玉座を見た。
「……じいちゃんは、もういないんだ」
きっと、貴利と分かり合えるものはない。
向いている方向が違いすぎて、寄り添うことも出来なかった。
部屋を飛び出し、ぎこちない足取りで自室へと戻る。
残された貴利は一人、狂気の表情をして頭を抱えながらブツブツと呟いていた。
「俺は黒咲 輝利の息子なんだ。こんな……こんなはずじゃない。もっと、もっと本当は……。おかしい、おかしいんだ……。現実がおかしいんだ、はは……」
誰にも、届かない。
栄光を蜜を知り、それが終わった世界は密に狂った彷徨う蛾になっていた。
***
メッセージを受信し、確認すると倉田からだった。
お互いやりとりをしているわけではないが、こうして報告事項のように倉田から文章が届くことがあった。
『会社である程度実績出来たから辞めました。これからはクリエイターとしてアナログとデジタルの融合した作品を作ります。
知名度はまだまだだけど、お互い頑張ろう。黒咲くんも夢を掴んでくれたまえ』
「……どうすればいいんだよ」
先行く姿に由利は嫉妬する。
高校生の時から自分の好きを貫き、生き残る方法を見つめていた。
腑に落ちない気持ちを自分の中で解決し、最も良いと思えた道をひたすら進んでいる。
もう同い年の人たちが何をしているのかわからない。
自分がどの辺に立っていて、周りとどう生き方が違うのかを想像すると吐きそうになった。
「……時森、お前は何してるんだ?」
弱々しい声が部屋に埋もれる。
ちらりと部屋の隅に置かれた木箱を見て、目を閉じる。
光る石を置いて、開けられないように蓋をした。
「お前に器なんて……一生渡せないな」
***
「それでは星祭りは今後、屋台のみということで」
町役場の会議室で、復興会のメンバーが集まり会議が行われる。
星祭りの運営について、カウントダウンのイベントはしないという方向が決定された。
会議が終わると、機嫌悪そうに足早に貴利が部屋から去っていく。
メンバーとなっていた由利はその後ろ姿を見つめるだけ。
「由利くん、大丈夫?」
箔史の声かけに由利は首を傾げる。
輝利と仲の良かったとされる蒲田 雅箔は復興会から退き、今は息子の箔史が副会長として任されていた。
会長は貴利だが、会議進行は箔史が行っている。
意見を出しても通らないことが大半で、貴利の表情は険しくなる一方だ。
由利との関係悪化もあり、それは周りからみて声をかけずにはいられないほどの状態であった。
「なんだか由利くんさ、疲れた顔してるよ。 貴利さんもすっかり顔つき変わっちゃったし」
(人目にわかるほどオレ、疲れてるのか? 親父は……)
【笑え】
「……大丈夫です。 親父もちょっとイライラしてるだけですから」
「だけど」
「家族が支えないと。それにオレ、長男ですから」
【簡単に弱みを見せるな】
「今はこんなんですが、いつか必ずふたご町を盛り上げますよ! ここまで作り上げたじいちゃんはすごいんだから」
「由利くん、君は……」
笑っている由利に箔史はそれ以上、言葉が続かなかった。
由利は無意識に自分を脅迫しており、笑顔で何でもこなそうとするロボットのような状態だった。
「……わかった。深くは突っ込まないよ。今年は難しいが、来年は星祭り再開できるよう頑張ろう。俺も息子に声かけてみるからさ」
「ありがとうございますっ!」
貴利は同情されることを嫌う傾向がある。
だから由利がスキを見せれば貴利に火が飛んでしまう。
いつの間にか、由利は【完ぺきな息子】のように振る舞うようになっていた。




