Black Lily 11
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仕事を終え、松葉杖を壁にたてかけベッドの上で仰向けになる。
時計の音と、扇風機をまわすサァーッとした音だけが耳に入る。
(チェックだけはしないと……)
疲労困憊な中、スマートフォンを手に取りメッセージの履歴を確認していく。
毎日連絡を取り合っていた人たちも、いつの間にか一覧の下の方におり、最後のやりとりから時間が経過している。
そうやって自然と離れていき、過去になっていった。
(友達って、なんだろ……)
腕を脱力させ、スマートフォンだけは手から離さない。
ーーピロン。
「ん? 」
いつも音を聞かない通知音を耳にし、身体を起こす。
「……倉田?」
『久しぶり。
デザイン系の会社で働いてます。
なにかあったら連絡ください。
現状報告まで。
倉田 大輔』
「ふ……そっか、頑張ったんだな。倉田はすごいよ」
有言実行で、前を向いて……強烈にカッコいいと思った。
***
次の日、昼過ぎに松葉杖をついて外出をしようと外に出るとスーツ姿の男がウロウロと歩く姿を目撃する。
見覚えのある姿に由利は松葉杖の動きを早くして近寄った。
「……拓司?」
「あ、由利! 久しぶりや…… って、えええ!? 足、え!? どしたんそれ!?」
「ちょっとやらかした。それより何年ぶりだ? 元気だった?」
由利の問いかけに拓司は鼻を高くして、自信満々に腰に手を当てる。
「今は就職して、このあたりに挨拶回りしてるんだ」
「へぇ、なんの仕事?」
「商材の営業! 商材を買ってもらって、それを他の人に紹介して買ってもらうってやつ」
笑顔で語り出す拓司に由利は目を丸くし、微笑みを固定する。
苦笑いに見えないよう、絶妙に調節された口角を維持して拓司の様子を眺めた。
「紹介したら販売ボーナスがついて、紹介した先が他の人にまた買ってもらえたら最初に紹介した人にもボーナスがつくんや」
「へ、へぇ……なんかすごいな」
「由利もやってみん? 由利は友達も多いし、紹介が広まれば広まるほど由利には何もしなくてもボーナスがついてくるんよ」
キラキラした目の拓司に由利は笑い方を変える。
「んー、事務の人や親父に相談してみるよ。 オレ一人で決められることじゃないからさ」
その反応を見て、途端に拓司の顔から表情が消える。
陽気な声が低く唸るようなものに変化した。
「おいおい、由利。 俺らはもう大人だぞ? 判断は自分でやってかねーと。いつかお前も社長だろ? もっと主導権握れよ」
「……拓司?」
「お前さぁ、昔から自分の意思を口にしないよな! 嫌なら嫌って言ってくれねーと、こっちも逆に傷つくわ!」
「そんなつもりじゃ」
「自分だけ頑張ってるみたいな顔すんなよ! そういうの、本当は昔からムカついてた!」
荒ぶった呼吸が耳につく。
赤く充血した目で睨みつけてくる拓司に由利は何も返せない。
ゆらゆら揺れる由利の目を見て、拓司はため息をつくと頭をかいて背を向けた。
「……悪かったな。もうこねーよ。じゃーな、由利」
「たくっ……!」
勢いよく動かした松葉杖が地面に引っかかり、身体を支えようと足を踏ん張らせる。
もたれかかるように松葉杖に両手をつき、ゆっくりと身体を起こすともう拓司は居なくなっていた。
「拓司……」
両手に力を込め、唇を噛み締める。
いつも痒い右腕がビリビリと亀裂が入るように痛くなった。
拓司のこと何も知らなかったと、由利は戒めるように自己嫌悪する。
同時にメッセージの履歴を思い出し、あまりに空虚な人間関係の状態に笑えてきた。
【人気者の黒咲くん】
(違う。人気者だったのはオレじゃない)
周りが立ててくれていた。
この貼り付けた笑顔と、そっくりな顔と、褒めるばかりの言葉に寄り添ってくれただけだ。
【黒咲 由利としての空っぽさなんて、誰もが見透かしていた】
「オレは……」
言葉を飲み込む。
それを口にしたら何もかもが終わってしまう。
誰もいない道を、松葉杖を支えに歩く。
ただザワつく内側の音しか聞こえなくなっていた。




