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Black Lily 9

***


仕事場で由利は器に漆を塗っていた。



(早く……早く上手くならないと。オレはじいちゃんの孫なんだ。早く認めてもらって実績ださないと……)



腕がピリッとひきつり、ムズムズとした痒みが走る。


手を止めてそちらに視線を向けるとすっかり赤く腫れ上がり、かぶれた腕がむき出しになっていた。



「どうして……」


「それじゃダメだダメだ! 全然なっとらん!」


「あ……」



そこに職人の老人が腰に手を当ててやってくる。


由利はとっさに腕を隠し、不安げに老人を見上げた。


老人は目を細めると鼻を鳴らし、由利が手にする塗り途中の器を指差す。



「ムラが多い! そんなんでは世に出せんな!」


「……どうすれば」


「こういうのは見て、やって覚えるしかねぇ。経験する機会がこうも少なくちゃなぁ……」



今は箸やキーホルダーといったものに力を入れており、器を作る機会は減った。


加えて由利の成長がほぼ停滞しており、作っても人様に手に取ってもらえるような仕上がりにはならない。


壁にぶつかり、由利が俯くと表情に陰りが出た。


それを見下ろす老人は長い息を吐きながら天井を見上げ、由利の隣に腰を下ろした。




「ワシはあの椀を作りたいんじゃ。……もう長くない。あの椀を作ることが最後の仕事と決めとるんじゃ」


「……っそんなこと言わないでくださいよ! オレ、まだ何も学べてないんですから……」


「……お前さんは輝利さんによぉく似とるようで、似ておらん。やけん、余計にかわいそうにな」



ドクンと、心臓が激しく音を立て、全身はじわりと汗を滲み出す。




「なんで……だってオレはじいちゃんをずっと見てて、それで職人になりたいって!」


「由利くんは頑張っとる。本当に頑張っとるよ。だが……今のお前さんは職人にはなれんよ」



息が詰まる。


輝利は何度も由利の頭を撫で、褒めてくれた。


だがもう由利は褒められなくなり、どれだけ年月が経ったかわからない。


ただ無条件に、由利を絶対肯定してくれる輝利はもういないのに。


いなくなってからの年月はとてもとても長く経過しているというのに。


ーーあの輝きは色褪せる所か、強烈になっていく。



「センス……ないですか? 技術が足りないからですか? すぐかぶれてしまうからですか?」



焦りが募る。



「練習して必ず上達します! 絶対に、絶対にじいちゃんの作ってきたものをオレは──」


「……辛いな。黒咲 輝利の漆器は有名になりすぎた」



ヒュッと息が逆流する。


全身が激しく脈を打つ。



「貴利さんの苦労もわかるさ。あの影は簡単に抜けられん。自分もああなると育ってきたんだ。……そうやって育ったんだ」



圧倒的な太陽。


世界の中心は『黒咲 輝利』でまわり、その周りを多くの人が囲んで回っていた。


その中心が抜けても残像に焦がれて手を伸ばす。


だが回ることしか知らない星々が中心になることはなかった。




【恐怖の大王が《《太陽を奪った世界》》はなんだ?】


【《《これは》》もうすでに滅んだ世界なのではないか?】




「だから由利くんには頑張ってもらわないとね。まぁまずは日銭を稼いで地道に広めてくしかないだろう」



何をどうしたら頑張ったことになる?


今していることは、頑張ったことにはならない?


頑張って認められればそれが正解なのか?



「君がやりたいのは工芸品の価値創出。輝利さんの作り上げたものを守る事だろうからーー」


「ちょっと、また由利くんに小言ですか! 体験用の小皿作り、やってくださいよ!」



語る老人のもとへ高齢者になったばかりの女性が歩み寄る。


腕を組んで睨まれると老人はたじろぎ、視線をさ迷わせた。




「こういうのは集中するタイミングがあって……」


「はぁ……まったく。仕事ですからタイミングなんてありませんよ!」



引っ張られていく老人を見送りながら由利はじっと手の甲を見つめた。


輝利とは似ても似つかない、頼りない小さな手だと自嘲した。



「オレには、じいちゃんの跡を継いで守れるだけのセンスがない」



作りかけの漆器を見下ろす。


歪んでぐちゃぐちゃで、割りたくなる気味の悪さに由利は腕をかいた。


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