Black Lily 5
月をまたいでも真夏の暑さはじりじりと身を焦がす。
多くの人が輝利に会いに来て言葉を発していく。
その顔は全て真っ黒に塗りつぶされており、まるで恐怖の大王が押し寄せてくるかのようだった。
空にあがる煙を見上げながら由利はポツリと呟く。
「白百合……。百合って、真ん中にお月様があるよなぁ」
「由利」
「お父さん……」
ぽっかりとした虚ろな目の貴利が由利の隣に立つ。
大気に混じり、空の青さに溶け込んでいく煙を眺め、貴利は独り言のように語り出す。
「ここにあるのは黒咲 輝利の器だけじゃない。黒咲 輝利がいなくても、すごいんだ。誇っていいものなんだ。素晴らしいものがある。もっと……もっとたくさんの人に愛される。必ずそうなる。黒咲 輝利が築いた土台は揺るがない」
「……うん」
黒咲 輝利の存在はどこに行っても強く、常に讃え褒められた。
こうして別れの時が来てもたくさんの人が惜しむ偉大な人だった。
風が吹き、由利の黒髪がサラリと撫でられる。
「オレも頑張る。じいちゃんが作り上げたもの、守りたい」
この自然の大地も、優しい風も、根付いた文化も、作り上げた技術も。
それは価値があり、守るべきものだった。
「じいちゃんが作った世界を広めるんだ! それでお父さんが町を良くしていく」
世界は終わらなかった。
だから新しい世界で黒咲 輝利は礎となる。
「オレは長男だから、じいちゃんとお父さんに恥じないようにがんばるんだ。そして器作りではいつか、じいちゃんを超えてみせる。ふたご町の未来を作るんだ」
ーーここは、『黒咲 輝利の星』だ。
「……そうか」
「貴利さん、ちょっと……」
「……あぁ。由利、じいちゃん頼むな」
親戚に呼ばれ、貴利は由利のもとから離れていく。
残された由利はただ空を見て、星を忘れないように焼き付ける。
だが涙が溢れだし、頬を伝ってポタポタと雫を落とした。
「じいちゃん……」
それは何にも染まらない純粋な涙。
祖父を失ったばかりの幼い子どもの涙であった。
「オレ、強くなるから。じいちゃんが残したもの、絶対守ってみせるから」
「……大丈夫だよ」
顔を上げると目の前に同い年くらいの女の子が立っていた。
大きな丸い目で悲しそうにじっと由利を見つめる。
「亡くなった人はお星様になって、空から見守っててくれるって、私のおばあちゃんが言ってた。だからね、大丈夫だよ」
「星に……」
「芽々! お母さん探してたよ!」
そこにほんの少しだけ年上の少女が目尻をつりあげ、駆け寄ってくる。
「おねーちゃん」
「ほら、戻るよ。 すーぐどっか行っちゃうんだから」
「ぴゃあああ、ごめんなさいぃ。……またね」
そして女の子はあっという間に手を引かれ、その場を去ってしまった。
由利は頬から落ちた雫を手のひらで受け止め、光るそれを見る。
「……星か」
しゃがみ込んで、唇をキュッと噛み締めながら手を胸に引き寄せる。
「じいちゃん……」
こうして偉大な星は、空へと旅立った。




