Black Lily 4
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それはある雨の日だった。
由利は新聞を片手に握りしめ、輝利の書斎へと走る。
「じいちゃんじいちゃん! じいちゃんの器が工芸展でまた金賞とったって!」
勢いよく扉を開いてしまったので叱られる、と咄嗟に身構えてしまう。
だが由利の行動を咎めるものはいなかった。
「……じいちゃん?」
呆然と、部屋の中で起きている非現実的な出来事に足元がぐらつく。
目眩が襲う中、床に倒れ滲む汗を流す輝利を見下ろし、由利は青ざめ駆け寄った。
「じいちゃん! じいちゃんっ!!」
……返事をすることも出来ず、由利の騒ぎ声に気づいた職場の人たちが家の中へと入ってくる。
混乱するばかりの由利は、ぐちゃぐちゃと進んでいく事態に足元が沼に浸かりはじめる。
救急車のサイレンが近づく。
それは由利がはじめて見る、身近な人を連れていく緊急事態の対応現場であった。
小さな由利はそれを見送ることしか許されない。
苦しそうにしていた輝利の弱い顔がまぶたの裏に焼き付いた。
***
それから梅雨があけても輝利は病院から出ることが出来なかった。
日に日に衰弱していき、気づけば管ばかりに繋がれ、食事もとることが出来なくなっていた。
あんなにカッコよかった輝利が鼻に管を通し、黄色い固まりをボロボロと落としていく。
由利を撫でてくれた手は針が刺さり、腫れぼったくなっていて大好きだった骨の筋が隠れていた。
雨の時期が終わって、日差しの強い夏がやってきた。
いつもは呼吸器をつけていた輝利が、その日は珍しく外していて寝たきりになりながらもじっと由利の顔を見ていた。
すっかり顔の変わってしまった輝利に由利は怖くなり、うっとなり後退る。
それをわかってか、輝利は精一杯口角をあげ、由利に微笑みかけた。
「由利。今日は……なんだか寒いな……」
真夏日で空調の効いた部屋とはいえ、セミの鳴き声も聞こえてくるので、暑さを感じる要素はたくさんある。
「じいちゃん、布団もっといる? 手、握ってるから」
由利の言葉に輝利は目だけを向けてくる。
「星……いや、あれは月か」
ツゥーッと涙を静かに流す。
少年のような表情となり、輝利は由利を見つめていた。
「私の……白百合……」
ーーピッ……ピッ……ピーーーーッ。
「じいちゃん、じいちゃん!?」
輝利の手から力が抜ける。
目が閉じられると、心電図が音を伸ばし出す。
医者を呼び、状態を診てもらう。
緊急処置室へと運ばれ、貴利が呼ばれてやってくる。
そうして気づけば夏の日差しは姿を隠し、静かな夜が訪れていた。
緊急処置室から出てきた医者が貴利と向き合い、告げる。
「7月31日、午後11時59分。ご臨終です」
その終わりは、あまりに呆気なかった。
白い花びらが散り、残されたのは黒い花。
泥々とした足元で、誰にも見出されない輝利の愛しい孫がポツンと立ち尽くしていた。
ノストラダムスの大予言、恐怖の大王がやってくる7の月。
最後の最後に輝利は連れられてしまった。




