Black Lily 3
輝利は書斎で本を読みながら考え事をしていた。
その集中力は凄まじく、由利が近づいても気づかない。
「じいちゃん?」
ようやく声をかけたところで輝利は由利に気づき、焦って本を閉じ、優しく微笑んだ。
黒曜石の瞳に光が当たったときの強烈な煌めきが由利は好きだった。
「由利か、どうした?」
「これ……作ってみたんだ」
ニンマリ顔で突き出したのは、木彫りの椀だった。
まだ荒くでこぼこで、触るとザラつきが強い。
だが由利の我が出た独特のある厚みの椀だった。
それを見て輝利は驚き、目を丸くする。
「由利が彫ったのか?」
「うん。オレ、じいちゃんにはまだまだ届かないけど、いつか立派な器を作ってみせる!」
だが俯き、悲しそうに眉を下げる。
「……今はまだ不器用だけど、みんな応援してくれてるんだ」
輝利から見て由利は器用ではなかった。
人あたりのよい性格のようにみえて、自分を押し殺すことが多いため本音を隠してしまう。
椀を作る時は楽しそうに目を輝かせてはいるものの、まだ未熟だった。
しかしちゃんと褒めて、独特な木の活かし方をものにすれば豹変するだろう。
逆を言えば正しさに縛られると壊れてしまう。
才能と非才の危ういラインを歩いていた。
繊細さが大事な漆椀だが、豪快な作りの椀ならば負け知らずになるだろう。
あまり絵付けは得意ではないようなので、漆の流れと椀の木目が融合すれば自然の美しさになる。
とても難しい才能だった。
金の絵付きや繊細な模様、艶めきのキレイな作品が求められる中、由利は素朴でどっしりなものを作る。
さて、この才能は見方によれば非才。
輝利が伸ばしていきたいと思えるものだった。
「オ、オレさ、若い頃のじいちゃんにそっくりなんだって! だから絶対にじいちゃん越えするんだ!」
「あぁ、由利なら出来る。 こんなにも優しくていい子なんだ」
本当によく似ている。
だから適正のないところや物事に対してのストレスは弱いタイプともわかっている。
人当たりがよくなんでも出来そうに見えるが、実際は物静かでサポート向きの一点集中型。
職人の適性がありながらも、現代のニーズとは作風が違った。
それがどうしても気がかりであった。
だから作品を創る上で、これだけは芯に持ってほしい想いがあった。
「いつか、由利が一番一緒にいたいと思える人に椀を渡しなさい」
「椀を?」
「そうだ。あの椀は嫁入り道具になるんだ。 だから由利がお嫁さんにしたい人に渡してあげるといい」
「なんかそれじゃあオレが嫁入りするみたいじゃん。変だよ」
ケラケラと笑い、照れくさそうに頬をかく。
あまり人に心を伝えたことのない輝利だったが、由利だけは特別素直になれた。
条件に縛られた生き方をしてきたが、ようやくありのまま抱きしめたいと……大切にしたいと思う存在だった。
「じいちゃんは好きな人にあげたぞ」
「へぇ、それはおばあちゃん喜んだだろうね!」
「……秘密だぞ?」
「うん!」
それでも秘密はある。
良い男とは多少ミステリアスに生きるものだ。
由利は素直な男の子なので、真っ直ぐに椀と向き合い、人を見つめられる人生を送ってほしい。
そんな優しい想いを、走り続けた輝利は抱くことを許されたいと願うのだった。




